国際電気通信基礎技術研究所(ATR)脳情報通信総合研究所、情報通信研究機構(NICT)脳情報通信融合研究センター(CiNet)、カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校(UCLA)、ケンブリッジ大学などのグループは22日、被験者につらい経験を思い出させることなく、記憶によって引き起こされる恐怖反応を弱める技術を開発したと発表した。
強い恐怖をともなう記憶は、忘れることが難しい上にトラウマとなりやすく、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の発症に繋がる可能性がある。これまで、恐怖記憶を和らげる方法の一つとして、恐怖対象(例えば、赤い車と衝突事故を起こした場合は赤い車そのもの)を繰り返し見せる、あるいはイメージさせる効果的な手法があったものの、一方で被験者にストレスを与えてしまう可能性があった。
研究チームは、機能的磁気共鳴画像から脳情報を解読する人工知能技術「スパース機械学習アルゴリズム」と、「デコーデッドニューロフィードバック法(DecNef法)」を組み合わせた手法を開発。被験者の視覚野に恐怖記憶の対象を表す脳活動パターンを検出したときに、被験者に報酬を与えることで恐怖記憶を消去することに成功した。これにより、 恐怖の対象を直接見せることなく、被験者が無自覚のうちに恐怖反応を和らげることができる。
実験では、被験者17名に赤の図形と緑の図形を見るたびに不快な刺激(微弱な電流)を被験者に与えることで恐怖反応を形成。その後、図形への恐怖反応を緩和するためにDecNef訓練を3日間実施した。これは、スパース機械学習アルゴリズムを使用した、赤あるいは緑の図形を見ている際の視覚野の脳活動パターンを識別するデコーダを用いて、赤の図形(9名)と緑の図形(8名)を見たときの活動パターンに近づいた時に金銭報酬を与えるというもの。
DecNef訓練で被験者が見るのは無色の図形。事前に、無色の画像が表示される際に自身の脳活動を操作し、後に表示される円を大きくするように説明。あわせて、円の大きさが報酬の額に連動することも伝えられる。ただし、赤または緑の図形が報酬の大きさに関連すること、DecNef訓練の目的が恐怖記憶の消去であることは被験者には伝えていないため、被験者は無自覚のまま記憶消去の訓練を受けることになる。
実際に、訓練最終日に色ごとの恐怖反応(皮膚発汗反応と扁桃体活動量)を比較したところ、DecNef訓練を受けた図形への恐怖反応は、訓練を受けなかった反応よりも低下したことが確認された。また訓練中、被験者は恐怖の記憶に対して無自覚であり、恐怖反応も見られなかったという。
恐怖対象へ暴露する従来の手法では、「前頭前野腹内側部」という脳領域の働きにより恐怖記憶を抑制するメカニズムが働く。一方、DecNefを利用する方法では、前頭前野腹内側部が関与しない代わりに、報酬にもとづいた学習にかかわる「線状体」という脳領域の関与がみられたという。このことから、単に恐怖記憶を抑制するのではなく、記憶の痕跡そのものを変容できた可能性があると考えられるという。
本技術は健常者を対象とした基礎研究の段階だとしつつも、さらに慎重に検討を重ねることで、従来法よりも治療中のストレスが少ない新たなPTSDの治療法に繋げられる可能性が期待できるとしている。
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