展望2004:高速携帯データ通信の定額化が次の競争を引き起こす

田中 弦 (コーポレイトディレクション)2004年01月03日 00時00分

 ADSLの普及数は、昨年12月に990万にまで達した。昨年1月時点では611万であったから、この一年で379万加入増やしたことになる。また、FTTHは75万加入、CATVは233万加入であるから、日本のブロードバンド接続ユーザーは、1300万加入を突破した。

 一方、平成15年通信白書によれば、平成14年10月時点のDSL加入可能世帯数は3500万。したがって、あと2500万世帯がDSLに加入可能である。つまり、ADSLは、まだまだ成長余力が大きい市場であるといえる。

 昨年は、ADSL事業者にとっては多少乱暴でも、規模効果の極大化のために契約量の蓄積を最優先する年だったと言えるだろう。中でもソフトバンクは、街頭でのモデム配布によって、9月末の累積シェアが33.6%までに達し、NTT東日本、NTT西日本を上回るNo.1 プロバイダーに成長した。通信ビジネスは、初期のインフラ投資、ならびに顧客1人を獲得するための費用がかかるため、「客が取れれば取れるほど見かけ上の期間利益は減る」という現象が起こる。これは通信ビジネスが先行投資型ビジネスであり、1人1人の顧客に対する小さな、かつ長期間の投資―回収の積み重ねであることに起因する。したがって、通信ビジネスを評価するには、一定期間の顧客の「量」のみならず、ARPU(顧客一人当たりの売上)と残存期間、つまり「質」を考慮に入れる必要がある。

 Yahoo!BBのARPUは、BBフォンや無線LANパックの投入によって2002年初頭の2700円前後から、2003年には4000円台まで伸びている。これは、通話料の減少によりARPUが年々下がる携帯電話とは大きく異なる。また、解約率は、1%前後と、強烈な営業活動を行っているにもかかわらず投資回収には十分な顧客残存期間を有し、今のところは安定した顧客基盤を持っていると言える。通信ビジネスのセオリーどおりに行くならば、2004年〜2005年にかけては新規契約獲得量を少し落ち着かせ、解約率を押さえ込み、ARPUを上げることによって収益の最大化を狙うことができる。このステージまでくれば、350万加入という「量」と、安定した顧客基盤(低い解約率)と高いARPUという「質」によって、ソフトバンクは安泰であるように見える。

「EZフラット」によって、携帯電話市場とブロードバンド市場が融合する

 しかしながら、2003年末にソフトバンクやその他ブロードバンドプロバイダーにとって強力なライバルが出現した。10月に発表されたauの「CDMA 1X WIN」である。この携帯電話は、通信方式として「CDMA2000 1x EV-DO」を利用しており、下り速度最大2.1Mbpsでインターネット接続が可能である。

 この速度は、かつてISDNやナローバンドから1.5MのADSLが登場した時と同程度の速度向上である。普通にネットサーフィンを楽しむには2.1Mで十分で、ブロードバンド携帯電話がユーザーのインターネット接続ニーズに、帯域面では追いつきつつある。このことは、今までは高速インターネット接続市場は、ADSL、FTTH、CATVのような「固定回線」が主流であったが、「非固定回線」である、「携帯電話」が本格的に参入してきており、さらに融合しつつあることを意味している。

 また、同時に発表した「EZフラット」というデータ通信月額固定サービスはさらに衝撃的であった。これは、月額料金4200円を支払えばデータ通信が固定料金となるもの。(ただし、EZweb、メールのみ。他のデータ通信は従量制)このことは、かつてプロバイダー料金が従量制であった時代に、月額固定料金制度が登場した時と同じようなインパクトがある。

 また、「EZフラット」はEZweb以外のデータ通信は従量制となっているが、ユーザー側の当然のニーズとして、「データ通信も固定にしてほしい」という圧力は高まるはずである。仮にauが「CDMA 1X WIN」のデータ通信の固定料金化を行うとすると、KDDIは、PHSを利用した固定通信サービス「AirH“」を自ら食うという自傷行為を犯すことになるだろう。

 しかしながら、例えEZwebとメールのみに限った「月額固定料金」であっても、一旦切った「月額固定料金」というジョーカーは、KDDIが競争に打ち勝つためには必要な手段であるともいえる。特に携帯電話普及率は限界にまで達しており、他者との競争に打ち勝つためには「顧客維持」が絶対条件である。また、このジョーカーは必ず他の携帯電話事業者にも飛び火するだろう。ドコモ、Vodafoneも競争に打ち勝つために必ずこのような定額制(もしくは極端に安い従量制)を採用してくるに違いない。

「賽は投げられた」、さてどうするか

 通信ビジネスは大量の先行投資が必要で、長期回収型ビジネスであるにもかかわらず、技術革新が日々起こって行く市場である。したがって、通常のビジネスよりもよりダイナミックな方向転換を行う必要に迫られる場合がある。通信事業者にとって、「固定料金」「無料」といった、自らの投資回収プランを一変させるようなジョーカーを自社の戦略として選択する場合には、「自分から積極的に切ることによって多少の犠牲は伴うがマーケットリーダーとなる」か、「他社から切られることによって自らも切る」「ジョーカーは切らずに別のマーケットで生き残る」かしかない。常にこのような危険なジョーカーをそれぞれの事業者が保持しており、「どのタイミングで切るか」「切られたらどう動くべきか」を常に考えなければならない。

 例えば、ソフトバンクのBBフォンは、会員同士なら通話料無料、というNTTの固定電話事業へのジョーカーであり、NTT東西の固定電話の売上が年間2千数百億円減少する要因となった。また、Yahoo!BBはNTTのISDNに対してのジョーカーであった。本来であればNTTはISDNへの投資を、現時点で回収している時期であったはずである。しかしながら、ソフトバンクにジョーカーを切られたことによってNTTはフレッツISDNとフレッツADSLの月額料金を逆転せざるを得ない状況となった。

 また、他のビジネスでもジョーカーは存在する。例えば、マクドナルドの「59円バーガー」は、ファーストフード市場における価格下落の誘引剤となった。だが、ファーストフードビジネスは長期回収型ビジネスではない。したがって「59円バーガー」を取りやめる、と言った「ジョーカーを引っ込める」事が可能である。一方で、通信ビジネスは回収期間が長いため、このようなジョーカーが一度切られてしまうと、もう後には引き返せなくなるし、自らの投資回収プランが一夜にして変わるという事が容易に起こりやすい。

 では、このauの(ドコモ、Vodafoneも追随するであろう)ジョーカーに対して、ソフトバンクおよび他のブロードバンド事業者が直接影響を受けるまでの猶予期間はあと何年だろうか。全てのユーザーが第三世代携帯かつ、月額固定に切り替わるまでがその期間となるだろうが、あと5年という長いスパンではないだろう。したがって、2004年以降のブロードバンド事業者には、新規ユーザーを獲得しつつ、維持するという難しい舵取りが求められる。ブロードバンド接続を行っていない世帯をいかに早く獲得し、携帯電話への流出を防ぐかが今後の成長の鍵となるだろう。

ソフトバンクのジョーカーはいつ使われるのか

 ソフトバンク、並びにイーアクセスは、第3世代移動通信規格の一つ、「TD-CDMA」方式を使った実証実験を行うために総務省に対して実験局免許を申請している。今のところ詳細は決定していない模様だが、今度はソフトバンクやイーアクセスが携帯電話事業者に対して携帯電話の「無料」「固定料金」といったジョーカーを切る可能性は十分にある。2004年のジョーカーを切るプレイヤーはどこか、さらに切られる側の反応はどうか、注目していきたい。

当初ADSL加入数を人口として計算していたが世帯数であったため世帯ベースに修正を行った

田中 弦 コーポレイトディレクション コンサルタント

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