鋼より強く、プラスチックのように柔軟で、既知のほとんどの物質より導電性にすぐれ、メタンガスのような身近な原料から作られる夢の新素材が登場した。
問題は、こうした約束が果たされるかどうかだ。
カーボンナノチューブは、炭素原子で構成された薄い円筒状の物質で、特異な構造と特性を持つ。これが、さまざまな産業に革命をもたらす奇跡の物質として注目を集めるようになったのはごく最近のことだ。
年内にはナノチューブを採用したポリマーが登場し、自動車のプラスチック部品を強化したり、導電性のない素材を電気制御することが可能になると見られている。レーダーを屈折させる塗料も間もなく登場する予定だ。コンピュータメーカーやTVメーカーはナノチューブを採用することにより、今後2年でスクリーンの製造コストを大幅に削減できると見込んでいる。
「プラスチックメーカーから半導体メーカーまで、先端素材に関心のある大手工業企業はすべて当社と取引がある」と、米ヒューストンに拠点を置くCarbon Nanotechnologies, Inc.(CNI)の事業開発担当副社長Tom Pitstickはいう。CNIを設立したのは1996年のノーベル賞受賞者でライス大学教授のRick Smalleyだ。
今後10年で、プロセッサやメモリチップのトランジスタはシリコンからナノチューブに置き換わるかもしれない。ナノチューブを使って光ファイバーで光を伝達したり、さらには体内の特定の細胞に薬を運んだりすることも可能だ。全国規模の電力網を構築することも不可能ではない。
しかし、ナノチューブの大量生産にはまだ多くの課題が残されている。目下、CNIは生産能力の拡大に取り組んでおり、2005年には1日1000ポンドのナノチューブが生産される予定だが、現在の1日あたりの生産量は1〜2ポンドにすぎない。
生産工程が複雑で高価であることも、ナノチューブの普及を阻む一因となっている。CNIのウェブサイトによると、現在の価格はグラムあたり500ドルに達している。
一部の研究者は、半導体企業にとってはナノチューブよりもシリコンナノワイヤ(シリコンでできた微細な鎖)の方が既存の製造プロセスに組み込みやすいと指摘している。
「シリコンナノワイヤは完璧ではないものの、ナノチューブよりも楽にチップに実装できる可能性が高い」とスタンフォード大学の機械工学教授K.J. Choはいう。
ナノチューブの魅力は?
カーボンナノチューブとは、基本的に六角形に配置された炭素原子からなる1枚のシートを円筒状に巻いたものだ。カーボンナノチューブは大きく分けて2種類あり、ひとつは炭素原子が六角形の網目状に結びついた1枚のシートを円筒状に巻いた単層ナノチューブ、もうひとつはこうした円筒形のシートが入れ子状になった多層ナノチューブだ。現在行われている研究の大半は単層ナノチューブを対象としている。
カーボンナノチューブが注目される理由は2つある。ひとつは一次元的物体として機能するそのサイズ、もうひとつは炭素の特性だ。
純粋にユークリッド的な視点からいうと、地球上にある有形物はナノチューブを含め、すべて三次元空間に存在している。したがって、X(水平)、Y(垂直)、Z(奥行き)の3座標を持つ。
しかし科学者たちは、次元など関係のないケースもあると主張する。たとえば、ネガフィルムは三次元というより二次元物質として機能している。厳密にいえばネガにもZ座標にあたる部分はあるが、実際に利用されることはまずない。
高さや幅をもたない一次元構造のナノチューブは、ボーリングのボールを運ぶレーンのようなものだ。ナノチューブを使えば、電子は弾道的に移動する。つまり、物質自体に障害や欠陥がなければ、電子が輸送の途中で散乱したり、失われたりすることはない。
「バリスティック伝導のおかげで、散乱されることなく電子を運ぶことができる。これはナノチューブが持つすばらしい電気的特性だ」とIBM Researchのカーボンナノチューブ研究員Joerg Appenzellerはいう。
一次元構造を持つということは、ナノチューブが既知のどの物質(ダイヤモンドを含む)よりもすぐれた熱伝導性を備えており、また家庭や発電所間のエネルギー伝送にも応用できることを意味している。光ファイバーの補助手段、あるいは完全な代替手段として利用することも可能だ。
チップに利用した場合も、ナノチューブを採用したトラジスタは一般的なシリコントランジスタに較べ、スイッチのオン・オフ切替をはるかに高速に行うことができる。
現在は単一ナノチューブの動作実験しか行われていないため、ナノチューブトランジスタとシリコントランジスタの性能を比較することは現実的でないとしながらも、Appenzellerは初期実験の結果はきわめて有望であり、これをより複雑なトランジスタ構造に応用することは可能だと述べている。
「理想的には、アクセス部分を仮想的にナノチューブに置き換えるだけだ。ソースもドレインもアーキテクチャも変える必要はない」とAppenzellerはいう。一次元物質は窒化ホウ素などから作ることも可能だが、現時点では炭素の研究がもっとも進んでいる。
炭素が実際にチップやファイバーに採用されるのは数年先になると見られているが、ナノチューブの電気的特性を生かした製品が登場するのは時間の問題といえそうだ。
すでに数社が2005年をめどに、テレビや液晶ディスプレイ、プラズマ画面にナノチューブを採用する計画を進めている。現在の一般的なテレビでは、電子銃を使って少なくとも18インチ以上先にあるスクリーンに電子を放出する必要がある。液晶ディスプレイやプラズマ画面の場合は電子銃こそ必要ないものの、ガラス基板に回路を埋め込む仕組みに何十億ドルもの投資が必要だ。
それに対して、ナノチューブを採用したモニターは液晶ディスプレイより薄く、製造コストもはるかに安い。チューブはペーストに混ぜ込み、ガラス基板にプリントすることができる。高価な製造設備を建設する必要もない。
「驚くほどシンプルだ。ナノチューブをインクに入れ、プリントするだけでいい」とPitstickはいう。
結合性も特徴のひとつ
ナノチューブのもうひとつの魅力が結合性だ。ナノチューブを構成する炭素原子は相互にしっかりと結合され、安定した六員環を形成している。はじかれた炭素原子は結合相手を求めて移動し、自らを「修復」する。
「シリコンは欠陥に非常に敏感だ。われわれの研究では、カーボンナノチューブはシリコンよりも欠陥に寛容であることが分かっている」とミシガン州立大学の物理学教授David Tomanekはいう。
ナノチューブのこの特性は、大きな頭痛の種を取り除くものになるかもしれない。現在、チップ製造施設のコストは30億ドル、2007年には60億ドルに達するとみられている。最大の金食い虫は回路の描画装置だ。
しかし、自らが組織構成力を持ち、修復力をも持つナノチューブは、こうした機器のほとんどを必要としない。必要な機器の大半は「ごく一般的な科学工業機器」だとPitstickはいう。
ナノチューブの結合力は、ほかにもさまざまな形で威力を発揮する。たとえば、スタンフォード大学の化学助教授Hongjie Daiは、単層ナノチューブは曲げや引っぱりに非常に強く、120度ねじっても、何の損傷もなくもとの姿に戻ると指摘している。
長いチューブを作ることも可能だ。研究者たちは4ミクロンの完璧なナノチューブを作ることに成功している。これは一般的なシリコンチップの平均サイズの40倍にあたる。弾道性に若干の欠陥はあるが、120ミクロンのナノチューブの生成に成功した例も報告されている。
理論上は、飛行機のワイヤをナノチューブに変えれば、各パーツを強化しつつ、機体を軽量化することも可能だ。
また、炭素構造のおかげで、ナノチューブは異なる種類の原子を自然に結びつける「ファン・デル・ワールス力」を利用することもできる。研究者たちは実験の結果、基板から突き出ているシリコン棒にナノチューブが付着することに気づいた。これを利用すれば、ナノチューブを実用的な配列に並べることができる。ハーバード大学から生まれた新興企業Nanteroは、ファン・デル・ワールス力を利用した新しいタイプのメモリチップの開発に取り組んでいる。
「原子はファン・デル・ワールス力にしたがってシリコン棒に接着しようとするため、ナノチューブの配向を意図した方向に向けることができる」とDaiはいう。
ナノチューブの課題を考える
ナノチューブがもたらす利益は計り知れない。しかし、研究者たちは大量生産がはじまっていない以上、利益は限定的なものにならざるをえないと口を揃える。
現在、カーボンナノチューブは2種類の方法で生産されている。ひとつはCNIが開発したレーザーアブレーション法と呼ばれるもので、グラファイトにレーザーを照射するやり方だ。もうひとつはガスを利用したもので、メタンガスや二酸化炭素ガスといった炭化水素ガスを溶解金属触媒にスプレーすることでナノチューブを生成する。
どちらの方法でも、不純物(金属触媒の小片など)をいかに取り除くかが課題となる。IBMなどの企業は、シリコンとカーボンを混合した結晶を作り、シリコン部分のみを蒸発させるといった新しい手法の実験に取り組んでいるが、これという方法はまだ発見されていない。
もうひとつの課題は「カイラリティ」の制御である。カイラリティとは、炭素原子からなる六員環がチューブ表面にどのように並んでいるかを示すものだ。これが縦方向にも横方向にもまっすぐ並んでいる場合、ナノチューブは金属の性質を持つため、電子機器に利用することはできない。一方、チューブの列がペーパータオルの紙芯のようにかすかにらせんを描いている場合は半導体の性質を持つようになるため、トランジスタとして利用することができる。
残念ながら、何がチューブ表面の配列を決定しているのかはまだ分かっていない。
「これは古典力学ではなく、量子力学の世界だ。同じグラフェンシートでも配列で性質が変わる。カイラリティの予測が非常に難しいのはそのためだ」とAppenzellerはいう。グラフェンシートとは、炭素原子からなる六員環が集まってできたシートのことである。
SmalleyやDaiらは「選択的触媒」によって2つの特質を制御できると考えている。「種(触媒)を制御することができれば、ナノチューブを制御することもできるはずだ。これまでの研究から、われわれは触媒がすべての鍵を握っていると確信している」とDaiはいう。
次の課題は製品への配置である。化学センサーやフラットパネルの場合は描画をすればいいので、特定の場所にチューブを配置するのは難しくない。しかし、チップの場合はそれぞれのナノチューブを特定の場所に正確に配置することが必要になる。
科学者たちは基板上でナノチューブを成長させたいと考えている。デューク大学とスタンフォード大学の研究者によって、チューブの育成と配置は技術的に可能であることが証明されたが、待ち受けるハードルはまだ多い。
シリコンの反撃
もっとも、最終的にはシリコンとの互換性があるシリコンナノワイヤに注目が集まることになるかもしれない。
シリコンナノワイヤとは、金の微粒子がSiH4(4つの水素原子に囲まれた一個のシリコン原子)を吸着することで作られる物質で、金が水素原子を取り除くことにより、裸になったシリコン原子がナノワイヤを形成するとカリフォルニア工科大学教授のAndre DeHonは説明する。
「われわれの目標は、こうした技術を用いて大容量のメモリを開発することだ。本腰を入れて取り組めば、10年以内、3年から5年で実現することができるだろう」とDeHonは8月に行われたプロセッサ関連のカンファレンス「Hot Chips」で発言している。
未来のテクノロジーのように聞こえるかもしれないが、これは1964年に初めてベル研究所の研究者が言及したものだ。
シリコンナノワイヤとナノチューブの電気的特性は必ずしも同じではないが、基板上で成長させるためにはシリコンナノワイヤの方が適している可能性があるとDeHonはいう。いずれにしても、一朝一夕で実現できるものではない。
大学の研究者と協力して、ナノワイヤとナノチューブの両方を研究しているIntelの最高技術責任者(CTO)Pat Gelsingerは、「変化が起こるまでには何年もかかるだろう。どちらが適しているかを明言するのはまだ早い」という。
問題は山積しているものの、好ましい実験結果が着々と出てきていることから、研究者や企業はナノチューブの未来を楽観視している。
「われわれは大きな進歩を遂げてきた。これまでのところはすべて順調だ」とAppenzellerは述べている。
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