ASPとは何の頭文字なのか。それを世間が認知する間もなく、数年前このサービスは消え失せるかと思われた。
ASP(アプリケーション・サービス・プロバイダ)とは、月次あるいは年次契約でビジネスソフトウェアの開発、運用、保守サービスを提供する企業のことで、登場した当時はIT革命の波に乗り遅れないための理想的なソリューションだともてはやされた。ハイテク関連株のバブルもあって初期のASPは大きな成功を収めたが、バブルが崩壊すると、その多くが無数の新興企業とともに市場から姿を消した。
しかし、すべてのASPが消えたわけではない。初期の苦い失敗、技術の限界、無謀ともいえる試みを乗り越えて、ついにASP市場が確立される時がきたと、企業や業界アナリストらは考えている。
Yankee GroupのアナリストであるSheryl Kingstoneは、5年前のASPは技術的に未熟だったとふりかえる。「カスタマイズはできない、オフライン機能もない、既存のシステムとは互換性がない、あの機能もこの機能もない。今生き残っているのはこうした欠点をひとつずつ潰してきた企業だ」
1990年代後半のインターネットブームを覚えている人なら、「ホステッド(サーバに置かれた)」ソフトウェアというコンセプトに聞き覚えがあるだろう。個々のコンピュータにアプリケーションをインストールするのではなく、ASPのサーバにインストールされたアプリケーションにインターネットを通してアクセスする、というのが基本となる考え方だ。導入コストも月額料金も安い。これに対し、アプリケーションを購入する場合は高額なライセンス料を支払い、煩雑なインストール作業をこなさなければならない。アウトソーシングと同様に、「面倒だが必要な作業」から企業を解放するというのがASPのセールスポイントだ。
ASPのRightNow TechnologiesとSalesforce.comはニューエコノミーの過酷な生存競争を勝ち抜いただけでなく、低迷するテクノロジー市場にあって2桁成長を維持している。このほか、NetLedger、Onyx Software、Salesnet、UpShot、WorkscapeといったASPも好調だ。
もっとも、景気の停滞がかえってASPへの関心を高めたとも考えられる。ASPが提供するサービスは、少なくとも短期的にはコスト削減の手段になるからだ。
一般に、オラクルやSAPが提供する大規模なソフトウェアシステムは、インストール、トレーニング、購入、ライセンス料などで何千ドルもの初期投資を必要とする。それに対して、ASPからソフトウェアを「レンタル」する場合は月に数百ドルしかかからない。この程度の額なら部署の経常費で処理することが可能だ。
「企業の立場からすれば、一度に多額の出費を強いられるより、毎月少額を損益計算書に紛れこませるほうが都合がいい」と米マサチューセッツ州フレーミングハムのASP、Workscape社長のTimothy Cliffordは説明する。
また、使用方法やサポートが難しいために放置され、棚に置かれているだけのソフトウェアを削減するためにもASPのソリューションは役立つだろう。
専門化が進むASP
SAPやPeopleSoftのような、広範で統合された製品ラインを持つ巨大ソフトウェアメーカーと異なり、ASPは一般に案件管理など、特定のビジネスタスクに特化した製品を扱っている。
当初はほとんどのASPがコスト意識の高い中小企業を標的としていたが、最近は部署単位の契約で大企業にサービスを提供するASPも少なくない。たとえば、Salesforceの顧客リストにはAmerica Online、三菱、富士通といった大企業も名を連ねている。
カリフォルニア州デーリーシティに拠点を置くEnterprise Applications Consulting のアナリスト、Joshua Greenbaum は、ASPモデルは企業にとってほとんどリスクがないという。「使うかどうかもわからないソフトウェアに、多額のライセンス料金を払うのはばかげている。必要なものだけを買うのはビジネスの基本だが、景気の悪い時期はなおさらだ」
一方、Forrester ResearchアナリストのLaurie Orlovによると、Oracleが発表したPeopleSoftの買収計画は、Salesforceやその他のASPに商機をもたらす可能性が高い。買収が実現すれば、OracleはPeopleSoft製品の販売を停止し、ゆくゆくはサポートもとりやめる意向を明らかにしている。そうなれば5100社を超えるPeopleSoftの顧客の大半は(その多くが買収に反対しているのだが)新しいアプリケーションを探さなければならない。
「この買収がアプリケーション市場に混乱をもたらすことは必至だ。そうなれば、インストールは不要、基本的にはライセンスもいらないというASPモデルに企業の注目が集まることはまちがいない」とOrlovはいう。
また、ASPと契約する場合は自社でバージョンアップや保守を行う必要がないため、IT部門の負荷も軽減される。場合によってはIT部門そのものを排除することも不可能ではない。
カリフォルニア州フォスターシティに拠点を置く企業、Electronics for Imagingのセールス担当副社長Frank Mallozziは、Salesforceの顧客情報システムを導入することで、レポートのカスタマイズや顧客情報の管理が楽になったという。
「実際、それが購入の決め手になった。SAPのシステムではこうした作業はプロジェクトとして扱われ、IT部門やコンサルタントに作業を依頼しなければならない」
目下、ASP業界では多くの企業が売上高と従業員数を伸ばしている。主要企業はいずれも未公開企業だ。業界トップと目されているサンフランシスコのSalesforceは、4月30日締めの第1四半期ですでに18万8000ドルの利益(売上高1910万ドル)を達成している。同社のMarc Benioff社長によると、今年の年間売上高は前年比2倍の1億ドルを見込んでおり、IPOの計画も具体化しているという。
しかし、ASPビジネスにリスクがないわけではない。1990年代末にASP市場を収縮させた問題は今も残されている。セキュリティの不安はそのひとつだ。重要なビジネスデータの処理を、ファイアウォールの外側にあるASPに任せて大丈夫なのか。また、ASPアプリケーションを既存のアプリケーションに統合できるのかという疑問も根強い。
これらの問題を解決するためにSalesforceが導入したのが「Sforce」と呼ばれるプログラムだ。これはSalesforceから購入したアプリケーションを顧客企業がカスタマイズできるようにしたもので、来年発表される新バージョンでは、ほかのソフトウェアメーカーがSalesforceのインフラを使ってアプリケーションを提供することが可能になる。
ASPの長期的の展望はいかに
おそらく、ASPにとって最大の問題は長期的な見通しだろう。アナリストや業界関係者の間では、このようなサービスの人気は一時的なものにすぎず、景気が回復すれば購入モデルが復活するという見方がある。たとえ生き残ることができたとしても、価格や使いやすさをめぐる競争は激化する一方だ。
昨年はMicrosoftが低コストのCRMソフトウェアパッケージを発表し、この競争に参入した。Microsoftの狙う市場はSalesforceとほぼ重なっている。SAPとPeopleSoftも機能をそぎおとした中小企業向けソフトウェアで販売攻勢を強めている。OracleはOracle Outsourcingという独自のアウトソーシング事業部を立ち上げ、ASP事業への鼻息も荒い。
もちろんASPも業界の巨人を一朝一夕で倒せるとは考えていない。RightNow社長のGreg Gianforteは、同社の最大の敵は「惰性と帝国」だと表現する。つまり、これまでのやり方を変えたがらないITマネージャーと、顧客に現状維持を求めるSAPやOracleなどの大企業だ。
「壁には穴が開いている。しかし、壁そのものが崩れ落ちるまでにはあと10年はかかるだろう」とGianforteは予測する。
会社の規模や専門分野の違いはあっても、ASP各社は同じ信念を持っている。それは、ソフトウェアは企業にとって重荷であり、変革が求められているということだ。大手ソフトウェアメーカーに批判的な人々は、業界に蔓延する押し売り同然の販売手法に顧客はうんざりしているのだと主張する。一方ASPの経営陣は、好景気のころに買ったソフトウェアパッケージから利益を得た企業はいまだ存在しないと指摘する。
「SAPからは会計ソフト、Siebel Systemsからはコールセンターシステムといった具合に、大量のソフトウェアを購入した企業は今、そのつけに苦しんでいる」というのは、NetLedger社長のZach Nelsonだ。「それぞれのソフトウェアを連携させることができないばかりか、広告にうたわれていたメリットも実現されていないからだ」
SAP、PeopleSoft、Oracle、i2 Technologies、Siebel Systemsなど、大手ソフトウェア企業は軒並み顧客の批判にさらされている。最近では、顧客満足度の低さを暴露されたSiebelが記憶に新しい。
「ソフトウェア産業は今、危機的な状況にある。あまりにも多くの企業が顧客との約束を破ってきたからだ。原因はソフトウェアの複雑さと、ライセンスという名の悪徳商法にある。皆これまでのエンタープライズソフトウェアモデルにはうんざりしているのだ」とGianforteはいう。
ソフトウェア産業への反発は、大手ビジネスアプリケーション企業の売上が減少し、レイオフが増えている事実からも読み取ることができる。Siebelは2002年の売上高が前年比22%減の16億4000万ドルに落ち込んだことを発表した。なかでも、基幹事業であるソフトウェア部門の落ち込みは激しく、前年比34%減の7億30万ドルだった。
PeopleSoftの2002 年の売上高は8%減の19億5000万ドル、ソフトウェア部門においては18%減の5億3000万ドルだ。Oracleの2002年会計年度のアプリケーション事業におけるソフトウェア収入は31%減の7億260万ドル、それ以降も四半期ごとに前年同期比で減収がつづいている。
業績低迷に苦しむソフトウェア企業をしり目に、ASPは勢いを取り戻しつつある。たとえば、モンタナ州ボーズマンに本社を置くRightNowは過去4年にわたり、四半期連続で売上高を伸ばしている。今年の第一四半期の売上は1000万ドルを超えた。これは前年同期の約30%増にあたる。
Salesforce、UpShot、NetLedger、Workscapeはいずれも、今年は2ケタまたは3ケタの増収を見込んでいる。カリフォルニア州マウンテンビューに本社を置くUpShotの創業者で現会長のKeith Raffelによると、「業績悪化の兆しはまったくない」という。
SalesforceはSiebelの顧客を奪うことに自信をみせるが、一方のSiebelは顧客の大部分はSiebel製品に満足しているとしてSalesforceの主張を退けている。
Siebelのバイスプレジデント兼ジェネラルマネージャーのKen Rudinは、「当社は何千もの顧客を抱えている。Salesforceが当社のベストプラクティスにあわなかった顧客を1、2社つまみぐいしようと驚くにはあたらない」と一蹴する。
しかし、すべての顧客がSiebelの「ベストプラクティス」に納得しているわけではない。このベストプラクティスには数ヶ月に及ぶコンサルティング、分析、計画を必要とすることが少なくないからだ。これだけの時間とリソースを正当化できる企業は多くない。
フィラデルフィアのSovereign Bancorp の子会社であるSovereign Bankも、そうした不満を抱く企業のひとつだった。検討の結果、Sovereign Bankは商業貸付部門にSalesnetの顧客情報システムを採用した。
同行の技術ディレクターであるBill Pattenはその判断について、「厳密な投資収益分析を行ったわけではないが、契約の質的向上、件数の増加、見通しの改善といった点からみて、直感的にこのシステムが機能していることがよくわかった」と語っている。
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