この記事は『RIETI(経済産業研究所)』サイト内に掲載された「電波が見える人たち―無線ビジネスと電波政策の勝者たち」を転載したものです。
筆者は仕事柄、米国の無線ビジネス企業幹部と会うことが多い。彼らと会ってしばしば感心することは、彼らには電波が見えているということである。特に、 順調に成長している無線機器ベンチャー企業の起業家は、必ずといっていいほど電波を見る能力を持っている。なぜなら、この能力がないと、結果的に無線ビジネスの将来像を予想できないために、ベンチャーをうまく成長させることができないからである。
かといっても、ここで筆者が言っているのは、夏前に話題となった白装束のパナウェーブ教団が主張するように、電波が空を飛んでいくのを目で本当に見ることができるということではない。彼らの能力では、どのように電波が利用されていくか、それによって何が無線ビジネスになるかということを見ることができるのである。この能力が、実は電波政策と密接に関係するので、本稿ではこの能力について簡潔に論じてみたい。
新しいことはダメが基本の無線ビジネス制度
無線ビジネスは必然的に電波を利用するが、電波は公共の所有物という整理が電波法令でされている。そのため、基本的に、電波を利用する場合は総務省の許可を得なければならない制度になっている。もし読者が、ある無線機器や無線サービスを利用したい場合、それが一度許可されたものである場合、前例があるため、比較的簡単に許可を得ることができる。しかし、それが一度も許可されたものでない場合、これに対して許可を得ることは至難の業である。例えば、現在わが国では、新無線技術のウルトラワイドバンド(UWB)を利用することができないが、これに対して許可を得たいと思ったらその労力は計り知れないものがある。
ここで、ある読者は、「自作の歌を携帯電話の着メロとして販売するという無線ビジネスも、総務省の許可を得なければならないはずはない」と疑問に持つこ とがあるかもしれない。全くその通りで、この読者の無線ビジネスは総務省の許可を得る必要はない。では、無線ビジネスでもどのような新無線ビジネスをしたら、基本的にダメと不許可になるのであろうか。
許可されないということは、規制のどこかに引っかかってしまうということだが、規制にも色々な種類の規制がある。一般に、設備規制、運用規制等々や社会規制、経済規制等々の種別整理をされることが多いが、無線ビジネスに関する限り、設備規制が圧倒的に多く、この規制が必然的に新無線ビジネスを妨げる構造となっている。設備規制は、ある無線設備(機器)が技術的に従わねばならない義務を記述しているわけだが、色や形についてまで記述しているわけではない。
OSIの7層モデルで言えば、電波法令では原則として、物理層とデータリンク層の下層2層に関する義務を記述している。だから、下層2層が現規制から異なる技術を新無線ビジネスで利用したければ、基本的に不許可となってしまうわけである。逆に言えば、着メロのような上層のアプリケーション層での新無線ビジネスをやろうと思えば、それは自由に行うことができるのである。
無線ビジネスの根幹は?
誰でもビジネスで成功しようと思ったら、ビジネスの主導権=根幹を押さえようと考えるはずである。コンピュータ業界がマイクロソフトとインテルに牛耳られているのは、OSとCPUという根幹技術を両社が押さえているからである。 業界標準に自社技術を入れようと努力したり、いち早く市場に参入しマーケットリーダーになろうと努力したりするのは、これらがビジネスの根幹であるからである。どの技術やポジショニングなりがビジネスの根幹であるかは、そのビジネスによって異なるが、無線ビジネスにおいては、OSIの7層モデルでの低層における技術であることが多い。無線ビジネスでは、周波数が重要なサービス要素になるが、周波数は物理層の技術要件に密接な関係があるからである。その場合、無線ビジネスの根幹である技術を、上記設備規制が握っているわけである。
同時に、この無線ビジネスの根幹を握る技術は、全世界の90%が米国発で5%がイスラエル発であるというのが、筆者の経験による値である。逆に、規制に接触しない無線ビジネスのアプリケーション技術では、全世界の8割以上が日本発ではないかと思っている。では、なぜこのような数字になるのであろうか。
新無線サービスと電波政策は表裏一体
官僚主導の世の中で生活している日本の人たちは気がつかないかもしれないが、一般に、制度は現実の後を追って整備されている。前述の通り、電波の特性上制度がビジネスを妨げざるを得ない無線ビジネス分野でも、この構図は同じで、総務省が新無線ビジネスを許可する場合、制度(=電波政策)がこれに沿って改訂されるという構造になっている。このような構造の場合、新無線ビジネスを行う起業家が存在しない場合か、いたとしても制度の改訂が遅い場合は、日本発の無線ビジネスの根幹技術が登場するわけがないのである。
逆に言えば、米国では新無線ビジネスの起業家が多く存在し、彼らの圧力に同調し、規制当局も制度を迅速に改訂するという正のサイクルが世界最先端のところで回っているために、米国発の技術が多く誕生するのである。
こう考えると、無線ビジネスにおいて、起業の面でも規制改訂の面でも米国に劣らざるを得ない負のサイクルに陥っているのがわが国の現状であり、官僚だけを責めてもどうにもこうにもすぐには米国には勝てそうもないのである。ましてや、米国・イスラエルと言えば、国防技術が民生用に流れる仕組みも持っているわけで、予算だけは軍事大国並みでも技術力のない日本の自衛隊や民生化の構造を持っていない現状では、無線ビジネスでは、米国はおろかイスラエルにも歯が立たないのである。
電波が見える人は世界最先端の電波政策を読める人
ここまで書けば、冒頭に述べた電波が見える人たちは、世界最先端の電波政策を読める人たちであることがわかるだろう。世界最先端の電波政策が読めれば、 それを逆算して現在何をやればいいかわかるから、高い確率で起業に成功するのである。そして、その成功は、無線ビジネスの根幹を握る技術を産み出したか らという構図が多いわけだから、世界最先端を走る米国にはもう手が付けられないのである。
では、この問題に対して無線ビジネス分野の日本の起業家や政策専門家はどうすればいいのだろうか。筆者の考えでは、米国に追いつくことは現時点では不可能に近いので、まずは上述の構造と起業及び電波政策に対する国民の意識が高まることが必要だと考えている。経済産業研究所IT研究グループの2002年度調査研究報告書も、その結論で同じようなことを述べている。
「無線システムの利用は、その利用が社会的に広まったことにより、社会からの関心は高いが、その根幹を握っている電波政策には残念ながら、関心を引くことができていない。・・・多くの民間研究者を擁する米国の例を参考にすれば、優れた電波政策の実現なしに、 優れた無線サービスの実現はありえないのである。」
RIETIサイト内の署名記事は執筆者個人の責任で発表するものであり、経済産業研究所としての見解を示すものではありません
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