オープンソースを支援する経済産業省の狙い

インタビュー:末松千尋(京都大学経済学部助教授)
構成/文:野田幾子
編集:山岸広太郎(CNET Japan編集部)
2004年01月16日 10時00分

国内のオープンソース活動や、OS、ミドルウェア、開発環境、デスクトップ環境整備の支援を公言する経済産業省。「日中韓OSS推進パートナーシップ(仮称)」のバックアップなど、アジアへの注目度も高い。商務情報局 情報処理振興課の課長補佐である久米氏に、同省におけるオープンソースの取り組みと今後の展開について聞いた。


経済産業省 商務情報政策局
情報処理振興課 課長補佐
久米 孝 氏

1994年、通商産業省(当時)入省。資源エネルギー庁、産業政策局、人事院長期在外研究員(ハーバード・ロースクール、ジョージタウン・ローセンター)を経て、2000年7月より機械情報産業局(当時)情報セキュリティ政策室課長補佐へ就任。2006年より現職にて、ITサービス産業、ソフトウェアにかかわる政策の企画・立案を担当する。また、アジアオープンソースシンポジウム、日中韓オープンソース協力などの国際展開、GPLなど法的問題の検討、オープンソース人材等各種調査の実施など外部での活動も盛ん。




オープンソースに対するスタンス

末松: 久米さんは昨年5月のLinuxWorldでの基調講演を初めとして、様々な場所やメディアでオープンソースに関する見解を示されています。実際のところ、政府としてのオープンソースに対するスタンスはどういったものでしょうか。単に期待しているだけに留まっているのか、それとも既にガイドラインがあるような状態なのか?

久米: 政府という立場から言えば、切り口は2つあります。ひとつは政府もITのユーザーであり、そのために安く安全で信頼が置けるものを調達したいと思う立場だということ。その際、ある特定のソフトウェアを使わなければシステム全体が立ちゆかないのであれば問題です。もうひとつは、国の産業政策という観点から見つめる視点。新規参入者や新しい技術に対してオープンなプラットフォームが提供されているかどうかをチェックします。

 経済産業省はどちらかといえば後者の位置づけが強いです。

末松: なるほど。ある程度、プラットフォームの選択にアドバイスをしているのですか? 例えば組み込み系などに関して。

久米: 情報家電のように技術革新がとりわけ重要なものは、プラットフォームがオープンで誰にでもアクセスでき、それを伝える技術者が世界中で提供していることが望ましいというのが一般論ですし、それに異存はありません。実際、経済産業省としても昨年4月頃に「情報家電のプラットフォームについては、Linux、TRONなど、オープンソース・ソフトウェアまたはオープンなアーキテクチャーを有するソフトウェアが有意な選択肢となる」という報告書を出しました。

 その条件に当てはめるとソースがオープンになっているのはLinuxですよね。さらにTRONはアーキテクチャまでが公開されている。ただ、マイクロソフトも先日TRONと連携して情報家電の基盤を共同開発することを発表したり、Windows CEソースコードの改変/販売を可能にした「Windows CE シェアード ソース プレミアム ライセンシング プログラム」を開始するなど、かなりオープンな方向にかじを切ろうとしています。ですから今は「オープンであることの競争」に突入しつつあると思うのです。

末松: いま存在するオープンソース系ですべてが決まるよりも、やはり過去から存在するものと競争するのが健全な姿ですよね。

久米: そうですね。全部のソフトウェアがオープンなGPLになればいいというわけではありませんから。どういうスキームでどの程度オープンなものがどういうレイヤーで最適になっていくのかというせめぎ合いが続くのではないでしょうか。

末松: ただ、GPLは、著作権者の動機付け、ソフトの普及力、ライセンスの継承義務、この3つがちょうどよくバランスが取れて拡がってきた。私はこれも、デファクトスタンダードの世界ではないかと思っているのですが、いまの勢いからするとGPLという流れは標準に近づいていくかなというイメージを持っているのですが。

久米: 様々な選択肢の中で、LinuxとGPLの組み合わせがマッチしているのは事実だと思います。実は私たちが所管するSOFTICという財団法人の研究室でGPLの調査研究をしているのですが、GPLをリーガルな文書として解釈しようとすると非常に難しいのです。例えば中にあるコピーライトに関する文言はどこの国の解釈に従うのか、ですとか。もとはフィンランドから発生したのであれば最初の部分はフィンランド法で、後に付け加えられた部分はアメリカのその州のものを、という議論があり得ることを意識してGPLというものを見ている人はほとんどいないと思うんですよね。

末松: GPLにしてもいろんな解釈が出てきて使えなくなってしまえば問題です。しかし、オープンソースはこれまでも、混乱を乗り越えてきた歴史があります。それが今、ビジネスの分野に入ってきて多少の混乱は出ていますが、いまのところ民意の集合でうまくやろうとしている。そんなわけで、私は基本的にはオープンソースというキーワードを信頼しているんですよね。

久米: この世界、やっぱり実績で評価するしかないんですよね。現在は、ある種の社会実験をやっているということに近いかもしれません。

アジアへの展開を目指す

末松: これまでさまざまな企業に話を聞いてきましたが、特に組み込みOSに関しては整備されてきている印象を受けました。共通できるところは共通にして面白いモノを作ろう、マーケットを共同で拡げ、デジタル家電という膨大なマーケットに入っていこうというような意識を各社持っているようです。松下電器産業やソニーなどの企業でも、これまでバラバラだった事業や製品部を横に整備し共通のプラットフォームを採用すれば、事業間の流れが自由になってかなり面白い製品が出せるようになり、それが市場の発展性につながるのではないかと感じました。

久米: おっしゃるとおりですね。私たちは別の観点で、日本でいかにソフトウェアエンジニアリングを強化していくかという課題に取り組んでいます。例えば携帯電話端末の工数は指数的に増えているけれど、開発に許される時間は逆に半分以下に減っているという環境の中で企業側はソフトウェアを開発しています。人材に関しても、組み込みの世界で一人前になるには約10年かかりますが、技術の変化が早い現在はテクノロジーも人材育成も共通のプラットフォームにしないと間に合わないという問題意識は各社が持っています。いまはその点についてじっくり話し合うよりは、先に取り入れて走らせながら考えている最中といったところではないでしょうか。

末松: 以前の日本企業には、「濃密な人間関係により他社にできない素晴らしい性能を作るんだ」という、クローズでインテグラルな考えを元にした信念がありましたよね。それがいまは大きく変わってきていて、PCから始まった動きが家電、携帯へと入り込んで来ている状況です。付加価値がハードからより複雑なソフトへ変わっていくのであれば、ある程度整備されたプラットフォームやモジュールとして整理された形を採用しないと複雑性に対応できず、問題は深刻化する一方だと、個人的には思うんですが。その辺に関してはまだ反対意見も多いのでしょうか。

久米: その点に関してはオープンソースをやる上で、必ず議論になります。昨年、日中韓共同でオープンソースを推進していこうと手を組みましたが、そこでも論じられました。特に組み込みは日本の競争力の源泉であり、中で囲い込んでいたがゆえに他人が真似できないものが作れたという意見も根強いのですが、開発スピードを考えるとそうも言っていられないのが現状です。

末松: PCと家電、自動車や携帯の融合は新製品を生み出し、市場を拡大していきます。それは日本にとってすばらしい追い風にもなり得ますよね。組み込み系はそんな見通しが立ちますが、エンタープライズ系はどうなのでしょうか。

久米: 実は、それが日中韓でオープンソースの共同プロジェクトを開始する背景のひとつのポイントなのです。最終的には、オープンというところをキッカケに中国を中心としたアジアのマーケットにうまく進出したいという狙いを持っているんですよね。

 中国はデスクトップ分野が非常に強い国です。彼らは国策として、市場に出回るPCの約15%がLinux製品だというし、Red Flag (紅旗)LinuxなどはWindows XPそのものだという声もある程、デスクトップに力を入れています。

 日本の場合はインテグレーションの部分で総合的なものが伸びていますから、その分野に関しては中国と比べて一日の長があると思うんですね。Linux自身も近頃はかなり信頼性が高まっていますから、従来のミッションクリティカル分野についてもLinuxを適用できるようになっていますし。そういう、オープンソースを使ったトータルのインテグレーション技術は、これからの中国でも間違いなく出てくるはずです。彼ら自身、ソースコードを全部見せて欲しいと要求するくらいオープンソースにコミットしている国ですから、そこで商売するのにオープンソースを使ってこれだけ信頼できるシステムが作れるという実績があることが、この上ない売りになると思っています。

いま認識している今後の課題

末松: オープンソースそのものはコンセンサスベースであり協調や貢献志向、コミュニティは基本的にはムラ社会ですよね。これらはいままで日本のお家芸だったと認識していましたが、どうしてオープンソースは日本ではなく、それ以外の国から出てきているのでしょうか。

久米: コミュニティは確かに狭い社会かもしれませんが、そこではコミュニケーションの質が極めて論理的、且つ正確であることが求められるのです。ですから、日本の「なあなあ文化」ではなじめない。実際、Linux最新版のカーネルやApacheを初めとするオープンソースのコントリビューターの名前を見て日本人だと思われる人間の割合を調べているのですが、世界の代表的なオープンソースの中で1〜3%程度と非常に少ないです。

 OSDL(Open Source Development Laboratory)やOSDN(Open Source Development Network)の方々へ聞いた話によると、プロジェクトを自分で始めた上でいろいろな人からのコントリビューションを受け、仕切っていくのを上手にできる日本人はなかなか現れないとのこと。ある種慣れの問題もあるかもしれませんが、スピードが求められている中で、失敗のないよう完璧にしてから出す傾向もありますし。英語など、コミュニケーション能力が問題になるケースもあります。

末松: その点に関しては、私も問題意識を持っています。私のゼミでは議論する力を重視しているので実践にも力を入れているのですが、学生は「議論=批判すること」となりやすい。それは、これまでの日本の社会の成り立ち──自分たちと異なるものを批判的に見て否定し、排除して同質性を保つことで、社会の秩序を維持するということとつながっているような気がします。

 これまで日本はコンセンサスを作るのが得意だと言われてきましたが、実際はどうかというと、赤提灯に行って一杯飲みながら「これからうまくやっていこう」という契りを表面的に交わし、信頼関係を作るふりをしてきたということだけだったと思うんです。そこには論理性も客観性も入っておらず、深いレベルでコンセンサスを取っているわけではない。その点、オープンソースは「多様性を認める」コミュニティですから、日本のやり方とは全く異なる。

久米: 世界中のハッカーを相手にするオープンソースを作っていくプロセスは、ある意味抽象的な世界ですからね。逆にいい加減なヤツが入っていくとはねとばされる、遊びの少ない世界なのかもしれません。

末松: 日本の情報産業におけるオープンソースの課題は、どんなものだとお考えですか。

久米: 「責任関係をどうするか」という本質的なことがほとんど議論されていない気がしています。例えば、特許について。特許侵害があればエンドユーザーが責任を持たなければならない可能性もあります。

 その件に関しては、ソースコードをチェックしたパテントフリーのLinuxを作り、違反コードは皆で書き直す……という手法でクリアできるだろうという人もいますが、ではそれが出来上がるまでに使っている昔のコードをチェックするシステムはどうするか、何か問題が起きたらそれを負担する仕組みをどうするのかという問題を考えていく必要があります。社会全体としてオープンソースがある種の財産だと考えるなら、OSDLがやっているように基金を集める方法もあるだろうし、保険という考えに落ち着く可能性もある。あるいは、インテグレータがそういったリスク分を上乗せするビジネスが生まれるかもしれません。

 そういう意味で、法律と責任関係の世界へオープンソースを移行するときに、何が起こるのか──これからそこが論点になるかもしれません。そういった意味でのオープンソースの限界と改善すべき点を正確に理解しておいた方がいいと思うんです。

 特に組み込み分野に携わる企業は、そういった特許に関する問題を非常に心配しています。一度入れると後で書き換えればいいというわけにはいきませんから、GPL侵害だったら後から解消するのか、あるいは特許侵害のコードを書いていたらどうしようといった心配の種が消えません。仮に100万台を出荷した後で問題が発覚したら目も当てられません。もっとも、マイクロソフトでも特許侵害訴訟で負けることはあるわけで、特許とソフトウェアの関係自体は、オープンソースに限った問題ではありません。最終的に誰が責任をとるのか、という点が論点になるわけです。

 逆にそういうリスクを上回る期待値があると言う前提で各社が取り組む判断をした上でならいいと思うのです。リスクについて公な場で討論したりルールを考えたりして正確に評価したり、減らしていったりできるのであれば、私はそういうところでぜひ役に立ちたいという考えです。

末松: 新たな「あるべき姿」を求めて、問題があったら、社会全員で解決していく。今は、問題が顕在化している段階かもしれないですね。

久米: 例えば、既に安定している既存のものがあるところへ参入するときには、Linuxでこれくらい安くなりますという言い方を皆さんしていますから、市場のボリュームは縮小しているのかもしれません。しかし、ボリュームは減っても付加価値が増えているのならいいじゃないか、と業界を説得していかなければなりませんね。

末松: それによってサービス業がどんどん発展する、するとユーザーのリテラシーも上がる。サービスというものをきちんと理解するキッカケにもなりますし、お金を払えばサービスが拡がって力も付く。一石三鳥のチャンスですね。

久米: たぶん、調達側も賢くなると思うんです。運用するのにも勉強を続けていきますから。

末松: ITのパワーアップは、知識情報の面から見ても、国力に直結します。今後の政策を期待しています。

インタビューを終えて

 規制と指導を中心とした政府の役割が、規制緩和により変わりつつあるのは第5回「組込Linuxで成長するモンタビスタ」に書いたとおりである。そのとき、規制を緩和すればいい、政府は必要ない、無政府状態でいいということでないのはもちろんである。その時の新しい政府の役割は、一言でいえば「プラットフォームの構築」ということになる。

 すなわち、革新意欲に燃えた新しい企業が、容易に参入できる市場というプラットフォームを用意し、競争を促進し市場を活性化させる。プラットフォームの健全な発展には、市場が理解・判断するための統一された基準の提供(仕様・性能、信用、業績など)、不正な競争の監視と排除などが不可欠である。つまり、市場の参加者(モジュール)間のインターフェースの公平・公正な整備と運用が重要な役割ということになる。

 このとき、プラットフォーマーがHidden API(プラットフォーマーがプラットフォームのアプリケーション・プログラム・インターフェースを隠して作っておき、アプリケーション開発において癒着関係を享受する)が持っていたら、プラットフォームの信用は失墜し、それが活性化されることはありえない。プラットフォームはオープンであることが不可欠であり、その構築には、オープンソース的な合意形成のアプローチやノウハウが有効だろう。

 しかし、Hidden APIがつながる天下り先がなくなってしまえば、官僚機構は組織として維持できないという構造改革の構造的問題が残る。先送りされつづけてきた問題の解決は、ITのアナロジーをもってしても全くもって容易ではない。

2004年1月16日 末松千尋

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