エストニアは電子国家である以上に、スタートアップ大国として急激な成長を見せている。人口わずか130万人と日本の一地域ほどの規模ながら、すでに4社もユニコーン企業を輩出しているのだ。日本でも馴染みのある世界的インターネット電話サービス「Skype」はエストニアの首都タリンが開発の拠点だった。
そして、Skypeの大成功に続くために、エストニア政府はスタートアップに対して、アクセラレータープログラムを実施したり、ハッカソンなどのビジネス・テックイベントを積極的に開催している。今回は、そんなスタートアップ大国エストニアでコロナ禍に開催された国内最大のスタートアップカンファレンス「Latitude 59」をご紹介しよう。
Latitude59は、2012年に始まった、エストニアの首都タリンで開催される国内最大のスタートアップカンファレンスである。首都タリンが北緯59度に位置することから「Latitude 59」と名付けられたようだ。
「電子国家」というブランディングが日本にも影響してか、近年は日本人のビジネスパーソンや投資家も数多く参加しており、筆者が案内した人の中には、実際にビジネスの話まで進めている人も含まれる。2018年には、世界20カ国から150社以上のスタートアップ企業、投資家、ジャーナリストを含む約2000人の参加者が集まったようだ。
エストニアのスタートアップエコノミーが、世界から注目されているのには理由がある。人口約130万人という小国ながら、1人当たりのスタートアップの数が欧州で最も多く、約5人に1人は起業をした経験がある(ペーパーカンパニーも含む)。
「電子国家」というバズワードの元となった「e-residensy」制度を利用すると、エストニア国外にいながらも、エストニアに法人を立てることができる。煩雑な手続きは残るものの、世界的には新しい仕組みだ。また、スタートアップアクセラレータプログラムも充実しており、国がスタートアップを支え、スタートアップが国を支えるという循環が回っている。
イベントには世界各国から「我こそは!」と名乗りをあげたスタートアップが集まる。会場には、ミーティングスペースも設けられてあり、事前にコンタクトをとったビジネスパーソンや投資家が国や文化を跨いで交流する。ブースが出展されているコーナには、多くのスタートアップがひしめき合っており、訪れた人に自らの事業やプロダクトを宣伝する。その中で、実際に商談につながったケースも存在する。
世界の中でも、日本人の参加者は多く、会場にも日本人の姿が見受けられる。しかし、日本人同士でのコミュニケーションは聞こえてくるが、実際に海外からきた人々と交流をしている人が少ないのは、やはりグローバリズムの点で、日本がまだまだ海外から劣っていることなのかもしれない。
2020年のLatitude 59は、コロナの影響が考慮され例年と異なりオンラインとオフラインの両方で開催された。それぞれのチケットは事前に販売されており、会場に来ることができない人は、事前に収録されたビデオピッチやライブでの質疑応答にオンラインで参加した。
会場を盛り上げるのは、エストニアを中心とした現役の起業家や投資家たちである。2日間を通して65件のピッチが実施された。ピッチにも事前の募集があり、約1カ月の審査を通じて、勝ち残った事業が実際にイベントでプレゼンテーションできる。筆者もオンラインでの登壇を勝ち取るべく、VR教育の分野で応募をしたが、残念ながら選考を突破することができなかった。
Latitude 59では、起業家が投資家にピッチをする通常のピッチだけではなく、投資家が「自分たちはどういう事業に投資をしたいか」を起業家にピッチするリバースピッチが行われるのも目玉の1つだ。
投資家はどんなものを望んでいるか、起業家はどのようなサポートが受けられるのかを可視化でき、モチベーションにもつながる重要な時間だ。日本からオンラインで遠隔参加していると、会場の熱量を感じることが難しく、それを外から観察しているような気分になってしまうのは、オンラインならではの欠点だった。
2020年は、2日間のイベントにおいて1日目は福岡市、2日目にはJETROによる2つの日本関連セッションが開催された。福岡市は2016年からLatitude 59とパートナーとなっており、毎年参加や登壇を続けている。福岡市自体、スタートアップ誘致、海外からの移住などに力を入れており、海外都市などの自治体と相互支援をしているが、最初にパートナーとなったのがエストニアだったようだ。
また、福岡市は、海外スタートアップ誘致を進めていく上で、海外から日本に進出したいスタートアップのためのスタートアップビザの提供や支援サービスプログラムを提供に積極的だ。この辺りは、かなりエストニアから刺激を受けている印象だ。
上記に述べたリバースピッチは、孫泰蔵氏率いるVISITS Technologies、凸版印刷、丸紅の3社が実施した。スタートアップとVCや起業家を結んだり、スタートアップを支援する姿勢を強く見せている日本の企業である。丸紅は、スタートアップを支援するために、2019年にタリンに進出した。保守的な運用や、新しいデジタル技術の導入、スマートシティの実現などを目標に、新しい製品やスタートアップを探しているような印象を受けた。
エストニアのスタートアップや行政の取り組みは、すでにさまざまな国や地域に知れ渡り、Latitude 59のようなビッグイベントを開くことで、海外から起業家や投資家が現地にくるという流れが、毎年繰り返され定着してきた。
エストニア国内では、スタートアップがどんどん生まれ、それをコミュニティベースで成長させていくエコシステムもできあがってきている。スタートアップがさらにスタートアップを生むという早い循環に圧倒されるほどだ。また、コロナ対策ハッカソンが開催されるなど、エストニアが世界を巻き込むイベントが至るところで開催されるようになってきている。とはいえ、当初に比べて、スタートアップや起業家、投資家たちを盛り上げるというより、ビジネス目的の派手なイベントになりつつある感も否めない。
新しい起業家を輩出し、世界に飛び立つために何をすべきか。エストニアの取り組みから、日本もヒントになる部分は少なくないはずだ。テクノロジードリブンやビジネスドリブンではなく、社会課題を解決し、多くの人々に価値が提供され、その熱が波及していくような仕組みが必要である。
齊藤大将
Estify Consultants OÜ 代表
エストニア・タリン在住。2016年にタリン工科大学物理学科入学。在学中にはエストニア小型人工衛星開発や修士研究に従事しつつ、コンサルティング会社を設立。現地ハッカソンでの受賞多数。2018年夏に同大学卒業後、エストニアでビジネスをする人のサポートを続けつつ、日本アニメなどのコンテンツ文化を広めるために、ベラルーシのコスプレイベントで審査員を務めたり、コンテンツ制作するなど、文化事業での活動を始める。国内外での登壇やワークショップなどの活動も精力的に行う、数々のスタートアップが熱視線を送る若者。タリン工科大学テニス夏大会で2度のチャンピオン。
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