SFスリラー小説「暗闇のスキャナー」を映画化した「A Scanner Darkly」では、Keanu Reeves演じる主人公が、皮膚の色合いや顔の造作を刻々と変えながら、形の定まらない不安定なタッチの映像でスクリーンに映し出される。
おとり麻薬捜査官という仕事をいやいやながら続けている主人公Bob Arctorは、非番のときは麻薬の売人をしており、メチルアルコール系の未来の麻薬「Substance D」に病みつきになっている。主人公は矛盾する2つの世界を行き来しているうちに、さまざまな力による妄想狂的なもがきの中で2つの世界が交錯するようになってしまう。その交錯する様子が、不安定でコミック本のようなアニメーションを実写の人物に重ね合わせた映像として表現されている。
この映画(米国では7月14日に公開)で使われている夢と現実が交錯したような不安定さは、デジタルロトスコープアニメーションという技法によって実現されている。これは、実写の人物の動きを、フレーム単位でアニメーションに変換するという実に手間のかかる技法だ。通常は、リアルさを与える特殊効果として、また、映像の質を高めるため、映画のごく一部分で使用される。この技法自体は以前から存在していたのだが、最近のソフトウェア技術の進歩によって一気に注目されるようになった。
「A Scanner Darkly」の監督Richard Linklater氏は、長編映画全体にわたってデジタルロトスコープを適用するという、これまでとまったく異なるアプローチを採用した、とAaron Muszalski氏は説明する。Muszalski氏は、この映画の制作には携わっていないが、デジタルロトスコープアーティストおよびビジュアル効果作成者として、サンフランシスコのAcademy of Art Universityで教えている。「ロトスコープでばらつきのない質の高い画像を作成するのは、時間とお金のかかる本当に退屈で面倒な作業だ。それでもあえてやるとすれば、その物語にとってロトスコープが必要不可欠であるとアーティストが感じたときだけだろう」(Muszalski氏)
「A Scanner Darkly」はまさにそうしたケースにあたる。登場人物の不安定に動く輪郭線は、この映画の原作であり、1979年にPhilip K. Dickが書いた古典SF小説で描かれている、麻薬が引き起こすシュールな世界をうまく表現している。
「『A Scanner Darkly』はある種の催眠効果的なビジュアルを生み出している。たとえば、Bob Arctorのキッチンにある椅子が床に浮いているように見える。これは、幻覚剤によってもたらされる時間と空間の交錯した心理状態を再現しており、この映画に非常によくマッチした雰囲気を醸し出している」と、The New York Times紙は評している。
デジタルロトスコープは主に、Appleの「Shake 4.1」、EyeOnの「Fusion」、Adobeの「AfterEffects」といったアニメーション制作ソフトウェアを使用し、画像の輪郭を決定する点と点をスプライン曲線と呼ばれる数学的に定義された線で結ぶことで実現される。
「ロトスコープによる作業は、ほとんど拷問に近いような、信じられないくらい複雑な作業だが、作品を見る側が意識することのない裏方仕事だ」とMuszalski氏は説明する。通常は、新人のアニメーション作成者に与えられる類の仕事であり、そうした新人は「ロトスコープモンキー」と呼ばれるのだという。
Linklater氏は、これまでにも「ウェイキング・ライフ」、「Slacker」、「バッド・チューニング」といった作品を手がけているが、今回の映画では、特別なロトスコープソフトウェアである「Rotoshop」を制作に使用した。「Rotoshopを使用すると、ロトスコープによる作業が簡素化される」(Muszalski氏)という。
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