偽装現実技術の光と影

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 Tupac Shakurは1996年にこの世を去ったが、彼に関連するニッチ市場がその死後に生まれている。

 GartnerアナリストのFrank Kenneyによると、彼のレコードは2003年に700万ドルを売り上げ、またその死後にも何枚かのアルバムが新たにリリースされているという。彼の最新の曲のなかには、リミックスによって、イラク戦争に言及しているものもある。また最近出されたビデオのなかには、役者の顔の上に彼の顔の映像がかぶせられたシーンがあり、まるでそれが撮影されたばかりのように思える。

 Tupacがまだ生きていると信じている人もいるようだが、Kenneyはこの現象を、最近広まっている偽装現実の1例と見なしている。

 偽装現実とは、簡単にいうと、人をだます目的で作成された仮想現実のことを指す。仮想現実のなかで、中世の騎士のこてをはめて戦ったことのある人でも、実際に戦斧を振り回していると信じる人はいない。

 米国では、陰謀説が国民全体の娯楽のようになっている。印紙税法をめぐる暴動、ケネディ暗殺現場で第2の暗殺者が潜んでいたとされる草で覆われた丘、UFOが墜落したと言われるRoswell、軍の黒いヘリコプターなどなど、この国ではいろいろな陰謀説が広まっているが、こんないんちき話がオランダで聞かれることはない。もちろん、ほとんどの説は少し考えてみれば嘘だと分かるものだ。一部の人が主張しているように、もしJim Morrisonが自分が死んだと見せかけたのだとしたら、その名声に傷をつけるようなことはせず、社会保障手当をもらって、Shelley Wintersとデートでもしているだろう。

 偽装現実という現象は、知らない間に世の中に潜行してしまう性質を持っている。コンピュータの処理能力が上がり、Photoshopなどのソフトウェアの機能が向上したことに加え、インターネットの普及で素速い情報発信が可能になったことから、誰でもTrilateral Commission並みの話をでっちあげたり、逆にそうした嘘をあばいたりできるようになったからだ。それに、画像や映像を目にしてしまうと、その印象をぬぐい去るのはなかなか難しい。

 「心理学者によると、読むよりも、見たり聞いたりしたときのほうが、はるかに自分の中でイメージをつくりやすいということだ」とGartnerのアナリスト、Daryl Plummerは言う。

 それに、写真は出回るのも速い。2001年、崩壊した世界貿易センタービル(WTC)の瓦礫の中から見つかった使い捨てカメラのフィルムを現像したとされる写真が、多くのニュースで取り上げられた。これらの写真のなかには、展望台のデッキにいる観光客の背後に、まさに旅客機が衝突しようとしている瞬間をとらえたものもあった。

ただし、この写真にはおかしな点が3つ含まれていた。まず、旅客機が実際とは異なる方向からWTCに近づいてきており、また旅客機の機種も実際とは異なっていた。さらにテロは午前中に起こったはずなのに、この写真では夕暮れどきになっていた。それにもかかわらず、多くの人たちがその写真を本物と信じ、報道機関もそれをニュースで流したのだった。

 こうしたことは政治の世界でもある。1970年代のはじめに撮影されたとされるJohn KerryとJane Fondaが反戦デモに加わっている合成写真が、一時的に、大統領選の流れを変えるのに役だった。Bush大統領にも同じような話がある。2002年に、大統領がGeorge Sanchez Charter Schoolを訪問したときに撮られた本を上下逆さに持っている写真が広まったことで、同氏はおつむのできが悪いのではという一部で噂されていた説が信憑性を帯びることになった(この写真は後に合成されたものであることが判明した)。

 ただし、PlummerとKenneyによると、こんなのはまだまだ序の口で、いずれ偽の文書や写真が法廷にまで持ち込まれることになるという。また、履歴書が完全にでっちあげられる可能性もある。大都市の中心部を5ブロックも歩けば、平均で10回は写真に撮られることになるだろう。データが改ざんされ、行ったこともないところに居たことにされる可能性があると、Plummerは指摘している。

 「人間には偽物の写真と本物の写真を見分ける能力はない。(偽物では)人間には分からないように巧妙に手が加えられるからだ」(Plummer)

 昨年米国で940万ドルの被害を出したID盗難も広まる一方だ。こうした問題に対する法的保護や罰則強化もはっきりしないままだ。テロリストが偽装技術を使用して、実際に人質をとらなくても、首をはねたように見せかける映像を公開することで、同じ効果を得ることさえ可能だ。

 もちろん、この現象には良い面もある。偽装現実はビジネスにもなるのだ。Kenneyの見積によると、この市場は2015年までに年間100億ドルに達するという。さまざまな研究機関から、Imaging Forensicsのような画像の認証を専門とする企業が次々と生まれている。また殺人現場から、手がかりや操作を攪乱するための仕業を洗い出すのにこの技術を使おうとする科学者もいる。

 こうした技術やコンセプトは、エンターテインメントの分野でも活かされることになりそうだ。将来は、遊園地を訪れた人たちにバーチャルベイビーを作成するサービスが提供されるかもしれないとPlummerは言う。このサービスは、唾液のついた綿棒をカップルに提出してもらい、その遺伝子情報をコンピュータに入力して、2人のあいだに生まれる子供の姿を3次元画像で出力するというものだ。また、映画の特殊効果にもこうした偽装現実技術が次々に採用されていくだろう。

 ただし、細かい問題点も残されている。シミュレートされた現実を作り出すための主要な技術の1つである人工知能は、いまだに発展途上の状態にある。たとえば、映画「ロード・オブ・ザ・リング」の完結編には、兵士たちが象のような怪物の間を行進するシーンがあったが、製作の初期段階では、兵士たちに自分を守ろうとする人口知能のアルゴリズムが組み込まれていた。「おかげで、象を解き放つと兵士たちが逃げてしまった」とPlummerは述べている。

著者紹介
Michael Kanellos
CNET News.comの編集者。ハードウェア、科学、研究開発分野、新興企業などの分野を幅広くカバーしている。コーネル大学とヘースティングズカレッジで弁護士の資格を取得。弁護士、フリーのライターなど、さまざまな仕事を経験している。

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