DVDの暗号機能を解除するプログラムを開発したノルウェーのプログラマにふたたび無罪判決が下された。この判決は、世界各地で強力な著作権法の成立を進めるエンターテインメント業界の動きをさらに加速させるものとなるかもしれない。
10代のノルウェー人少年Jon Johansenは、ほとんどの市販DVDに組み込まれているコピー防止機能を回避できるプログラムを開発したとして刑事告訴されていた。この裁判で、ノルウェーの控訴裁判所は2003年12月22日、当局の訴えを退け、Johansenの行為を合法とした一審判決を支持した。
エンターテインメント業界は今回の訴訟が起こる前から、ノルウェーや各国の議員に対し、厳しい著作権法の成立を求めるロビー活動を行っている。そのモデルとされているのが、米国のデジタルミレニアム著作権法(DMCA)だ。DMCAの成立により、米国では暗号機能を解除したり解除ツールを配布したりした人物に懲役刑を科すことが容易になったものの、その内容は大きな議論を呼んでいる。欧州、カナダ、オーストラリア、中南米では同様の法律の成立を目指す法案が提出されており、これが通過すれば、エンターテインメント業界は米国以外の地域でも回避プログラムの作者や関係者を罪に問うことが可能になる。
こうした動きに警鐘を鳴らしているのがDMCA反対派だ。反対派の主張によれば、DMCAはコンテンツ所有者の利益を保護するために、消費者やソフトウェアの発展を犠牲しているという。この法律は今、ほとんど議論もされないまま世界中に輸出されようとしている。
「興味深いのは、Johansenの行為は違法ではないとする判決が出た一方で、法律を変える動きが進んでいることだ」とDMCAに反対する非営利組織IP JusticeのエグゼクティブディレクターRobin Grossは言う。
22日に下された無罪判決は、ニューヨーク市よりも人口の少ないスカンジナビア半島の小国ノルウェーでしか効力を持たないものだ。しかし、海賊版ビデオの世界で英雄視されているJohansenに有罪判決が下れば、DVDの違法コピーに対する強力な抑止力になると考えていたハリウッド業界にとっては苦い敗北となる。Johansenを有名にしたプログラムDeCSSは、米国の控訴裁判所では違法とされているが、支持者たちは詩や音楽、Tシャツ、アートにDeCSSのソースコードを記し、支持を表明している。
一方ハリウッド業界の批評家らは22日の無罪判決を、デジタル時代の消費者の権利にも影響のある判決だとして歓迎している。エンターテインメント企業はメディア製品を違法コピーから守るため、これまで以上にコピー防止技術に頼るようになっている。しかし、こうした保護措置は違法コピーだけでなく、合法的に購入したディスクのバックアップなど、多くのユーザーが当然の権利と考えている行為も制限してしまう可能性があるのだ。
今回の訴訟はソフトウェア業界でも深刻な問題として大々的に報じられた。特にプログラマの間では、自分たちが製品を開発する権利と、コンテンツ所有者が利益を守る権利の間に危険かつ深刻なズレが生じていることへの懸念が高まっている。
法律事務所Morrison & FoersterのワシントンDC事務所で働くJonathan Band弁護士は、DMCAにはデジタル素材のコピーを認める例外規定がほとんどなく、今回の無罪判決はこうしたDMCAの問題点を浮き彫りにしたという点で重要な意味があると言う。
「今回の無罪判決は大きな前進だ。コピー防止機能の回避や回避デバイスを十把一絡げで禁じるのは間違っている。重要なのは、暗号技術の回避が合法と見なされるケースがあることを理解することだ」(Band)
デジタル時代においては、悪徳業者や一般ユーザーでも、映画やその他のメディアの完全なコピーを簡単に作成・配布することができる。そう考えると、DMCAのような法律を導入することが、エンターテインメント業界の最善の防御策だという見方もある。
法律事務所Manatt, Phelps & Phillipsの弁護士で知的財産問題に詳しいIan Ballonは、著作権侵害訴訟ではコンテンツ所有者に有利な判決が出るケースが多いと指摘する。しかし、エンターテインメント業界が守勢にあることに変わりはなく、法廷での勝利を補完するためには、著作権の侵害を防ぐ技術をさらに強化する必要がある。
「全体として見れば、コンテンツ所有者が勝訴する確率は高い。しかし、インターネット関連の訴訟は例外だ。新しい技術は新しいチャンスをもたらす一方で、違法コピーをかつてないほど簡単なものにしてしまった。法の裁きだけでは海賊行為を食い止めることはできない。世界規模の著作権侵害に対抗するためには、技術によるソリューションが不可欠だ」とBallonは言う。
輸出されるDMCA
ある意味今回の無罪判決は、国が違えば法律も違うということや、ある地域の著作権保護の仕組みを別の地域に適用することはできないという単純な事実を改めて思い出させるものだった。
また今回の訴訟では、エンターテインメント業界がDMCA型の著作権法を世界中に広めようとしていることも明らかになった。
1998年に成立したDMCAは、1996年に採択された「世界知的所有権機関(WIPO)著作権条約」と呼ばれる画期的な合意から生まれた初の国家レベルの法律であり、暗号システムを回避するツールや回避ツールを利用した不正取引を違法と明記している。
一方、法律専門家はDMCAが貿易交渉における米国の交渉材料になっていると指摘する。相手国が協定の一環としてDMCAに準じた法律を制定することを約束すれば、米国は物品やサービス貿易の面で有利な条件を提示する可能性があるからだ。
この戦略を通して、米国の映画・音楽業界はすでにいくつかの重要な勝利を手にしている。
国際著作権の専門家によると、欧州連合(EU)は2003年にWIPO著作権条約の実施に本腰を入れるようになった。その年の夏にはドイツで関連法が承認されている。ハリウッドの映画会社や音楽レーベルが期待していたペースにはほど遠いものの、2004年には欧州のほとんどの国でDMCAと同等の法律が成立する見込みだ。
さらに、米国は米州自由貿易地域(FTAA)条約にもDMCA型の法律を盛り込もうとしている。FTAAは北米と中南米を網羅した自由貿易地域の創設を目指す一大構想だ。
しかし、ノルウェーの訴訟で明らかになった通り、このプロセスはすぐには進まないかもしれない。DMCAのような法律がない地域では、エンターテインメント業界はこれからも脆弱な規制環境のもとで著作権問題に対処することになるだろう。
「著作権条約の実施が一気に進まないことは承知の上だ。しかし、実施国は徐々に増えており、条約を批准していない国も独自の監視体制を強化している。この気運が続いている限り、事態は正しい方向に進んでいると言っていい」と、米国映画協会(MPAA)の広報担当者Rich Taylorは言う。
それでも、MPAAはWIPO著作権条約の実施が遅れていることにいらだちを見せるようになっている。
ノルウェーにはコピー防止技術の回避を禁じる法律がないため、ノルウェーの検察当局は既存の法律(アクセス権限のないデータを入手するために、コンピュータシステムに侵入することを禁じた法律)に基づいてJohansenを起訴した。この法律が自分の所有するデータへの侵入に適用されたのはこれが初めてだとIP JusticeのGrossは言う。
MPAAはノルウェーの最高裁に上訴する可能性を示唆しているが、敗訴の痛手はノルウェー議会の行動で穴埋めすることも可能だとMPAAは言う。
判決結果を受けた声明文のなかで、MPAAはこう述べている。「今回の判決がこの問題に対する裁判所の最終判断ならば(※)、ノルウェー議会がWIPO著作権条約を速やかに実施し、この国が抱えているこの明白な法的欠陥を是正することを期待したい」
※ その後ノルウェー検察は上告を断念し、Johansenの無罪が確定している。
業界の苦戦は続く
今回の無罪判決に限らず、エンターテインメント業界は最近、各地の著作権侵害訴訟で敗北を喫している。
先日はワシントンDCの連邦控訴裁判所が、判事の許可がない限り、レコード会社がインターネット・サービス・プロバイダー(ISP)からファイル交換ユーザーの個人情報を聞き出すことを禁じる決定を下した。現在レコード業界は、インターネットにおける著作権侵害を防止することを目的に、数百人の個人ユーザーを訴えるという新戦略を打ち出して物議を醸しているが、今回の判決はこの新戦略のコストをつり上げ、また戦略の実施を遅らせる可能性がある。
時を同じくして、オランダの最高裁も人気のファイル交換ソフトKazaaを配布しているP2PソフトウェアメーカーSharman Networksの営業停止を求める業界の要求を退けた。
一方カナダの著作権局は、著作権の保護されている作品をP2Pネットワークでアップロードするのは違法だが、ダウンロードするのは合法だとする見解を示した。
また、米国の連邦議会でもDMCAの適用を制限しようとする動きが出ている。合法的に購入したDVDのバックアップを作成するなどといった正当な目的がある場合は、暗号技術の回避を許容すべきだとする法案が少なくともこれまでに2件提出されているのだ。しかし消息筋によれば、少なくとも現在の政治情勢においては、こうした法案が成立する見込みはないという。
世界を見渡しても、エンターテインメント業界のDMCA輸出を阻む大きな政治圧力はない。
しかし、一部の貿易相手国は米国が押しつけてくる知的財産条件に疑問を抱くようになっている。
そのよい例がブラジルだ。ワシントンDCのAmerican University Law Schoolの教授で知的財産法に詳しいPeter Jasziによると、ブラジルは最近、FTAA条約に知的財産交渉を含めることに異議を唱えたという。
ブラジルがこのような姿勢を取った具体的な理由は分からないものの、この交渉ではエイズ特許薬などの重要項目をはじめ、広範なテーマが議論される予定だった。理由が何であれ、ブラジルが反発したことにより、この地域でDMCA型の著作権法が成立するのはしばらく先のことになりそうだ。
こうした動きには、米国主導の知的所有権政策に対する強い危惧も働いているのかもしれない。
「各国は自由貿易協定や二国間貿易協定で米国が押しつけてくる知的財産政策に強い不信感を抱くようになっている。これはこの地域の国々が、米国の政策はきわめて保護主義的であり、発展段階の異なる国においては必ずしも最良のアプローチにはならないという認識を強めていることを示している」(Jaszi)
しかし現段階では、こうした不信感がDMCA型の法律を拒む組織的な行動につながるかどうかは分からない。
「私が対米貿易交渉に臨むアフリカの担当者なら、仮説的な著作権規定交渉より、医薬品の輸入や綿の輸出交渉に関心を持つだろう」とJasziは言う。
エンターテインメント業界の幹部も、WIPO著作権条約の実施が進まないことにいらだちを見せている。たとえば、カナダと韓国ではブロードバンドが普及しているにもかかわらず、未だにコピー防止技術の回避を禁止する法律が存在しない。
米国レコード工業界(RIAA)の国際問題担当執行副社長のNeil Turkewitzは次のように述べている。「WIPO著作権条約は10年も前から議論されている問題だ。今になって、韓国やカナダが検討の時間が欲しいと言うのは筋が通らない」
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