この記事は『RIETI(経済産業研究所)』サイト内に掲載された「輸入盤を「非合法化」する著作権法改正」を転載したものです。
11月14日に発売されたビートルズのCD、"Let It Be...Naked"の国内盤は、ファンに「ビートルズの史上最悪のCD」という烙印を押された。その内容が30年前のマスターテープの焼きなおしであるばかりでなく、デジタル・コピーができないCCCD(コピーコントロールCD)であるため、CDプレイヤーで曲目が認識されない、音が飛ぶ、といったトラブルが多発したからである。おまけに「日本先行発売」された国内盤の価格は、輸入盤より1000円以上も高く、当初は輸入盤が手に入らなかった。今回はインターネットで輸入盤を買うことができたが、いま進められている著作権法の改正が実現すると、それもできなくなるかもしれない。
独禁法に違反する疑いのある「レコード輸入権」
今月3日、文化庁の諮問機関である文化審議会の小委員会で了承された報告書(案)によれば、次の通常国会に提出される予定の著作権法改正案には、レコード会社に輸入の許諾権を与える「レコード輸入権」が盛り込まれる方向だ。こういう権利ができると、たとえば東芝EMIは、ビートルズのCDの輸入を禁止したり、輸入盤に「輸入権料」を課したりできるようになる。
これは日本からアジアに輸出されたCDが安い価格で日本に「還流」することを防ぐための措置とされているが、この報告書によれば、海外から還流しているCDは68万枚と、全体のわずか0.4%である。しかも日本製のCDだけを特別扱いすることはできないので、輸入権を創設すると、海外のレコード会社の日本法人が洋盤の輸入を禁止することもできるようになる。
この理由は「著作者の権利を守るため」ということになっている。しかし、たとえば浜崎あゆみのCDは逆輸入されて約2000円で売られているが、これで彼女は困るだろうか?輸出されたCDも、正規にライセンスされたものなら、売り上げに比例して著作権料が入る。国内盤には、再販制度(価格カルテル)によって国際水準よりもはるかに高い価格がつけられているので、国内盤には手が出なかったファンも、輸入盤なら買うかもしれない。国内外あわせた売り上げは増え、浜崎あゆみの受け取る著作権料も増えるだろう。
もちろん消費者も利益を得る。困るのは、売り上げが増えても利潤の減るレコード会社だけだ。要するに、輸入権は著作者を守るものではなく、再販による価格カルテルを輸入盤に拡大して、レコード会社の超過利潤を守るものなのである。これは公取委も指摘するように、独占禁止法に違反する「取引妨害」にあたる疑いがあり、いったんCDの輸入規制を認めると、DVDもビデオもゲームソフトも・・・と拡大してゆくおそれが強い。
だれのための知的財産戦略か
レコード輸入権は、政府の知的財産戦略にもとづいて創設するそうである。これは知財戦略がだれのために作られたかをよく物語っている。大きな声で「知財保護」を求めるのはクリエイターではなく、流通業者である。今回の改正では、著作権の有効期間を50年から70年に延長することや、書籍にも「貸与権」を認めることなども決まりそうだが、これらも「知財保護」に名を借りた流通業者の保護策である。
問題は輸入盤が安すぎることではなく、国内盤が高すぎることだ。CDのコストの大部分は録音や宣伝などにかかる固定費であり、空ディスクの価格は1枚数十円にすぎない。逆輸入しても2000円で売れるなら、それが正常な価格であり、これは市場経済では当たり前の価格競争である。自動車も家電も、こうした逆輸入と競争し、価格を下げたり海外生産に移行したりして生き残ってきた。音楽産業だけが政府に保護してもらって「国際競争力の強化」などできるはずがない。
報告書によれば、音楽著作物の輸入禁止措置を設けている国は65ヶ国あるというが、それは新たに輸入規制を行う理由にはならない。ほとんどの国が農業保護を行っていることが、農業保護を強化する理由にならないのと同じである。各国が協調して国内産業の保護措置を削減しようというWTO(世界貿易機関)の目的を、文化庁は理解しているのだろうか。「他の国もやっているから日本もやる」というのなら、まず世界中で日本にしかない音楽著作物の再販制度をやめてはどうか。
こういう保護貿易主義に、WTOを所管する経済産業省が加担しているのも不可解だ。資源の乏しい日本にとって、自由貿易を守ることは最優先の国家戦略ではなかったのか。売り上げがGDP(国内総生産)の0.1%にすぎない音楽業界のために、こんな無意味な輸入規制を行うことは、海外の反発を招くばかりでなく、「知財戦略=業界保護」という印象を与えて、その価値も失わせることに気づくべきである。
なお、消費者の強い反対の声に押されて、文化庁はこの報告書について異例の意見募集を行っている。〆切は、今月24日まで。
RIETIサイト内の署名記事は執筆者個人の責任で発表するものであり、経済産業研究所としての見解を示すものではありません
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