前回に引き続き、2010年のウェブブラウザ動向を振り返る。今回のトピックはウェブ標準だ。2010年はiPadの発売、ウェブアプリの進化、ウェブブラウザのアップデートにより、HTML5やCSS3といった次世代のウェブ標準技術に注目が集まった年だった。
4月に発売されたiPadはHTML5の重要性をiPhone以上にアピールした。Flashを搭載していないため、当然Flash動画などが再生されない。ニコニコ動画はiPadユーザーのために9月からHTML5に対応し、iPadでもブラウザから動画再生やコメントができるようにした。YouTubeとVimeoは1月にいち早くHTML5ビデオをサポートしていた。NetflixもPlayStation 3向けのサイトをHTML5で構築した。
最も普及しているブラウザプラグインであるFlashは厳しい立場に置かれている。Flash離れとも言える動きはiPadにとどまらず、主要ブラウザベンダーも将来的には同じ道をたどると予想される。そのなかでもAppleのCEO、Steve Jobs氏は反Flashの急先鋒である。4月にはAppleが公開書簡でFlashを激しく批判した。これにはAdobeもすぐさま反論キャンペーンを展開。結局、1年を通して両社の関係は悪化し続けた。
その一方でAdobeはGoogleやMicrosoftなどとの距離を縮めている。8月にAdobeが公開したAndroid Summitという資料の中で同社はFlashやAIRなどのテクノロジを携帯電話やタブレットに搭載されるAndroid OS向けに最適化すること、さらにGoogle TVに搭載されるAndroid OSにも最適化することを発表した。GoogleとAdobeの接近はAppleというモバイル分野の共通のライバルがいるためだ。GoogleはFlashを受け入れることでiOSに対するAndroid OSの優位性を強調しようという目論見がある。Adobeも今後iPhone以上の普及が期待されるAndroid OSとともに成長することを目指しているとされる。
さらに10月にはAdobeとMicrosoftの接近が報じられた。両社はソフトウェア業界においてはライバル関係にあり、FlashとSilverlight、PDFとその対抗フォーマットといった分野で競合する。だがウェブあるいはモバイル分野においては対Appleで共闘できる可能性もある。MicrosoftのCEOであるSteve Ballmer氏とAdobeのCEOであるShantanu Narayen氏が1時間ほど、主にAppleについて話し合う機会を持ったとされている。今後リリースされるWindows PhoneにはFlashを搭載する予定だ。
とはいえ、GoogleとMicrosoftが自社のデスクトップブラウザでFlashをサポートし続ける保証はない。Googleは5月、Google I/OカンファレンスでWebMプロジェクトをローンチし、同社の「VP8」動画エンコーディングテクノロジに関してMozillaとOpera Softwareからの支持を得た。Microsoftもこれに賛同し、Internet Explorer 9(IE9)のHTML5の対応においては、ユーザーがVP8をWindowsにインストールした場合はVP8動画の再生もサポートするとしている。
もっとも、Microsoftが強く支持しているのはWebMではなく、対抗のH.264だ。AppleもH.264を好んでいる。ただしライセンス料が高く、制約も厳しく、オープンソースソフトウェアであるFirefoxやChromiumでは使用されていない。動画においては、ロイヤリティーフリーのWebMを支持するGoogle、Mozilla、Operaと、汎用性の高いH.264を支持するMicrosoft、Appleという構図だ。いずれにせよ各ベンダーとも、新しいHTML5ビデオ規格によって、Flashなどのプラグインを使用せずに直接ウェブサイト上で動画を再生したいと考えているようだ。
もちろんAdobeもこうした動きに無自覚というわけではない。AdobeはHTML5向けのオーサリングツールの開発に取り組んでいることを明かしている。Google I/Oカンファレンスでは、ウェブサイト作成ツール「Dreamweaver」でHTML5をサポートすると発表。Flashを代替する可能性のある技術にも積極的に取り組む姿勢を示した。Adobeのスタンスは、「HTMLとFlashは相互補完的なもの。Adobeとしては両者の発展に対して引き続き注力していく」ということである。そしてブラウザベンダーもウェブ開発者も当分はFlashから離れることはできないのが現実だ。HTML5がFlash以上の性能を獲得するにはもうしばらく時間がかかるとみられる。
すべてのブラウザベンダーが合意し、仕様策定を進めるのはなかなか困難な作業である。現在のところ、主要ブラウザによるサポート状況はW3Cが公開した「HTML5 Test Suite Conformance Results」にある通りだ。ただ、このテストの対象ブラウザは、IE9 Platform Preview 6、Chromium 9.0.571.0、Firefox 4 Beta 6、WebKit Nightly Buildといった開発版であるため、現行版とは大きく異なる。11月にヤフーと技術評論社が開催した「ブラウザカンファレンス2010」は、各ブラウザベンダー勢ぞろいでHTML5への取り組みを説明する貴重な機会となった。レポート記事はこちら。
HTML5はウェブの使い道を、情報の閲覧だけでなく、よりリッチなアプリケーションを動作させるプラットフォームにまで広げようとしている。その可能性を感じさせたのが、Googleが12月に公開したChrome Web Storeだ。Chrome Web StoreからGoogle Chromeにインストールされたウェブアプリは、まるでiPadのホーム画面のような「新しいタブ」画面にアイコンで表示され、クリックすると起動する。こうしたウェブアプリの実現にHTML5をはじめとした新しい技術が貢献している。
Googleはかねてから、ネイティブアプリでできることをウェブアプリでも実現しようとしてきた。GmailやGoogle Docsはその代表的な取り組みだ。Chrome Web Storeはウェブアプリの進化を一層印象づけた。Google Chromeユーザーは、ぜひQuick NoteやTweetDeck、NYTimesなどの人気アプリを試してみてほしい。
Mozillaも10月に、ウェブアプリの配布、管理を目的としたプロジェクト「Open Web App Ecosystem」の始動を発表した。この対象となるアプリはHTML、CSS、JavaScriptといったオープンな技術で構築された「Open Web App」に限られるという。OperaのCTOで、1990年代前半に初めてCSSを提唱したHåkon Wium Lie氏は、ノルウェーで開催したイベント「Up North Web」で「ネイティブアプリは過渡的な間に合わせのソリューションに過ぎない。ウェブアプリこそがファイナルアンサーだ」と宣言した。そして「HTML5はいまやアプリケーション言語である」と言い切った。2011年も引き続き、ウェブアプリとブラウザの進化、そしてウェブ標準の推進に注目が集まりそうだ。主要ブラウザベンダーとAdobe、W3Cといった面々からは目が離せない。
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