CE Linuxは松下を変えるか - (page 2)

インタビュー:末松千尋(京都大学経済学部助教授)
構成/文:野田幾子、編集:山岸広太郎(CNET Japan編集部)
2003年10月23日 10時05分

プラットフォーム化の推進で競争力を回復

末松: どういうセグメントをとるかでOSに要求される仕様が違ってくるかと思いますが、CELFではどこを対象にしておられるのでしょうか。例えば、巨大な市場である自動車は入りますか。

南方: 実は、これからどういうセグメンテーションをしていくかということをCELFの中で議論している最中です。やっといま家電向けのLinuxについての動きに手をかけたばかりで、要望を皆から集めている段階。それに向けてワーキンググループを発足させ、技術要素について検討を加えているところです。大きく分けると、AV系、家電、モバイル的なところ。あとは抽象的な言い方になりますが、ステーショナリデバイスと携帯電話を含めたモバイルデバイスの両方ですね。

末松: 先ほど「特定のモノポリーを廃止したい」とおっしゃっていましたね。メーカーにとっては、特定のレイヤーを押さえる企業が出てくると不利になるが、自社だけでは押さえられない、だから協調して対抗した方がいい──という考えなんでしょうか。ITのビジネスモデルはそういうものだと。

南方: 約20年前、PCはWintelモデルを作り上げました。それ以前は、互換性のないPCだけが山ほどありましたよね。PCは結果として、メーカーとしては非常に利益のマージンの薄い層で差別化しにくいものになったわけですが、その一方で、あれだけ分散していたコンピュータの、ひとつのモデルを作り上げたという大きな貢献をしたのも事実だと思う。それが皆にとってリーズナブルで、お互いの利益、進展を守れるのだとしたら、よりハッピーになったかもしれなせん。いまはひとところに利益が集まる構造になっているので、ほかの展開にも影響力を持ちすぎているんですよね。我々が追求するモデルに対し、誰に対してもオープンであるLinuxは非常に望ましいものなのです。

末松: 松下電器産業は、事業部制として日本で最も進んでいる企業であることには間違いありませんが、失礼ながら、逆に言えばプラットフォームが弱いからこそ事業部がバラバラになっているという問題を抱えていましたよね。

南方: 過去、ありました。それで2001年に全社の開発体系を変え、戦略商品群プラットフォーム開発体制ということでプラットフォームを重視したのです。商品群ごとに、ひとつのプラットフォームの体系を決めようと。それを活用して差別化することに注力しています。

末松: 日本の企業は部門間の壁がとても分厚くて、お互いに協調し合うという風潮が同じ企業内ですらなかったわけですよね。松下電器産業も日本企業としてはトップではあるけれども、部門間で協力体制が整っているような進んだイメージがないのに、逆に最大のライバルと協調してしまった。矛盾のようにも感じられるのですが。

南方: 社内のあちこちで、プラットフォーム化の話は進んでいますよ。競争力を回復して、少なくとも利益率5%を早く達成させなくては。より成長期へと乗せていかなければなりませんからね。

末松: 私としては、そういったところが競争力回復のための、非常に大切なポイントだという認識があります。「松下電器産業アズ日本」といって過言ではないと思いますが、それがそういう方向に変わってきたとすれば、いろんな企業同士協調してプラットフォームを作っていこうという新しい競争のルールや構造に、日本社会全体が変わっていくという期待がもてますね。ネットワーク外部性がものすごく重要になってきていて、ほかの資源をどんどん有効活用しよう、それで自分の競争力をも高めようといった具合に。

南方: それを先頭切って進めなければ、グローバルな競争に勝てないでしょうね。

末松: それがなかなか日本の旧来の考え方とは慣習的にあわないところがあって、混乱している面があるのだと思う。だから私は、CELFの動きが突破口になる可能性があると睨んでいるんです。エポックメイキングだなと。そういった考えを実行された方は本当にすごいと思う。リーダーシップを取られた社長なり専務なり、トップのご理解とご支援もあったんでしょうが。

南方: ありがとうございます。大きいきっかけになっているのは、モノを作るのが大変になっているという事実。これまで我々が培ってきた製造力やノウハウを越えた領域──例えば、他社と手を結ばなければ勝てない、結ぶだけでなくリードしていかなければならない、すると、プラットフォーム作りのようなところでリーダーシップをとらなければならない──ということに関しては、社内でも一定の理解を得たとは思うのです。

 ファーストムーバーをとらないと、アドバンテージも取れない。それが、経験を積むうちにわかってきました。他社さんとの協力を進めていく中で、我々にとってためになる事例もたくさん学習できましたし。リーダーシップをとって標準化活動を進めているところは、自社内で非常にうまくビジネスを進められているんですよね。

オープンソースの考え方が日本のモノ作りを変える

末松: 私は、企業における「標準化活動は意味がない」という発想は少々古いのでは、という気がしているのです。そこでの活動から、巨大なマーケットが創造できるし、そこで優位なポジションもとれる。イメージや人材などの面でも有利でしょう。

南方: まったくその通りだと思います。ほかのインダストリーフォーラムのスペック作りもそうですよ。コントリビューションすることによってリーダーシップをとり、それがファーストムーバーアドバンテージとして返って来るというイメージですね。

 しかし、これまでの日本における「既得権を取得することで、ロイヤリティーで儲ける」という考え方がそうそうなくなるとは思えません。特許権も、そういった側面が強いですし。オープンソースという概念は特許の扱いも含め、私たち人類へ新しい命題を突きつけているのではないかと私は思っています。

末松: 最後に、すこし大きい質問をさせてください。オープンソースという考え方を、GPLに限らず「無償の分散開発体制」というもっと広い意味で捉えた場合についてです。例えば「Amazon.com」は、多くの読者がそれぞれ情報を出し合うことにより、巨大なデータベースが出来上がっていますよね。日本でも「価格.com」などにかなり大量の情報が蓄積されている。

 こういったものもひとつの分散開発型のコンテンツ開発に含めるとすると、いまは知的所有権を開放しても、情報や知識、アイデアを自由に行き交わせることによって何かを作ろうという、新しい価値観が芽生えている気がします。南方さんのご経験からすると、オープンソースのような考え方は、今後どれくらい浸透していくと思われますか? ソフトのようにかなり限定的なものなのか、あるいは発展があるとすれば、どのような事例に興味を持ってらっしゃるのか。

南方: 約3年程オープンソースの世界に身を置いていますが、私は、そのきっかけになった「家電機器を使いやすくするためにLinuxを導入する」ことにはとどまらないだろうと考えています。オープンソースという考え方が、ソフトウェアだけでなくいろんな産業のパラダイムを作り替える、ひとつの大きな力になるかもしれない。ある意味でチャンスを、ある意味で恐怖を、漠然とではありますが両方感じている状態です。

 オープンソースの世代が成り立っている最大の要因は、ネットワーク/インターネットが広範囲に普及したこと。自分の組織の中でしか活動できなかった内需ワーカーが、ネットワークにつながることにより、それ以外の活動ができるようになりました。

 そのため、誰が何を所有するかという所有権の問題はもちろんあるにせよ、やはり時代はオープンへと変わってきているんですよね。これは企業としても難しい問題。例えば、オープンソースのコードを家電の中に組み込むことについてどう考えるのかは、社内でも葛藤があったし、今でもあります。

 例えばオープンソース的な活動が、今のカーネルやソフトウェアだけでなく、もっと広範囲のソフトや半導体のデザイン、ひいてはモノの作り方へと拡がっていったときに、企業モデルはどうなるのか。ひょっとすると、日本がぶつかっている閉塞感の救世主になってくれるかもしれません。しかしネガティブに考えると、中国から簡単にやられてしまう。そういった、相反する極論があるわけです。

末松: 中国はレイトカマーアドバンテージでどんどん新しいものを取り入れているので、製造のみならず研究開発でも大胆に出てくる可能性もありますね。

南方: これからの日本がどうなるか、まだまだわからないというのが率直な感想ですが、止まっていることができない時代に入っているのは事実ですよね。止まっていれば日本は沈下していく一方なわけで。何かのパラダイムによってリーダーシップを取っていかないと、再度復興できないんじゃないでしょうか。松下電器産業の場合、プラットフォームにオープンソースを採用したというのはひとつのイベントであって、これをベースにしながら他の活動もたくさんできればいいなと、個人的には思うのです。

末松: とりあえず手近なところから成功させ、それを実証モデルとして社内なりCELFなりで大きくしていく、というのが現実路線なんでしょうね。今後に期待しています。

インタビューを終えて
松下電器産業の社内のキーワードとなっている(「口酸っぱく言われている」)“プラットフォーム”というキーワードが、「バーティカル(クローズ垂直)からホリゾンタル(オープン水平)への移行」とどう関係しているか、すこしわかりにくいと思うので解説しておきたい。従来の典型的な産業構造は、自社内、あるいは自社グループ内でクローズに全機能を調達するもの(自前主義)であったが、それがネットワークを介して、オープンに他者の資源を活用する形態に変わってきているのは、本文中の議論のとおりである。このとき、プラットフォームも1つのモジュールである、つまりプラットフォーム・モジュールとして理解することが重要である。今回、同社は、OSというモジュールについて、他者が開発したLinuxを採用した。同様のことは、ロジスティクスというプラットフォーム(自社では配送部門を持たずに、例えば、佐川急便の配送システムを使用する)や、ネットワークというプラットフォームなどのモジュールにも適用することができる。それは、ホストコンピュータのアウトソーシングでも、ある重要な特許技術についても、他者モジュールを活用するという展開が可能なのである。プラットフォーム・モジュールを外部化(外部調達)するということは、他のモジュールでも(自社で特化するという領域以外であれば)、全て外部化するという転換への突破口となるのである。“プラットフォーム”という用語を社内に普及させること(「口酸っぱく言うこと」)は、オープン水平へ転換する際の、非常に重要な第一ステップである。Linuxが日本企業に、そして日本社会に与える潜在的なインパクトの大きさが垣間見える。
2003年10月23日 末松千尋

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