ユーザーのシチュエーションに合わせて“姿を変える”--AI・VR時代のフォントとは - (page 2)

ネットでは「コンテンツ」と「コンテナ」が分離。"美しさ"が発展できていない

 アナログの時代と異なり、デジタル時代のコンテンツは、紙やディスプレイなどさまざまなサイズで閲覧される機会が増えてきた。こうしたデバイスとコンテンツの関係性の変化が、コンテンツの“美しさ”に影響を与えていると李氏は指摘する。同氏は「本というデバイスを考えたときに、コンテナとコンテンツの関係性のように、入れ物と中身が一体になって美しさを作り出してきた」とした上で、「デジタル媒体になってコンテナとコンテンツが分離してしまった。数百年を経て本という美しい世界が作られてきたが、コンテンツとコンテナが分けられたネットの世界では、“美しさ”が発展できていない」と指摘。深津氏や有馬氏もそれに賛同した。

 山本氏も、「書籍の伝統的なブックデザインは、完成された一つのオブジェを作ることであり、そこに内容も形式も全て詰まっている。それが、A4紙への印刷とタブレットデバイスでの表示を分けたい場合など、内容と形式が分離されてしまった場合に、どういったデザインの方法論でダイナミックに変化する環境に適用させるのか、体裁が自動的に変わろうとするものを作ろうとしたときに、それをどのようにコントロールすべきか議論になるのでは」と述べた。

 同氏の意見に対し深津氏は、「あまり心配していない」とし、「個人的な感想では、たまたまここ10年程度が(美しさにとって)冬の時代であって、あと10年ぐらいすれば回復するのでは」と楽観視する。「美しさが置いてきぼりになっている割には、MSゴシックからヒラギノ、Noto Fonts(アドビとグーグルが共同開発したフォント)と、きれいになってきている。基本的に技術革命が起きている間はずっと技術が有利で、技術が均質化してくるレイヤーになると美しさやたたずまいとか文化が有利になる」と、今のデジタルにおける“美しさ”の立ち位置を説明した。

 また、深津氏の意見に李氏は、「漫画を描くソフトウェアも5000円程度で買えるようになったりと技術的なコストがゼロに近づいている。余剰の遊びが生まれて新しい発見ができる、そういう時にイノベーションが生まれやすい。今はその真っ最中にいて、個人的にはまだ実験が足りないのではないかと思う。数百年掛けた美しさは蓄積できていても、それが新しい技術で再定義できるはずが、まだ本の世界に縛られすぎている気がする」と述べた。

フォントの未来に期待していること

 最後に、フォントの未来について李氏は、「今、インターネットで日本語のウェブフォントを使うのは非常に難しい。海外だとウェブフォントは当たり前になっているが、2万8000字などを扱う日本語は、技術的にフォントのダウンロードは難しい。使う分だけのサブセットを段階的にダウンロードする代替案もあるが、限界がありレイテンシが発生してしまう。ウェブサービスで1秒遅れると大問題になる」とウェブフォントの問題点を説明。「技術的な問題をクリアしなければならないのと、フォントの費用対効果を証明できるのか企業として努力しないといけない。また、若いデザイナーなどは、タイポグラフィを活用するシーンがなく、あまり習う機会が無い。もう一度活用できる土壌を作って、ネット上でタイポグラフィが花開くような環境を作らなければいけない」とした。

 有馬氏は、「バリアブルフォントをジャイロセンサやアンビエントライト(環境光)に埋め込めたら」とセンサとの接続を挙げ、「書体制作ソフトのおかげで楽しくフォントに触れられているが、昔であればそれは大変なことだったと思う。セマンティックな規格であるフォントだからこそ、SVGや画像と同じぐらいの扱いやすさでフォントの規格自体を緩やかにし、タイポグラファーやグラフィックデザイナーの知見も入れられたら良いのでは」と、柔軟な書体制作の環境を求めた。

 深津氏は、「デバイスやサイトごとにフォントがバラバラになっているのは、レイテンシやROIの話と根は一緒で、フォントの価格やデータの重さのせい。ここを根源的に解決しないと分断されたままになる。そこを解決するテクノロジをGoogleやAdobeにお願いしたい」とし、「例えば、Chromeにバリアブルフォントの原型セットがプリインストールされていて、どのような書体でもChromeのバリアブルフォントで表現できるなど。AIがものすごく進歩して、一つの文字を読み込ませるだけで2万文字を自動生成できるようになれば、軽くて良い環境のフォントが手に入る」と述べた。

 山本氏は、「これまでの話は未来論のようなものだが、バリアブルフォントなど環境に適用するフォントには可能性がある。典型的な例は、オプティカルスケーリングという、文字の大きさによって最適なグリフの形にすることなどが考えられる。私個人としては、ローマンフォントでも日本語フォントでも同じことができないといけないと思っている。日本語でも国際的なタイポグラフィの環境まである程度底上げする必要があり、それを通じて実験的なものから現実的なものに落とし込むなど、今まで考えたことが無いようなものにトライしたい」とした。

 また、「HTMLにしても日本語の組版にしてもまだまだ問題がある。アドビとしては多様で高品質なフォントを作成するのも一つだし、それを使う環境にしても日本語のウェブフォントがいまいちであれば地道に取り組むのも必要」とし、「ウェブデザイナーも出版デザイナーも、人間の言葉を伝え、それを感じる・読む体験をいかに豊かにするかの延長にある。その理想を忘れずに、しかし現実的なところを押さえて地道に考えていきたい」と述べた。

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