“新しい普通”の時代に勝ち残るビジネスの行動規範

インタビュー:梅田望夫2003年08月08日 00時00分

この記事は『ダイヤモンドLOOP(ループ)』(2003年9月号)に掲載された「破壊的創造のマネジメント」から「“新しい普通”の時代に勝ち残るビジネスの行動規範 」を抜粋したものです。LOOPは2004年5月号(2004年4月8日発売)をもって休刊いたしました。

ロジャー・マクナミー インテグラル キャピタル パートナーズ/シルバーレイク・パートナーズ 共同創設者

 有力ベンチャーキャピタルがメガファンド化していったバブル期に、バイアウト・ファンドをスタートさせ、その後着実に実績を重ねたロジャー・マクナミー氏はシリコンバレーを代表する“アイデアマン”として知られる。氏の言葉には、狂乱が消え去り、普通の心理に回帰した市場で勝ち残るための“新しい”行動規範のヒントが溢れている。

ロジャー・マクナミー (Leslie Vadasz)
投資ファンドのリサーチャー、マネジャーを経て、1991年にベンチャーキャピタル会社インテグラルキャピタルパートナーズ、99年にシルバーレイク・パートナーズを共同創設。後者ではプライベートエクイティを扱うことを専門としてMBO(マネジメント・バイアウト)を行なう。

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Q あなたが共同創設されたベンチャーキャピタル会社のシルバーレイク・パートナーズには、以前から注目していました。1999年ごろ、他のベンチャーキャピタルがこぞってメガファンドを設立して新興企業に投資しているとき、シルバーレイクは巨額の資金をテクノロジー産業のバイアウト側に使うという、まったく異なったアプローチをしていたからです。

A シルバーレイクを設立したのは、いってみれば“自己保存”のためでした。インターネット以前に、私は18年間この業界に投資してきました。私にとって、インターネットはエキサイティングなものではあっても、市場に跋扈する投資家らのふるまいを正当化するものとは思えなかったのです。

 97年ごろでしょうか。自分が時代遅れになってしまうのではないかと危惧を感じ、考えたのです。もし世界が大きく変化するのなら、確かにいいこともあるかもしれない。だが、重要なのは、この狂乱の向こうに何があるのか、投資家がやって価値があることは何かだ、と。

 90年代に起こったのは、爆発的な市場の拡大です。それによってすさまじいクリエイティビティが発揮され、経済成長が起こり、最終的に狂乱にたどり着いた。だが、狂乱が去って成長速度が緩慢になったとき、相反する状況が生まれると考えたのです。それは、大企業が有利な時代になるが、急成長は維持できない、ということです。

 ならば、その過渡期に助けが必要になるのではないか。新興企業もサポートは必要ですが、それをやる人びとはたくさんいる。われわれにしかできないことは何か。そう考えた先にあったのが、すでに確立された市場セグメントでリーダー的立場にある企業のパートナーになるということだったのです。バブルが崩壊したのは、ファンド設立1年後。いきなり大きな機会がやってきたというわけです。

Q シーゲート・テクノロジーへの投資は、最初から見えていたことですか。

A ファンドを設立する際に、どんな投資をするのかについて二つの理論上のアプローチを考えていました。一つは、インテルのマザーボード事業を買い取るというもの。マザーボードは同社にとって戦略的ではあるが、コアのビジネスではない。賄える以上の事業を抱えている企業は多いので、そうした大企業とパートナーを組んで彼らのポートフォリオを最適化できると考えた。

 もう一つは、会社そのものを買収すること。その例としてシーゲートを考えていました。シーゲートは、(データ管理のためのソリューションビジネスを展開する)ベリタスの株を保有するなど構造が複雑だったことと――こちらのほうが重要ですが――ディスクドライブ事業が歓迎されていなかったことに興味を引かれました。

Q シーゲートへの投資は2000年に3億ドルで実行された。

A 取引の仕組みはこうです。シルバーレイクはまずベリタスとパートナーを組み、そのベリタスが親会社のシーゲートを買収した。シーゲートの主なアセットはベリタス株で、その3分の1を保有していました。ベリタスは、ディスクドライブ事業に未練はなかったので、われわれと投資家グループ、経営陣が約20億ドルでバイアウトした。シーゲートの株主らは、最高の株価を得て、さらにベリタス株を無税で受け取った。そして経営陣、従業員、投資家がディスクドライブ事業のオーナーになったのです。皆がウィンするという、稀なケースでした。

Q その後、シーゲートは再び公開するわけですね。

A そうです。投資家グループは今でも84%の株を保有しています。おそらく、私がテクノロジー産業の投資家である限り、シーゲートにかかわり続けていくことでしょう。

 シーゲートの例で興味深いのは、次の点です。PCとインターネットを比べると、PCの世界はマイクロプロセッサに占有され、そのマイクロプロセッサはインテルが牛耳っている。しかしインターネット時代になって、重要性はストレージへシフトしています。シーゲートは、ストレージの主要プレイヤーなので、今後利益が期待できる。取引を開始した99年当時、こうした考え方は稀でした。

「そろそろ投資再開」でサンはバイアウトの標的?

Q 同じようなバイアウトがもっと起こるだろうと思ったのですが……。

A 答えはノーです。バイアウトの構造は実現させるのが非常に難しく、しかも魅力的な対象はあまりない。シーゲートがうまくいったのは、ベリタスがディスクドライブ事業を売却したい一方、ベリタスが過半数株を所有しないままで公開企業ではいられない。唯一残された方法がバイアウトだったからです。それでも困難でした。

Q サンマイクロシステムズは、シルバーレイクの次のターゲットになるのでは?

A われわれがサンを買収するのではないかと噂されているのは、同社会長のエド・ザンダーズが、退職後にシルバーレイクに来るためです。サンとディールができれば最高ですが、私が知る限り向こうにはその意思はない。

Q もし買収したとして、あなたならサンのビジネスをどう変えますか。

A サンは、インターネット関連企業の大半にサーバとストレージを供給しています。そのポジションを、ソフトウエアやデータ通信の事業で補っていないところが、失敗の原因です。私なら、アップルコンピュータのように、ソフトウエア企業への転換を推し進めるでしょう。サンもそれを唱えて、実際にJavaのようにすごいこともやってきた。しかし長続きしないうえ、社内のソフトウエアやデータ通信のエンジニアを大切に扱っていないのです。

Q シルバーレイクは、創設後2年間は盛んに投資をしていましたが、01年以降は投資を行なっていません。

A 最初の2年間は企業価値評価でギャップが生まれるという、われわれにとってはいい機会が続きました。しかし2000年に入って、それ以上の投資はリスクが大きすぎると判断し、すでに投資を行なったポートフォリオ企業のテコ入れに力を注ぐようにしました。そして、投資をしないことを正当化できるほどの付加価値をどう生み出すかを考えてきたわけです。

 ただ、02年半ばになってから、シーゲートがこれ以上の業績の悪化はなさそうだと報告してきた。他にもそういうポートフォリオ企業が6〜7社あり、そろそろ投資を再開する時期がやってきたかと思っています。

 この期間にわれわれが学んだことは重要です。まず、企業の経営の仕方が変わった。インターネット時代には、ビジネス開発とマーケティングに大金をかければ収入が転がり込むと信じていた。経営の本来の基礎であるキャッシュフローや儲け、現実の時間の感覚を失ってしまった。しかし、これからはなんとしてもキャッシュフローと利益を手にしなくてはなりません。

Q あなたが唱える「ニューノーマル」のことですね。「新しい普通さ」とは何ですか。

A 5〜10年後、われわれはまったく新しい時代に突入しているでしょう。そこには二つの力がかかわっています。一つは、行動の変化。イケイケ心理から、普通の心理への回帰です。インターネット時代は、7年分のことが1年で起きると信じて、人びとは行動を変えた。すぐに金持ちになれるので、仕事を好きになる必要もありませんでした。しかし普通の環境では、日々生活費を稼いで家族を養う。すべてのことに時間がかかるため、自分の仕事が好きで、気に入った人と一緒に働くのでなければやっていけません。

 しかし、もう一つの力――そしてこれが「新しい」部分ですが――は、テクノロジーが社会にあまねく浸透したということです。80年代も狂った時代でしたが、あのころのPCの普及率は15%ほどだったでしょう。携帯電話を持っている人もいなかった。しかし今は、テクノロジー産業の土台が大きく拡張されています。

グーグルはヤフーを脅かすがその逆はない

Q ニューノーマル時代の行動規範は何ですか。

A 断片的に見えることはあります。まず、初期段階においては大企業が有利になることです。ビジネス顧客は用心深く、消費者も予算が限られている。企業は安定した大企業相手に取引をしたがるようになるのです。生き延びるのはデルコンピュータ、シスコ・システムズ、シーゲートなどの大企業でしょう。

 また、多くのイノベーションが起こります。しかし、そこから生まれる市場がまだ小さいのが問題です。90年代、PCは大きな市場から巨大市場へ、携帯電話は小さな市場から大きな市場へ成長しました。しかし、いずれの市場も今や大きく成熟してイノベーションが起こりにくい。ゼロからスタートする、新しい市場が必要なのです。

 そしてがらりと世界を変えてしまうような、優れた企業が出てくる。たとえばグーグルです。私のキャリアを通して、世界を変えたうえに大きな利益を引き出した企業は、そう多くはありません。マイクロソフト、イーベイ、グーグルくらい。こうした企業は、それまで存在しなかった領域で活動するため、競争相手がいません。グーグルはヤフーにとって脅威であっても、ヤフーはグーグルを脅かせない。

Q 発展途上国へ労働力をアウトソースするニューノーマル時代の雇用はどうなるのでしょう。若い人びとはどんな心構えを持つべきでしょう。

A ニューノーマル時代のいいところは、さまざまなスキルが必要とされることです。マイクロソフトは、グーグルとは根本的に違ったスキルを求めている。さまざまなスキルへのニーズがあるため、自分に合った会社を探すのが簡単になる。そして私がいいたいのは、機会があれば、世界で起こっていることが見渡せるようなホットな企業で仕事をしなさい、ということです。そこで世界の動きを見ていれば、次に大きな波がきたときに、それが自分自身でわかるようになるのです。

250 WORDS By Mochio Umeda

 ビル・ゲイツ、マイケル・デル、ラリー・エリソンといったIT産業の頂点を極めた成功者たちが、自分のカネをこのロジャー・マクナミー率いるシルバーレイクに投資しているのは有名な話である。シルバーレイクは、バブル絶頂期にバイアウト側に逆張りして成功したが、それは時代の大きな流れを読むロジャーの才能ゆえであった。「成長を続けてきたIT産業もついに成熟してしまったのか」おそらくこれが現代IT産業に関する最も本質的で難しい問いであろう。ロジャーの答えはイエス・アンド・ノー。「2003年からはNew Normalの時代」。なかなか言い得て妙な表現だと思う。

Mochio Umeda
シリコンバレーを拠点とするコンサルティング会社、ミューズ・アソシエイツ社長。1960年生まれ。慶応義塾大学工学部卒業。東京大学大学院情報科学修士。

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