「どんな要求にも即時に対応できる効率的で動的なデータセンターが、安定と調和の取れた未来を約束します」---目下、大手IT企業の合い言葉になっているセールストークがこれだ。IT業界は今、壮大な構想と新コンセプトで満ちあふれている。
Sun MicrosystemsはN1の宣伝に余念がない。その横ではHewlett-PackardがAdaptive Enterpriseを売り込んでいる。あらゆるビジネスはオンデマンドになると豪語するのはIBMだ。
甘言乱れ飛ぶこの状況に、「またか」と思ってしまうのは私だけだろうか?
これは、IT業界の人間にはおなじみの光景だろう。この業界は再びブームに沸いている。今度の主役は、仮想化されたリソースを要求に応じて自律的に割り振ってくれるオンデマンドのデータセンターだ。もっとも、実際にはそれが実現できるのかどうかよく分からない。今のところ各社は青写真を描くだけで、具体的な成果には触れていないからだ。製品もちらほらと出てきてはいるが、各社の構想はあいかわらず耳障りのいい言葉と根拠のない保証で埋めつくされている。「あらゆる変化に対応できる組織」と謳っているのだから、とりあえず反対する者はいない。
しかし、その言葉を体現するデータセンターはどこにあるのだろうか? 調和と柔軟性の時代がすぐそこまで来ているなら、少なくともその兆しが見えてもよさそうなものだ。
そもそも、テクノロジーは広告通りに機能するわけではない。それは今もそうだし、これからも変わらないだろう。実験室やベータテスト環境で動いたものが、企業の無秩序なデータインフラでもすいすい動く保証はどこにもない。また、問題はテクノロジー以外にもある。
たとえば、柔軟な組織を手に入れるためのコストだ。このコストは金銭にとどまらない。自然界と同様に、大きさ、速さ、見た目の優れているものが、柔軟性や回復力でも優れているとは限らない。組織の柔軟性を高めるためには、IT投資の優先順位を全社規模で見直し、それ以外の可能性は見送る覚悟が必要だ。
部門や課、事業部などは、リソースの統合を迫られることになるだろう。リソースを必要なときに必要な場所に瞬時に割り振るためには、そのリソースを別の場所から取ってくる必要がある。最初から余分なリソースを配分しておくこともひとつの方法だが、今日の経済環境を考えれば現実味のある選択肢とはいいがたく、苦笑いされるのがおちだろう。もうひとつの方法は各部門のリソースを統合し、効率的に配分・利用することだ。つまり共有である。これはいいアイディアだが、なぜかあまり人気のある方法ではない。
動的なデータセンターやグリッドが約束するスケールメリットを実現するためには、これまでのようにITに関することは部門ごとに対処法が違うという制度を排し、部門間でリソースを共有する必要がある。長年にわたって特権を享受してきた部門も、門戸を開き、他部門と協調していかなければならない。そうしない限り、技術がどんなにすばらしいものであっても、その真価を享受することはできないだろう。
また、リソースの共有には二次的だが避けられない要件がある。ITの結果を検討し、評価するための共通言語はそのひとつだ。「サーバのアップタイム」といったようなオタク用語で話が済む時代は終わった。ITを動的サービスと位置づけるなら、IT管理もアプリケーションやサービスの観点から行う必要がある。そのためには計画、購買、開発、サポートなど、ITに関わるすべての人が理解できる共通の言語が必要だ。
これは文化の変革、あるいは変化の起爆剤が求められていることを意味する。しかし、「変化」は「共有」以上に人々が嫌うものでもある。新しいブレードサーバやグリッドツールキット、ネットワークスイッチを買って済むなら話は早いが、現実はもっと複雑だ。あっという間にインストールできるような機器はないし、IBMのCMに出てくるようなすべてを解決してくれる魔法の粉もない。「静」から「動」に移行するには、組織自体に体力と安定性が求められる。つまり、本当に必要とされるのは機敏なデータセンターではなく、機敏な組織なのだ。
機敏な組織を作るためには強力な動機付けとリーダーシップが必要だ。時間と労力も伴うだろう。すべての企業が移行に成功するわけではない。転換に必要なエネルギーと情熱を持たない企業はいくらでもある。こうした企業は多くの時間と金をどぶに捨てるだけでなく、ITがビジネスの要となる世界で他社の後塵を拝することになるだろう。
オンデマンドで機能する動的で柔軟なIT---これがすばらしい目標であることは間違いない。IT業界がこの目標を掲げたことは評価すべきだろう。しかし、過去とは一線を画する知的で、柔軟で、調和したITシステムを唱えることと、それを実現することは別の話だ。柔軟性や知性を必要とする場所はほかにもあるし、約束の地に到達するまでには無数の変化をなしとげる必要がある。しかも、この旅を終えることができるのはごく一部の企業だけなのだ。
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