Webサービスの標準化を巡る泥沼の議論を耳にしても、Bob Sutor氏にはテレビのニュース程度にしか聞こえないらしい。
「標準化の議論はまもなく終わり」と見るSutor氏は、IBMのWebサービス戦略を指揮するとともに、Webサービスの標準化作業におけるキーパーソンとしても知られている人物だ。
その強気な口調からは、Webサービスの仕様策定に対する楽観的な姿勢が見て取れる。しかし、すんなりと議論がまとまる気配はない。IBMとMicrosoftが提示した仕様提案をめぐって、他企業と様々な意見の食い違いが起きているのだ(関連記事)。
それでもSutorは、こうした議論は標準化作業においては別段珍しいことではないと語り、Webサービス技術そのものが暗礁に乗り上げる恐れはないと自信をうかがわせる。
Webサービスとは、インターネットを介して部門間や企業間で相互にアプリケーションを活用することを目指す、オープンな標準仕様の分散処理技術である。処理できるデータの形式に大きな制約があった従来のEDI(electronic data interchange)に比べて、高い柔軟性を備え、かつ低コストで通信できるのが特徴だ。
Sutor氏はWebサービスの標準化を巡る論議や、大企業などでの導入が遅れている背景などを、先日、CNET News.comのインタビューの席で述べた。
---World Wide Webコンソーシアム(W3C)内では、Webサービスの利用に対して課金するかどうかで意見が対立しているようですが、物別れになる恐れはありませんか。
その問題についてはまもなく結論が出るはずです。ライセンス料を取るかという議論は、世間の注目を集めました。しかしこういった類のものは、すでにほとんどライセンス料がかからなくなっています。Webサービスでも課金の問題については「無料であるべきだ」と言われ続けてきました。おかげでこの問題に高い関心が集まったことだけは確かです。
---結局、この問題にはすでに結論が出たと。
その通りです。すでに仕様が固まったWS SecurityやSOAP(Simple Object Access Protocol)などには、ライセンス料は一切かかりません。これ以上、どんな議論が必要だというのでしょう。逆に、私たちが皆さんにお金を払え、というのでしょうか。何事にも限度というものがあります。この問題は現実的な問題から、仕様に関する政治的な問題へと移ってきているのです。
---現実問題として、影響力の低い中小規模のメンバーからは、標準化作業が特定ベンダーの方針に偏らないよう求める声が上がっています。大企業ほど大きな影響力があると見られますが、それについてはどうですか。
ある意味、それは当然のことです。ウェブの歴史そのものに当てはまることでしょう。IBMはエンタープライズソフトウェアで何十年もそういう経験をしてきました。私たちは正しいことをしているという強い自負があります。一方で、もしも彼らにWebMethodについて尋ねたならば、同じように主張するはずですし、同じことがIonaについても起こっています。
標準化グループでは、あらゆることが起こります。W3Cで策定まで2年もかかったSOAPの仕様は、二転三転しました。しかし、IBMがほかの企業よりも大きな圧力をかけたといったクレームは聞かれなかったと思います。当社が議論を取りまとめたことは事実ですが、IBMは中立的な立場を貫いていたと言われています。
---すると、SOAPの将来像について、当初の仕様を固める上で影響力のあったソフトウェア開発者のDave Winer氏よりも、IBMの発言が目立ったというのはデマだったのですか。
標準化の過程において、という質問でしょうか。確かにIBMがW3Cに仕様を提出しましたが、Dave氏もそれに同意しました。もしも彼が不満をあらわにし、断固拒否したならば、提出は見送られていたでしょう。彼は決定権を持っていましたから。Webサービスに対するIBMの取り組みが、この大きなプログラムの一部分であるなどと考えていただく必要はありません。4000の仕様がそれぞれバラバラにあるわけではないのです。仕様策定は、全体的な計画に基づいて進められています。私たちは気まぐれにわがままを言っているわけではなく、ロードマップに従って作業を進めています。最終的に全ての仕様は、互いの機能が緊密に連携しあい、思い通りに動くようになるはずです。これは決して特別なことではなく、オープンな標準化作業では当たり前のことなのです。
---知的財産権の問題が浮上してきたようですが。
知的財産権の問題は、標準化作業が始まったときからありました。もし皆が同じテーブルにつき、ルール作りをあらかじめ行っていれば、問題は早くに片付いたでしょう。しかし、議論できないように遮られてしまえば、どうでしょうか。皆がひとつのテーブルに着き、ライセンス料をなくすことに対して、「それはいいことだ」などと意見を述べ合えばいいのですが、お互いの声が聞こえない状態ではそれができません。それでも、私たちは粘り強く議論を積み重ねてきました。
---では、どうにか山場を乗り越えたとお考えですか。
ええ、そう思います。標準化作業にはたいてい起承転結があります。何か新しい情報が発表されると、言い出した人間が中心となって大騒ぎが始まります。「これは今までにないすごいモノだ」とか、「これで世界は救われる」といった具合です。しかし、しばらくすると、それに反論する人が出てきます。
---だから、策定作業には論争が絶えないと。
その理由は様々です。単に技術的な好き嫌いだけではなく、ある人たちが注目されているから嫌だとか、さらには、その日の気分でなんとなく好きじゃない、といったものまで、何にでもこじつけてきます。こういう時期は、押したり引いたりしながら乗り切るしかありません。しかし、大抵2〜3カ月すると潮が引いていきます。ある日を境に、不満分子も含めて標準化の作業がまともに機能し始めるのです。
---将来の標準規格を巡る対立が、企業におけるWebサービスの導入を阻害する要因になっていないでしょうか。
私は、今が議論のピークと考えています。ある特定の分野において2つ以上の標準規格が存在すると、「どうして彼らは自分たちのやっていることの意味が分からないのか」と騒ぎ出しますが、いずれ落ち着くでしょう。
---しかし、意見がどうしても合わない争点もあるのではないですか。
現在、私たちが直面している問題のひとつが、組織のあり方、すなわち標準化機構の戦略についてです。けれども、Webサービスの標準化の主導権はOASIS(Organization for the Advancement of Structured Information Standards)に移りました。W3Cは、Webサービスのあり方を考えるひとつの組織として再始動する考えです。IBMはそのことについてとやかく言いませんが、今後の取り組みだけは見守りたいと思っています。
---IBMはその決定を受け入れるわけですね。つまり、万が一、そのグループがIBMと相容れない内容の決定を行ったとしても、黙って言うとおりに従うのですか。
「グループ」というのはどこを指していますか。W3Cのスタッフですか、それとも500も存在するメンバー企業のことでしょうか。W3CやOASISのモデルを見比べれば、それらは全く違うことが、すぐにお分かりになると思います。まず、W3Cはかなり強い中央集権型モデルです。それに対し、OASISは緩やかな連携を主体する組織であるため、OASISスタッフの標準化に対する姿勢にはそれほど違いがありません。むしろ人々が協力しやすくなるような環境を整備する点に力を入れています。ですから、そうした視点で彼らの活動を捉えなおすべきです。
---Webサービスの導入は継続的に進んでいますか。
欧州ではすでにたくさんの導入例がありますが、アジアではまだ火がついたばかりです。今のところ、アジアで進んでいる事例のほとんどは大手ベンダーの売り込みの成果であり、企業間が自主的に構築したコミュニティベースの活動の成果ではないようです。欧州では次第に盛り上がりを見せています。XML(Extensible Markup Language)の移行は少々遅れていますが、非常に研究熱心で、採用も進んでいます 。
---Webサービス関連のカンファレンスが少なくともここ2年開催されていますが、企業のCIO(最高情報責任者)がWebサービス技術に対してあまり関心を寄せないのはなぜでしょう。
私たちはほぼ3年をかけて標準化を進めてきました。しかし、詳細を詰めるにはあと2年間は必要だと考えています。最近では、先進企業ではなく、一般企業の人たちがWebサービスについて聞いてくるようになりました。彼らは自分の上司にWebサービスのもたらす価値をどう説明したらいいか悩んでいます。このような悩みを解決することが私たちの重要な使命と考えています。私たちは今まで開発者と話し合いを続けてきましたが、本当にメリットを訴求しなければならない相手は、むしろCIOだからです。
---Webサービスの投資効果を端的に説明できないならば、CIOを説得するのははっきりいって無理でしょう。その効果を説明することはできますか。
可能ですが、具体的なレベルまではちょっと話せません。私たちはいろいろな業種業態の企業にいっては、「もうすでに皆さんの同業他社も導入しはじめていますが、明確なROIの効果測定はまだ難しい問題です」とお話ししています。
---なるほど。しかし、現在のような景気状況では、それでは通用しませんよね。
確かに具体性に欠けるかもしれません。しかし、Webサービスは適用範囲が非常に広い統合技術であるため、対象とする企業やそこでの利用実態に即した個別の議論をする必要があります。たとえば、Webサービスで既存の仕組みを置き換えるのか、それとも全く新しい仕組みを構築するのか、といった区別で捉え方は大きく変わってくるのです。
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