製品周辺に市場の生態系構築補完型ベンチャー投資の勧め

インタビュー:梅田望夫2003年06月08日 00時00分

この記事は『ダイヤモンドLOOP(ループ)』(2003年7月号)に掲載された「破壊的創造のマネジメント」から「製品周辺に市場の生態系構築補完型ベンチャー投資の勧め」を抜粋したものです。LOOPは2004年5月号(2004年4月8日発売)をもって休刊いたしました。

レスリー・ヴァデス 前インテル・キャピタル代表

 世界のハイテク産業を覆う閉塞感をどう打ち破るか。本連載はその解を、米ハイテク産業のキーパーソンとの対談に求めるものである。第1回の相手は、インテル・キャピタルをシリコンバレーのメインプレイヤーに育て上げたレスリー・ヴァデス氏。5月の引退直前に聞いた彼の最後の公式発言を、ポストバブル期の経営新機軸を探るうえでのヒントとしたい。

レスリー・ヴァデス (Leslie Vadasz)
1968年のインテル創立にかかわったメンバの一人。世界初のDRAMチップやマイクロプロセッサなどの開発設計チームを率いた後、91年にインテル・キャピタルの初代責任者に就任。世界有数のベンチャー支援組織に育て上げた。

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Q あなたが退職されるのは、インテル・キャピタルがなんらかの区切りの時期にあるということですか。

A いや、私も66歳になり、自分自身のためにもっと時間を使いたいと思って決断したまでのことです。インテル・キャピタルについては、ここ数年で強固な経営チームと戦略を築くことができました。今後も成功し続けていくと自信を持っています。

Q 1991年のインテル・キャピタル代表就任以来、投資アプローチにはどのような変遷がありましたか。

A 大きな変化と小さな調整を繰り返してきました。なかでも90年代半ばに、「補完事業」に投資を始めたのは大きな変化です。補完事業とは、自社製品の機能を補完するような製品を開発するビジネスです。そこに投資することで、新技術の市場セグメントが加速度的に成長することを学んだのです。

Q 2003年第1四半期の統計によると、インテル・キャピタルの投資件数は23社と全米で最高でした。インテル・キャピタルは今や、シリコンバレー生態系の中核に位置しているといっても過言ではありません。

A われわれの目標は、インテル自体のビジネスを前進させ、各製品のまわりに市場のエコシステムをつくり上げることです。そのためには、多くの企業に投資する必要がある。インテルは、景気後退期を抜け出そうとするときには、開発の財布のヒモを締めていてはならない、と信じてきた企業です。

Q 投資の哲学は「新たな需要を生み出す」ことでしょうか。

A それよりも、基本的には「産業全体の能力を高めてビジネスの可能性を広げる」ということです。WiFi(802.11)を例にとると、WiFiが現実のものとなるように、チップ関連技術という本業から逸れてでも投資を行なう必要がある。コメタ・ネットワークスへの投資はその一例です。それは投資対象の多様化ではなく、インテルのビジネスとの相互補完化です。

Q WiFiには1億5000万ドルを投じると発表されました。今後数年、この分野に積極的に投資をしていく?

A そうです。それだけの資金をかけるのは、新興企業だけでなく投資関係者にも、これこそが投資すべき領域であると知ってもらいたいからです。

Q しかし、WiFi自体は将来性が見込めるものの、WiFiベースのキャリア事業ははたして事業として成り立つのかと懐疑的な人もたくさんいます。

A だからこそ、馬のように競争させる。われわれが「ベンチャー(冒険)キャピタル」と呼ばれるのは、確実な成功などどこにもないからです。

Q 802.16へのコミットメントも発表されましたが、802.11や802.16を、「ネクスト・ビッグシング(次の大ブーム)」と見ていますか。

A 完璧でなくとも、米国のブロードバンド・ネットワーク構築のためには、最もてっとり早い方法でしょう。ブロードバンドについて、米国が日本や韓国の後塵を拝しているのは残念ですが、ワイヤレスでは米国が先行する。ブロードバンド・ネットワークでは、いくつもの方法が並行して起こっていくことでしょう。

Q バブル崩壊以降、ベンチャーキャピタリストは注意深くなりました。主幹投資家のなり手がないために、インテル・キャピタルの投資も鈍っていると聞きます。

A インテル・キャピタルには投資哲学があります。投資をしたら、その新興企業の技術面、ビジネス開発面でインテルならではの役割を担うということです。われわれは経営陣をリクルートしたり、会社をIPO(新規株式公開)させたり売却したりする投資会社ではない。それはむしろ機関投資家の役割です。この二つの役割が統合されてこそ、投資を行なう意味があると考えていますから、自らの役割を担おうとする機関投資家が不在なら、ディール自体が起こらない。ただ、ポジティブな徴候は現れ始めています。少しずつ、おもしろいディールはやってくるようになっていますよ。

巨額投資は新興企業のためにならず

Q シリコンバレーでは、「基本に戻れ」という言葉をよく聞きます。基本とは何を意味するとお考えですか。

A これまでは消費者行動に基づいたサービス会社への投資が多すぎた。今後は、もっと技術を主体とした投資が増えるでしょう。それが基本に戻るということだと思います。

Q しかし、技術開発のコストは高くなっています。ファブレス・セミコンダクター会社を例にとると、価値ある会社に成長するまでに3000万〜4000万ドルの資金が必要です。10年前ならもっと少なくてすんだ。つまり、「基本に戻れ」と言われてもエグジットの期待値を、技術開発にカネがかからなかった時代にまで戻さねばならないとなると、エコシステム全体が機能しなくなるリスクがあるのでは?

A ファブレス・セミコンダクター会社でも、3000万〜4000万ドル以下でやっていけるところはたくさんあります。また、いきなり多額の投資をするのではなく、技術開発のマイルストーンを見極めながら少しずつ投資すべきです。世界を見渡すと、もっと少額の投資で大きな成果を上げる新興企業がある。中国では、おっしゃる額の何分の1かでファブレス・セミコンダクター会社をつくることができる。

Q 新興企業は資金を効率的に使わなければならない時代に入った。

A そうです。新しい技術分野で最初に多額の投資をしてしまったら、その技術が向かう先を時期尚早に決定してしまうことになる。しかし新しい技術とは、途中で方向転換することを含みながら進んでいくものです。その転換も1度とは限らない。だから、出発後しばらくは自由に身動きできるようにしておく必要がある。最初はすっきりとした効率的な技術に投資をし、その方向が正しいと確信が持てたところで投資額を増やす。これが、新興企業に対する私なりの投資哲学です。

Q 中国での投資戦略について、少しお話しいただけませんか。

A インテル・キャピタルの投資額の40%は国外向けで、中国でもかなりの投資を行なっています。96年ごろから始め、98年から本格的に乗り出しました。中国に限らずインテルの投資戦略は、インテル本体の戦略に密接にかかわっています。しかし、インテルのビジネスの80%以上が米国外が舞台ですから、もしその国のローカル戦略が後押しされるようなら、進んで投資を行なう。90年代半ばに中国市場を見ていて、ここで投資を行なえば市場でのプレゼンスは加速すると判断しました。

 同様の判断で、最近チリやロシアでの投資を開始したばかりです。イスラエルやスウェーデンでは、グローバルに応用できる技術に投資することが中心ですが、中国やブラジルは、ローカルな市場の状況を優先します。

Q 中国での戦略は米国で決定されるのですか。

A いいえ。中国にチームがいます。ローカルな市場の環境や需要を把握するのが大切だからです。たとえば、中国でのわれわれの関心の一つは、インテル製マイクロプロセッサを用いたサーバに、ローカル市場向けのソフトウエアが搭載されるよう見極めることでした。そのためにシステムインテグレータ相手に取引し投資をした。

Q 日本への投資については。

A 日本にはもっと投資をしたいのですが、投資先が見つかりません。技術を利用することには長けた人材がたくさんいながら、それが起業家的環境の成長につながっていない。未発達のベンチャー投資や不況のためなのか、それとも大企業に属することのほうを好む国民性のためなのか、はっきりした理由はわかりません。私にはまったく理解できません。2002年には世界で120件も投資をしたのですが、そのうち日本企業は1社だけでした。

グーグルが問いかけた高速チップ不要論の是非

Q 最近の高速コンピューティングの領域では、いくつかの変化が見られます。たとえばGoogle(グーグル)のCEO、エリック・シュミット氏は、もはや最高速のチップは不要だと言います。普通のチップでも5万ものサーバを結べば、最高のパフォーマンスを実現することができる、と。ムーアの法則はもう古い、と断言する人もいる。インテルが大きな戦略的転換点に来たのではないでしょうか。

A この業界で42年を過ごして、私はすべての世代のチップを見てきました。いつも、なぜこれほどのパワーが必要なのかと問う人に会ってきました。しかし、いつの時代にも低パワーでやっていけるアプリケーションがある一方で、巨大なCPUパワーを必要とするものが存在する。メディア系データが典型的な例ですし、マシーンの使いやすさを実現するためにもチップの速度が必要です。より大量のシリコンを使うというやり方は、高速チップを使うアプローチと並行していくはずです。最高速のプロセッサは不要だが、たくさんのプロセッサが要るというグーグルのようなアプローチも含め、私の解釈ではどちらも「もっとシリコンのパワーが必要だ」と、同じところに落ち着くのです。

Q ナノテクノロジーは、ムーアの法則やプロセス技術に関係していますが、ナノテク、ナノサイエンス関連企業は、インテル・キャピタルの投資ポートフォリオに入っていますか。

A もしナノテクを100nm(ナノメートル)以下の技術と定義するのなら、インテルはシリコンをその領域にますます移行させています。

 しかし、カーボンなど他の素材で特定の機能を果たすものもある。その領域については、社内で研究を進めながら、投資対象として外の企業にも目をつけています。

 しかし、ここで誤解を避けておきたい。ナノテクノロジーは今後しばらくは、発展途上の技術だということ。そしてちょうどオプトエレクトロニクスがシリコン技術を補完するのと同様の技術だということです。シリコンにとって代わるのではなく、シリコンを補完するものになるという意味で、投資対象と考えているのです。

250 WORDS By Mochio Umeda

 レス・ヴァデス(インテル社員番号3番、アンディ・グローブが4番)は、大企業が巨額の資金を用意し自らベンチャー投資機能を持つという斬新な経営手法の生みの親で、インテル・キャピタルの創設者。今やインテル・キャピタルこそがシリコンバレー生態系の中心に位置するようになった。その彼が5月末で引退するという噂を聞き、なんとか引退前に彼の肉声に耳を傾けたいと思った。42年に及んだIT産業での彼の深い経験は、難局を切り拓くパワーの源泉や産業界を覆う閉塞感の突破口として何を指し示すのか。ヴァデスの最後の公式発言を、次代を考えるためにスタートする本連載の「最初の手がかり」としたかったのである。

Mochio Umeda
シリコンバレーを拠点とするコンサルティング会社、ミューズ・アソシエイツ社長。1960年生まれ。慶応義塾大学工学部卒業。東京大学大学院情報科学修士。

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