本能と環境を制するための「クリティカルシンキング」

友野典男(明治大学情報コミュニケーション学部教授)2011年08月07日 11時00分
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本能の刺激で鈍くなってしまう合理的行動

 人間の行動は予想以上に本能に支配されている。「限定品」や「タイムセール」といった言葉に弱い人は多いはず。 実はそれは、「早く食べなくてはなくなってしまう」という、食料に恵まれなかった狩猟採集生活のなごりである。

 だが今や、科学や文明の発達で生きるための食料や手段は容易く確保できるようになった。狩猟時代においては、糖分や脂肪分は生存のための貴重な栄養源であったが、今や糖分や脂肪分に対する過剰な欲求は適応的とは呼べない。

 しかしそれでも、人間は変わらず本能を刺激されることに弱く、その性質を利用して企業は「欲望」を作り出してくる。例えば、ニオイのプロモーションは、空腹時に美味しそうなにおいで誘惑し、人間の本能を刺激している。「一週間無料、気に入らなかったら返却しても構わない」という商法は「一度手元に置くと執着心が芽生え、必要以上に評価してしまう」という心理(保有効果という)を利用している。

 そして、人の欲望を引き出すためには「恐怖」すらも利用される。「そんなことをしていると病気になる」「もっとキレイにならないと」といった、消費者に対する「脅し」がその例だ。 恐怖とは、例えば目の前にヘビが現れた時に反射的に「逃げる」という行動をとらせるといったように、自分を危険にさらすものを避け、命を長らえさせるための優れた装置だ。だからこそ、「本能」の中でも「恐怖」に関する物を呼び起こされると人は抗いがたい。

 このように、人間は本能を刺激されると、その誘惑や恐怖から、合理的な判断ができなくなることがある。が、しかし、これでは健全な経済、社会は成り立たない。合理的な判断をするためには、本能を意識的にコントロールすることが必要だ。そして、その為に有用なのが「クリティカルシンキング」だと考えている。

情報化社会が適者生存の進化を導く?

 情報化の中で個人がメディアになってきた時代。マスの情報では、各社での「情報」や「見解」がそう大きくぶれることはない。しかしそれに対し、ソーシャルメディア等個人発信の情報は、見解が多様だ。そして、情報源が曖昧なものやデマも多い。しかも、社会を形成する動物である人間は、見知っている人間からの情報を信じやすい。故に、自分と繋がりのある者からの情報だと、その情報源を確かめたりせずに信じてしまう傾向がある。

 Twitterなどのソーシャルメディアが、震災の際に風評被害の温床となりやすいのも人間のこうした性質によるものだ。そして、インパクトの強い情報、特定のタイミングに合致した情報やマイナスの情報は信じ込まれ、流れやすい。

 こうした情報があふれる現代だからこそ、情報の真偽をクリティカルシンキングで見抜くことが重要だ。そして、人間は自ずと、クリティカルシンキングによる情報判断を行うようになってきているのではないだろうか。

 進化とは、その環境に適応をした者が生き残り、その性質を子孫に伝えていくというものだ。だから、情報化社会という我々に訪れた新たな環境の変化が、有益な情報で何かを分析的に見抜く思考の力を育ててくれる可能性もあり得る。

*この記事はキャビネッツドゥロワーズ「The Social Insight Updater」からの転載です。

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