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連載を終えるにあたって:未来へ続く『オープンソースの本質』 - (page 2)

末松千尋(京都大学経済学部助教授)2004年03月05日 10時00分
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 モノと情報では、さまざまな相違があるが、まず、その複製コスト、移動コストが圧倒的に違うことは、誰の眼にも明らかだろう。重機械とソフトを、複製して、地球の裏側に運ぶことを考えれば、そのコスト差は歴然としていることがわかる。情報の複製コスト、移動コストが、ほぼゼロに近づくにつれて、さらに、それ以外の取引コスト(相手に関する情報の取得コスト、相手の信用保証のコスト、価格など交渉コスト、契約コスト、受発注コスト、組み合わせコストなど)の比重が高まり、情報システムを活用することにより、それらを低減化させようとする動きが急である。例えば、古くはEDIから始まったロゼッタネット、ebXML、WebサービスなどのXML活用のアプリケーション群である。もちろん、GPLなどのオープンソース・ライセンスは、信用保証、交渉、契約、受発注などのコストを最も激しく減少させることに成功した。

 さらに情報は、必要ないところでは一銭にもならないが、必要とされるところに配置された時、無限の価値を生むという特質を持っている。例えば、ある領域では当たり前の情報でも、それを他の領域でアナロジカルに適用することにより、画期的なブレークスルーが生まれるということは、創造性の基本であるが、それを誘発させるための、どの情報をだれが必要としているかは、その当人しかわからない。つまり、情報は、できる限り、自由に流動化させることが重要となる。オープンソースにおいては、様々な仕組みが、知識情報を激しく流動化させインタラクションを巻き起こし、それが高品質、低コストのソフト開発へつながったのであった。

 モノの時代には、複製や移動がなかったため、隔離されたクローズなムラ社会で、同質性に依拠する阿吽の呼吸を極めることが、極めて低い取引コストにつながり、高い競争力を実現していた。競争源泉としての同質性維持のためには、あらゆる進化の種は、出る杭と一緒にたたきつぶされることになったのは合理的なことである。しかし、インターネットが端緒をつけた、情報の流動化プラットフォームの進展はとどまるところを知らず、関係のオープン化を可能とし、また必要とさせてきたのである。

 モノから情報への移行、それに伴う関係性のオープン化、さらにそれに必要とされる価値観の転換、社会制度の変革、行動規範の抜本的変化が受け入れられるとすれば、それは哲学的な信念があってこそである。そこには、人間は進化すべきという目的と、それを具現化するための“オープン”という手段が存在する。オープンソースは、社会のアントレプレナーによる壮大な主張と実験の場なのである。

 そのような目的も手段もない我々にとっては、非常に厳しい状況にあることは事実である。その中でできることは、

  1. 真剣に参加する
  2. 参加はしないが、議論、思考する
  3. 成り行きを見守る
  4. 無視する
  5. 批評家的に足を引っ張る
のどれかであり、それを決めるのは各人の「志」である。

 あえてモノ作りにこだわる企業トップに対して、知識情報の重要性を理解させるために、組込Linuxを説明することが適当かもしれない。従来の組込OSは、国ごと、企業ごと、事業ごと、製品ごとにばらばらの発展をしていたために、非常に非効率であった。それに対して、Linuxという横串を貫通させることにより、開発効率が劇的に向上するばかりか、製品を超えた新製品の開発が容易となる。自動車ナビゲーション・システム向け通信機器やサービス、その自動車駆動装置との連動、デジタル家電、通信インフラ機器、モバイル・ブロードバンドなど、期待できる領域は無限である。産業機械群の統合も、全く同様に可能となる。どれも、日本企業が得意としてきたものばかりであり、これにより、新たに生まれる莫大な世界市場において、強い競争力を発揮することができよう。

 すでに、パケット当たりの通信コストは、通信機器にLinuxを取り入れることにより、劇的に下がりつつあり、そうなると様々なブロードバンド・サービス、例えば携帯機器向けストリーミングによるさまざまなサービスが近々生まれてくるだろう。

 これらは表層的にはモノ作りではあるが、実際は、ソフトやアイデア、技術ノウハウ、組織ノウハウの塊であり、知識情報の世界に片足を踏み込んだ活動である。間に合うかは定かではないが、このような緩やかな改革も、理解してもらえるのであれば、ないよりはましである。

 オープンソースは、この半年間で、ますます興隆の勢いを増してきている。それに対して、表層的なブームとしてではなく、確信を持って取り組むためには、何が必要かを、引き続き考えていく必要がある。それが見えたとき、知識情報社会への入り口からの光が射すことになるかもしれない。

 最後になったが、この半年間お世話になったCNET Japan編集長・山岸広太郎氏とライターの野田幾子さんにお礼申し上げたい。お2人の力なしには、この連載は不可能だった。何より、貴重なお話を聞かせて頂いたゲスト16人の方々に感謝しなければならない。彼らは、みな志の高い、気持ちのよい人ばかりだった。ガラパゴスにも突然変異は存在する。仮説は検証できなかったが、それを確信できたことは、明日につながる希望を持たせてくれる発見であった。そして、それら進化の芽が、松下電器産業とソニー、NECと富士通、IBMとHPといった競争関係を超えて、インターネットを介して連結・連携し、大きな力となりつつある。インターネットは、相手を憎しみ排他し合うことよりも、相互に理解し協調することに、最も効果を発揮するのだから。

編集部からのお知らせ
日本経済新聞社より末松氏の著書『オープンソースと次世代企業変革(仮題)』が近々出版されます。どうぞお楽しみに。

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