もうひとつのブラウザ戦争:IEついに敗れたり

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 先日、サンフランシスコのMacromedia本社にシリコンバレーの企業家たちが集まり、いつものように「Microsoft問題」を話しあった。

 もっとも、W3C(World Wide Web Consortium)主催のこの戦略会合は、普段の会合とはかなり趣を異にするものだった。いつもなら参加者のつるしあげを食うMicrosoftが、今回は主賓だったのである。

 「もちろん、どんな理由でもMicrosoftがやりこめられるならハッピーだという人間はいるだろう。しかし、ウェブをビジネスにしている当社のような企業にとって、すべてのコンピュータにブラウザがインストールされていることは大切なことだ。それがMicrosoftのブラウザだというなら、それでも構わない」とコンピュータメディア企業O'Reilly & Associatesのバイスプレジデント、Dale Doughertyはいう。

 ひとつの特許訴訟を機に、IEをめぐる状況はがらりと変わった。シカゴの連邦裁判所が下した衝撃的な有罪判決のおかげで、Microsoftはソフトウェア業界の大半から支持を勝ちとったのである。それは同情からきているのかもしれないが、標準化団体からライバル企業までが、MicrosoftのブラウザInternet Explorer(IE)を守ろうと立ち上がっている。

 長年Microsoftの支配を苦々しく思ってきた競合企業やパートナーは、個人経営のソフトウェア会社Eolasが特許権侵害訴訟でMicrosoftに勝訴したというニュースを、最初は悲願の成就と受け取っただろう。反トラスト法裁判で米司法省や裁判所がなしえなかったことが、ついに達成されたというわけだ。

 ところが、ウェブの中核言語であるHTMLに大幅な変更が迫られる恐れが出てくると、この判決はウェブに対する深刻な脅威と受け取られるようになった。Microsoftの競合企業は、Eolasの弁護士が今度は自分たちを標的にするのではないかと戦々恐々としている。一方、MacromediaやSun Microsystemsといったパートナー企業は、技術を変更しない限り、IE上で自分たちのプラグインを実行できなくなるのではないかと心穏やかでない。

 一連の騒ぎで、業界の力関係は複雑に変化した。従来の同盟関係やライバル関係はひっくり返り、長年ブラウザ市場で劣勢を強いられてきたライバルたちが、天敵だったはずのMicrosoftに味方しはじめたのだ。一方、訴訟が進むにつれて、Eolasの創立者で唯一の社員でもあるMike Doyleは「日和見主義者」と批判されるようになった。Doyle自身は訴訟の目的を、Microsoftの強欲からウェブを守るためだと説明している。

 「この訴訟が私利私欲のためでないというなら、本当の目的を具体的に説明してもらいたい」とIEの競合企業に勤める技術者はいう。「Doyle氏の弁護士は、ブラウザ業界にライセンス契約をもちかけているではないか。いずれは妥協策が出てくると思うが、不愉快な決着であることに変わりはない」

 自分の目的はMicrosoftの悪行を正し、人々をBill Gates帝国の圧政から開放することだとDoyleは反論している。「今回の法的勝利は、ソフトウェア開発に競争の原理を取り戻すものになるだろう。いずれは開発者やMicrosoftのライバル企業も、われわれが脅威ではなく友人であることに気づくはずだ」(Doyle)

 もっとも、Microsoftは上訴審で勝利を勝ち取るかもしれない。万一敗れたとしても、すでに業界標準となっているIEの開発をソフトウェア業界が放棄する可能性はきわめて低い。企業はこぞってMicrosoftの次善策に協力するだろう。

 EolasがMicrosoftを提訴したのは1999年のことだ。先月、米国の地方裁判所がMicrosoftのIEはEolasの特許(米国特許番号5838906)を侵害していると認めたことで、Eolasの訴訟は国際的な注目を集めることになった。この特許はEolasが1994年10月17日に申請し、1998年11月17日に取得したもので、ウェブ上でアプリケーションを起動するための技術を対象としている。

 特許の侵害にあたると判断されたのはIEのActiveXに関わる部分だった。ActiveXとはJava アプレットやAdobeのAcrobat文書、MacromediaのFlashムービーといったプラグインアプリケーションをウェブサイトで起動、実行するために利用されるMicrosoftの技術だ。ActiveXの使用が禁止された場合、IEはインターネットや企業イントラネット上のページの相当部分を完全な形で表示することができなくなる。

 Doyleが今回の訴訟のことを、新興のブラウザ企業Netscape CommunicationsをたたきつぶすためにMicrosoftが行った数々の悪事を正すものと主張しているのはこのためだ。1994年に設立されたNetscapeは、ブラウザがWindowsの絶対支配をかわすツールになると考えていた。Netscapeとその投資家たちは、今後はWindowsではなく、ウェブというオープンスタンダードに合わせてアプリケーションを開発できるようになると考えたのである。そうなれば、OSはMicrosoftのドル箱ではなく、ひとつの部品にすぎなくなるはずだった。

 しかし、数年にわたるMicrosoftの猛追によって、Netscapeは市場の80%以上を握る標準ブラウザから、AOL Time Warnerのとるにたらない一部門に転落した。AOL Time Warnerは最近、ブラウザ部門を非営利財団として分離独立させている。業界の古株たちは、Microsoftは今回も必ず苦境を切り抜けるだろうとみている。

 どんなに勝算が少なくても、Doyleはこの訴訟が価値のあるものだと確信している。Eolasの勝訴は聖書の中にある巨人戦士ゴリアテを倒したダビデにたとえられることが多い。しかしDoyleは、自分たちの闘いはもっと壮大で苦しいものだと主張する。Doyleにとって、この訴訟は「ブラウザ戦争」におけるMicrosoftの勝利を覆し、デジタル業界の大半をMicrosoftの支配から開放するものなのだ。

 「ダビデ対ゴリアテという表現はわれわれの試みを過小評価している。Microsoftは当社の技術を利用してあまたの企業を廃業に追いやり、ウェブの可能性を大幅にせばめてきた。また、テクノロジーの保有者である当社がしかるべき報酬を得る機会も奪っている」とDoyleは主張する。

 Microsoftがブラウザ戦争の1プレーヤーにすぎなかった数年前なら、多くのソフトウェアメーカーがEolasの主張を支持しただろう。しかし、Doyleの挑戦は遅すぎたというのが業界の一般的な見方だ。すでにIE はブラウザ市場を支配しており、多くのソフトウェアメーカーがIEのプラグインを開発することで、ビジネスを成立させるようになっている。

 「われわれはMicrosoftの大ファンではない。しかし、ウェブの大ファンではある。問題はこの訴訟が、ウェブの特許権侵害が認められた最初のケースであることだ。企業は同様の訴訟が次々と起こされるのではないかと不安を感じている」と、今回の特許訴訟でMicrosoft側の証人をつとめたO'Reillyのオンラインパブリッシング部門責任者、Doughertyはいう。

 一部のブラウザ用アプリケーションは、回避策を比較的容易に見つけられるだろう。たとえば、Adobeはすでにウェブ上のPDFファイルを閲覧する方法を2種類用意している。ひとつはIEの技術を使ってブラウザ内部でPDFを開くものだが、もうひとつのやり方は自社ソフトのAcrobat Readerを使ってファイルの内容を表示するため、特許問題を回避することができるとみられている。

 しかし、現実にIE用プラグインの使用が禁止されれば、多くの企業が壊滅的なダメージをこうむることになるだろう。著名なセキュリティ専門家で、今回の特許問題におけるW3Cのオンライン討論参加者でもあるRichard Smithは、もっともダメージを受けるのはMacromediaだと指摘する。

 「ウェブに組み込まれたコンテンツ、つまりプラグインの数でいえば、Flashは群を抜いている。特許の内容を見る限り、Macromediaの手法や製品はEolasの特許に抵触する可能性が高い」(Smith)

 一方、Macromediaはプラグインに依存したテクノロジーを開発しているのは自社だけではないと主張している。同社によれば、Sunのプログラミング言語Javaで書かれたアプレットも、今回の判決から同程度の影響を受けることになるという。

 これまでに提案された対策案ではEolasの特許を回避することはできないというDoyleに、Microsoftはこれまで自らが浴びせられてきた非難をそのまま返している。つまり、Doyleは裁判所の判決をたてに、業界に恐れや不安、疑念をまき散らしているというのだ。

 「Doyle氏が利己的な理由で特許の適用範囲をあいまいにし、業界を不安におとしいれていることは明らかだ」とMicrosoftの広報担当者Jim Deslerは述べている。「特許の内容を読み、法廷でEolasが主張したことを振り返れば、われわれが検討している小幅な変更で特許侵害は十分に回避できることが分かるはずだ」

 Doyleとカリフォルニア大学バークレー校が共同で保有するこの特許が、具体的にどのような技術に適用されるのかは分からない。確実なのは、Doyleには理論上、Macromedia、Adobe、Sunといったプラグインの開発元に、特許侵害を避けるための選択肢を与える権利があるということだ。それはEolas製ブラウザを使うことかもしれないし、Eolasに妥当なライセンス料を支払うことかもしれない。

 プラグインの実行という重大な機能がEolasの思いつきで使えなくなるという不安は、業界をパニック寸前の状態におとしいれた。特にオープンソースブラウザの開発グループやW3Cのように、特許で保護された技術の利用を制限ないし禁止している組織が受けた衝撃は大きい。

 オープンソースソフトウェアの推進団体によると、彼らのオープンソースライセンスは特許で保護された技術の利用を禁止しているという。またW3Cは今年3月、長い公開議論を経て、ライセンス料を伴う技術をソフトウェア開発に利用することを基本的に禁止するという結論に達している。

 「過去の経験からいって、ライセンス料の不安は標準の発展を阻むものになる。たとえ確実ではなくても、ライセンス料を請求されるのではないかという恐れ、不安、疑念がわずかにあるだけで、開発者はその技術を利用しなくなるものだ」とW3CのJanet Dalyは指摘する。

ゲームの行方はどうなるか

 MicrosoftとEolasの闘いは、今や特許支持派と、ソフトウェアに特許は不要だと主張する特許否定派の闘いに拡大している(Microsoftが膨大な特許を保有していることを考えると、今回の訴訟でMicrosoftがとっている立場はある意味皮肉である)。

 Doyleは最近、Microsoftとの和解に応じる姿勢をみせたが、特許を否定するライセンスやポリシー、態度は衰退をもたらすものだという主張に変化はない。

 「テクノロジーを生みだした人間は、特許によって自分の知的財産を守る権利がある。標準化団体は、どんな標準を推進するにしろ、このような権利があることを認識すべきだ」とDoyleはいう。「標準化団体が今回のケースに反対しているのは、単に組織的な理由にすぎない」

 Doyleが特許制度をこれほど信頼しているのは、その血筋のためかもしれない。彼の祖父は自らが発明した60を超える製紙技術を特許によって守っていた。1918年の「Paper-Machine」、1949年の「Pulp Drainer」、1965年の「Apparatus for Draining Fibrous Material」などは、いずれも彼の祖父の特許である。

 「私は1人の発明家であり、Eolasは発明をミッションとする企業だ」とDoyleはいう。「発明で生計をたて、発明をビジネスにしたいと考えている。なぜそれほどこだわるのかというと、発明家だった祖父は、今なお利用されている製紙技術を発明し、その対価で生活を営んでいたからだ」

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