IT業界はどこへ向かっているのか。それを知りたければ未来ではなく過去を振り返ってみるといい。
技術者というものは、未来のことを考えずにはいられないものだ。未来はいつも光輝いて見える。問題は、何があれば、そして誰がいれば、その明るい未来を手にすることができるのかだ。ここ3年間のジリ貧状態を経験しても、起業家やIT企業幹部、そして投資家も未来の明るさを信じて疑わなかった。ブロードバンドこそが我々をどん底から救うホットな新技術なのではないか。それともWi-Fiだろうか。オンラインゲームは?Webサービスは?国家安全保障はどうか?しかし、これらは的外れな質問だ。
現在の居場所を確認するために、目的地の地図をじっと見る人はいない。普通は前の居場所からの道筋をたどってみる。ITの世界における「前の居場所」は、ここ数年の間に様変わりしてしまった。皆がドットコムバブルとその崩壊に目を奪われている間に、「昨日」と「今日」との線引きが変わり、それまではコンピュータ革命や法人向けクライアント/サーバコンピューティングが「昨日」のテクノロジーとされていたが、今ではインターネットが「昨日」のテクノロジーとなっているのだ。
最初の商用ウェブブラウザMosaicが発売されたのは10年前のことで、インターネットは過去のテクノロジーである。Mosaic発売の10年前に使われ始めたグラフィカル・ユーザー・インターフェース(GUI)や70年代生まれのPCが今でも現役で活躍しているのだから、インターネットが廃れてしまうと言うつもりはない。過去のテクノロジーは今日の世界に浸透し、また成熟しており、私生活にもビジネスにも不可欠な要素だ。しかし、そこには最盛期ほどの成長性や革新性はない。
現在では高性能なデジタル機器の普及と低価格化が進み、いわばデジタル機器はコモディティ化している。また、インターネットを網羅したネットワークで各種サービスの提供を受けたり、共通のソフトウェアを利用することもできる。そして、それは異質なものが混在する、複雑で分散化した世界だ。
今の企業は、コンピュータの作業スピードよりも相互運用性により大きな関心を寄せる。そして一般個人は探しているものがオンライン上にあるかどうかではなく、その見つけ方や利用方法を知りたがっている。各企業は、楽曲であろうとラップトップであろうと、とにかく大量の商品を売る手段よりも、商品を売っていかに儲けるかを検討している。これらが今日の課題だ。
確かに、コンピュータの高性能化や、ネットワークを使ったデータ通信の高速化が進み、ストレージ機器のデータ保存容量は際限なく拡大するだろう。しかしそれは背景的なことにすぎない。膨大な数の人々がオンラインでつながったことはすばらしいが、環境整備が遅れている地域を除きインフラはもうほとんど整ったと考えてよい。
いま重要なのは、これらのネットワーク化された処理能力と、その基盤にある標準化されたソフトウェア環境を利用して、いかに生産性を高めるかということだ。社内に点在するプロジェクトメンバーの共同作業を可能にしたり、異なるハードウェアや接続条件の間で自由に行き来できるような恵まれた環境をつくるなど、基礎を固めた上ではじめて検討できる課題がいくつかある。
賢明な企業は、既にこれらの変化を認識している。例えばIBMは、見ての通りEビジネスを前面に押し出すのをやめている。EビジネスはIBMにとってインターネットそのものを意味する言葉だったはずだが、今やIBMはLinux、グリッドコンピューティング、オートノミックコンピューティング(自律型コンピューティング)などの次世代テクノロジーに重点をシフトしてきている。またMicrosoftはポストPC、ポストインターネット時代のビジネスに大幅な投資を行っている。ドル箱であるWindowsが廃れてしまったときに備え、大規模で長期的な投資が必要だと認識しているからだ。Dell Computerは社名からComputerという文字をなくそうとしている。Apple Computerは「簡単なインターネット接続」という観点から「デジタルライフスタイル」へと急速にシフトしており、写真サービスや音楽のダウンロードサービスなどを提供している。苦戦中のAmerican Online(AOL)も、単なるインターネット接続業者からそれを超えたサービスを提供する企業へと転身する必要性を感じているようだ。
テクノロジーの変化と並行して、人間の世代交代も進んでいる。インターネットが爆発的な広がりを見せたとき、それがメインフレームからPCへ移行したときと同じレベルの変化だと考えていたIT業界はひどい目にあった。その象徴的な例がMicrosoftの優位性とIBMの転落だ。
ほかにも企業内の変革により、Sun Microsystems、Oracle、SAPなどの企業は成功を収めた。革命をリードした企業の中には、変化を味方に新しい環境に順応できる企業もいたのだ。Microsoftはその代表例であるが、それに先行したのはNetscape Communications やAOLだった。インターネット革命のリーダーの中には、自宅のガレージを仕事場として事業を始めた個人起業家などの新参者や、PC革命やクライアントサーバ革命を経験したベテラン幹部が混在していた。
あの時のように、そろそろ業界のリーダーたちがインターネットを当たり前、または過去の革命の産物として考え始めてもいい時期だろう。状況は全ての人に平等に変化している。企業幹部に限らず、投資家もアナリストもイベントプランナーも新しいページをめくるか、さもなくば陳腐化を許す覚悟を決めねばならない。新しいページをめくるために、私は昨年、Supernovaという名の新しい技術会合を主催し始めた。インターネットの父Tim Berners-Leeでさえ前進し続けており、新技術であるSemantic Webの開発を推進している。
インターネットに革新性や成長性がなくなってしまったと言うつもりは全くない。新しい環境に新しい課題は付き物で、情報過多からスパムメール、これまで考えられなかった規模でのグローバルネットワーク管理の必要性など様々な問題がある。また、人間に優しいコンピュータ動作の開発、デジタルネットワーク上での広告収入の改善など、昔からの難問を解決するための新しいツールも生まれている。
ポストインターネット、ポストPCへの移行には、さらに魅力的なおまけもついてくる。ムーアの法則のように着実な処理能力の向上といった直線的な発展を生み出すのは、まっすぐで変化に乏しい高速道路で車を運転しているようなもので、退屈な作業だ。いつかは目的地に到着するだろうが、その過程そのものはつまらない。しかし、道中に階段状の変化があれば、生態系が自然と再構成され、生活はずっと活気のあるものになる。変化はいまや1つの変数では測れない。変化は、互いに関連する数多くのテクノロジーによってもたらされるが、その関連性を見分けるのは難しい。
これが今日の状況である。PC ForumやO'Reillyのカンファレンス、またSupernovaなど、業界の会合で話題となっているテクノロジーやコンセプトとして、社会的ソフトウェア、Semantic Web、Blog、高性能インターネットアプリケーション、Webサービス、ライセンス不要のワイヤレスサービス、グリッドコンピューティング、デジタルIDそしてブロードバンド広告などが挙げられる。これらのテクノロジーを注意してよく見ると、隠れた関連性がたくさん見えてくる。これらのテクノロジーはひとつひとつが大きな何かの一部分だが、その大きな何かを的確に現す言葉はまだない。
私は未来に大いなる期待を抱いている。それは過去が素晴らしいものだったと信じているからだ。
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