IT業界というのは奇妙なところだ。画期的なイノベーションに支えられていることは間違いないとしても、誇大宣伝と金銭欲も重要な動力源となっている。
実際、この業界を活気づけているものはIPO(新規株式公開)の魔力だといっても過言ではない。これまでApple Computer、Microsoft、NetscapeのIPOは、どれも歴史の大きな節目になってきた。
なぜIPOにはそれほどの力があるのだろう。まずは心理的な影響力だ。IPOは投資家がリスクを取ることをいとわないほど、その会社を評価していることを表している。また、IT業界のバリューチェーンにとってもIPOは欠かせない。IPOがちらついている案件なら、エンジェル投資家やベンチャーキャピタリストも財布の紐をゆるめるからだ。
2000年のITバブル崩壊以来、IPO市場が死のスパイラルにはまりこんでいることは異論の余地がない。つい最近まで、IPO市場は最悪の停滞期にあった。しかし、この干ばつ状態もついに終わりを迎えたようだ。最初の恵みの雨は、おそらくGoogleからやってくるだろう。
IPOで最も重要なのはタイミングだ。Googleの場合、タイミングはまさに完璧である。株式市場は今年の最高値を更新したばかりだし、投資家は1%の金利もつかない銀行口座にうんざりしはじめているところだ。また、Amazon.com、Yahoo、eBayといったネット企業の株価が急騰している。Googleはまだ若い会社だが、その評価はこれらの有名企業に勝るとも劣らない。アナリストの中にはGoogleの昨年の売上を3億ドル、今年は7億ドルに達すると予測する者もいる。しかも、利益率はかなり高いはずだ。
Googleの右肩あがりの成長カーブが、機関投資家や一般投資家を興奮させることは間違いないだろう。どんなに高い初値がついても驚く者はいないはずだ。
不安材料があるとすれば、IPOや公開企業に対する規制が次々と打ち出されていることだ。米経済誌のForbesによると、GoogleのCEOであるEric Schmidtと幹部職員たちは「Ericの刑務所送り回避(Keeping Eric Out of Jail)プロジェクト」を立ち上げ、新しい規制への対応を進めているという。
公開企業にとって、経営陣がお縄を頂戴するほどおそろしいことはない。最近成立した米国企業改革法はCEOとCFOに対し、自社の財務報告書が正確なものであることを報告するよう義務づけている。不正が発覚した場合は多額の罰金が課せられ、場合によっては当人が禁固刑を受けることになる。
GoogleがIPOに踏み切ることになれば、新しい規制環境下で行われるはじめての大規模なIPOとなる。つまりハイテク企業のエグゼクティブは、Googleや引受会社に知り合いがいるからといって、IPO株のおこぼれにあずかってひと儲けしようなどとは思わないほうがいいということだ。「スピニング」と呼ばれたこのゲームは終わったのである。
規制の動きはアナリストにも及んでいる。皮肉にも、本来の業務に戻ることがアナリストに求められているのだ。アナリストの仕事は分析であって、投資銀行部門の業績を後押しすることではない。「買い」推奨は惰性ではなく、根拠のある分析に基づいて行うべきものなのだ。
先日、ニューヨーク証券取引所(NYSE)と全米証券業協会(NASD)は合同で、ある提言をまとめた。これによると、Googleの公開価格はこれまでとは違う方法で決定されることになりそうだ。新規上場では普通、公開価格は上場予定会社と引受会社のかけひきで決定されるが、今回の提言は独立した価格設定委員会の設置を求めるものだ。この委員会が公開価格の設定プロセスに立ち会うことになれば、価格が不当に安く設定されるケースは少なくなる。そうなれば、上場企業はこれまで以上の資金を市場から調達できるようになるだろう。
提言にはこのほかにも、取引初日の成り行き注文の禁止やIPO銘柄の割り当ての透明化、「ラダリング」(IPO株の配分を受けた投資家に、株価が上昇したあとも株式を購入することを義務づける行為)の禁止、「フリッピング」(IPO株を公開直後に売却して利益を得る行為)の制限緩和などが盛り込まれている。
また、一般投資家へのIPO株割り当てを増やす施策が含まれていることも重要なポイントだ。
このような条例はどういった市場環境を生み出すのだろう。企業改革法の制定によって、粉飾決算を行った経営者は刑務所に送られることになる。アナリストによる株価つり上げは規制の対象となり、顧客企業の幹部にIPO銘柄を優先的に割り当てることも禁じられた。ラダリングがなくなれば、不当な株価操作も減るだろう。企業にとってはIPOで調達できる資金が増え、個人投資家にとっては、IPO株の割り当てを受けるチャンスが広がることになる。
悪くない話だと思うが、どうだろうか。
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