何もかもが楽観的に見えた90年代後半、Lou Gerstnerでさえいつもの懐疑的な態度を改め、自らのテクノユートピア構想について語っていた。
当時IBMの最高経営責任者(CEO)であったGerstnerは、いつか自動車がワイヤレスネットワークと遠隔診断装置を使ってエンジンの不調をメーカーに連絡したり修理されたりするだろうと語ったのだ。しかも、それがドライバーの気付かないうちに起こるというのだ。同様のテクノロジーが、自動販売機からビデオレコーダーまであらゆるものに使われるようになるとも彼は言った。
不幸なことに、皆がGerstnerの発言に耳を傾けた。
「それからしばらくの間は、家庭の冷蔵庫がオンラインスーパーマーケットのWebvanに電話をして食料品を注文してくれるようになる、というような類のアイデアがいくつも出てきた。しかし今は、あれは失敗だったと皆が思っている」と半導体チップの新興メーカーUbicomのCEOであるBulent Celebiは言う。
しかし数年後には、このコンセプトをもとに、果敢にも新しい取り組みを展開する企業が現れた。このコンセプトには、パーベイシブコンピューティング、デバイスコンピューティング、エクステンデッドインターネットなど様々な名称がついた。現在UbicomやEmwareといった企業は、実用的なアプリケーションを開発しており、両社の製品はこのコンセプトを社会的に認知させるきっかけとなりそうだ。またこのコンセプトは、これもほかのドットコム計画と同様に単なる思い付きだという悪評をぬぐおうとしている。
Ubicomは、オーバーヘッドプロジェクタから暖房換気システムに至るまであらゆる商品のメーカーに対し、ネットワークプロセッサを13ドルで販売している。このプロセッサは企業が自社システムを遠隔地から監視できるようにするものだ。Emwareは、メーカーが浄水施設のコントローラーなどからデータを取り出したり、家庭用サーモスタットを遠隔操作したりできるようにする内蔵ソフトウェアを販売している。
膨大な数のデバイスが相互に接続された超ネットワーク化社会が実現するのは数十年先のことであろうが、パーベイシブコンピューティング用のアプリケーションを支えるインフラのほうは、工場や積貨場や精油施設など目立たない場所でゆっくりと根づき始めている。一般消費者のマーケットと違いこのような産業界の動向は、半導体チップ、リモートセンサー、ワイヤレスネットワーキング装置、OS、ソフトウェアアプリケーションなど、遠隔から瞬時でデータを収集・処理できる多くのテクノロジーにとって絶好の機会を生み出している。
「Eコマース革命におけるチャンスの再来だ」とAccenture Technology研究所の主任科学研究員Glover Fergusonは言う。すでにAccentureとIBMでは、それぞれ「ユビキタスコンピューティング」、「スマートマシンにEビジネスを」と銘打ったコンサルティングサービスを確立している。
これらが全てうまくいけば、GerstnerはIBMの再建者としてだけでなく、優れた先見性の持ち主として人々の記憶に残るだろう。
トレンドの陰で、草の根的に発展
新しいテクノロジーのほとんどは何もないところから生まれている。新興企業や既存の企業はあらゆる産業界のニッチに対し、パーベイシブコンピューティングの部類に入りそうなアプリケーションを提供しているのだ。
例えば医療機器メーカーのBeckman Coulterは「注意一秒ケガ一生」という言い習わしに従いAxeda Systemsのソフトウェアを採用した。このソフトウェア導入で、Beckmanはインターネットを使って病院内の医療機器を遠隔から監視できるようになり、何かが起こる前に問題を発見し対応できるようになった。機器が故障したときだけ技術者を派遣するのではなく、Beckmanの臨床試験機器は故障診断の結果を同社のサービス部門に直接送信できるソフトウェアを搭載している。したがって患者のBeckmanに対する信頼度も高くなり、さらに機器の故障を未然に防ぎ技術者の派遣回数を減らすことができる。
パーベイシブコンピューティングは化学工業分野でも利用されている。例えばSupplyNet Communicationsでは、化学品タンクの内容量を計測するためのワイヤレスセンサーを製造している。このセンサーは、BASFなどの化学品メーカーが顧客企業のタンクに設置しており、これでリアルタイムな在庫確認を行い、必要に応じて在庫補充をしたり商品流通の効率化を図ったりしている。
いくつかのソフトウェア会社やサービス企業は、ネットワーク化されたデバイスから集めたデータを既存のエンタープライズシステムに提供するビジネスアプリケーションの構築を進めている。これにより各社は、在庫がサプライチェーンを流れるスピードや商品の納品先での稼動状況など、ビジネスに欠かせない瞬時の情報を入手し測定できるようになる。
Maria Martinezは2000年の始めにこのようなツールの重要性に既に気付いていた。その頃、Martinezは9年勤務したMotorolaを離れ、ハードウェアベンチャーKaveri Networksの社長兼CEOに就任しようとしていた。Kaveri Networksは、各種デバイスのインターネット接続が可能となるようなプロセッサを設計する企業として生まれた。
そこでMartinezは、ある反発的なエンジニアのグループが研究していたプロジェクトに徐々に興味を持つようになる。そのエンジニアグループはネットワーク化チップを開発するだけでなく、PC以外のマシンからデータを読み取ったり、そのデータを企業のインフォメーションシステムに送るためのソフトウェアプラットフォームを創り出そうとしていたのだ。
商品そのものよりも、デバイスを接続するという発想と、それが生み出す空間に強い興味を抱いたとMartinezは言う。「自分たちの周りには何かを可能にするテクノロジーが溢れていることに気付き、チップがニッチ市場以上のものを狙えることに気がついた。私たちがめざしたのはもっと大きなビジネスだった」(Martinez)
そして翌年、MartinezはKaveri Networksという社名をEmbrace Networksに変更し、事業の中心を半導体チップからソフトウェアへと移した。今では、同社はタイムレコーダーから人事のアプリケーションに情報を送ったり、遠隔生物測定セキュリティターミナルからの情報を使って認証情報を更新したりする機能のソフトウェアを販売している。
Embrace Networksはゆっくりではあるが着実な成果を手にしており、数社のクライアントから、エンタープライズシステムのネットワーク接続や、安全性管理、データ取り込み、そしてデバイスの遠隔操作ができるようなアプリケーションの構築を請け負っている。
商品タグもコンピュータ化
パーベイシブコンピューティングの支持者は、RFID(無線周波ID)タグとして知られるテクノロジーにより、パーベイシブコンピューティングが大きな一歩を踏み出せるだろうと信じている。RFIDタグは、個々の商品を識別したり、製造日や流通経路、また倉庫内での在庫位置などの重要な商品情報を転送するのに十分なデータを記録できる小さなプラスチック製のデバイスだ。
このタグがサプライチェーンに与える影響は重大なものになるだろう。このタグにはチップと無線周波アンテナが内蔵されているが、とても小さいことから簡単に衣類に縫いこんだり包装済商品に取り付けたりできるからだ。リサーチャーの予測でも、現在随所で見られる商品バーコードに代わり、RFIDタグが全ての物品に取り付けられ、より多くの情報を記録するようになると言われている。
マサチューセッツ工科大学Auto-ID CenterのエグゼクティブディレクターKevin Ashtonは、RFIDはコンピュータ業界のアメーバだと言う。「RFIDにも微小のロジックとメモリが搭載されているが、いまやコンピュータが身の回りに溢れているので、RFIDの存在など気に留めることもない」からだ。
Wal-Mart、Gillette、Procter & Gambleなど小売業界の重鎮が出資するAuto-ID Centerは、タグとコンピュータ間の情報の送受信を標準化するシステムを開発中である。同システムは今年10月中に完成予定だ。タグのアンテナ範囲やデータ容量は様々だが、全てのタグは単純な構造でできた読み取り機へデータを送り、その読み取り機はある一定の距離内で情報を受け取ることができる、というものだ。
オフィス用品販売を手がけるStaples の最高情報責任者(CIO)Paul Gaffneyは、このシステムにより安全在庫(供給不足を避けるための余剰在庫)が不要となり、数十億ドルの節約が可能だという。売れ行きのいいアイテムの在庫が減ったら、RFIDタグが店主に警告を送信することができるからだ。
デバイスのネットワーク化は、新商品や新サービスに対する需要を増加させるだろうとアナリストは言う。例えば冷蔵庫メーカーは、自社のネットワークを使わずに、データマイニングソフトウェアや数々のデバイスから集めた大量の情報を処理するサービスを希望するかもしれない。
「日に3回、毎回15件の内容をレポートしてくるデバイスが10個ある家庭を想像してみればいい」とビジネスコンサルティング会社のHarbor ResearchのシニアアナリストIan Barkinは言う。「それだけでもどこかのサーバーに兆単位のデータが集まることになる」
Harborの予測ではインターネットで接続されたデバイスは2000年代後半に爆発的に増加し、2007年までには関連の商品やサービスの売上げが1.5兆ドル以上になるという。
AMR Researchもまた、RFIDシステムの完成版の販売が2005年には50億ドルと頂点に達し、2006年内に150億個のタグが販売されると予測している。RFIDタグは既に使われているが、アナリスト曰く、タグ本体の値段が1個5セント程度まで下がらなければタグは普及しないという。現在のタグのコストは20セントから10ドルまで、様々である。
値段が適当なレベルにまで下がれば、RFIDタグは現在のサプライチェーンに革命的変化をもたらし、より大きな相互接続デバイスネットワークにも徐々に広がっていくだろうと、アナリストやAuto-IDのメンバーは言う。
「どこにコンピュータがあるか、どこでコンピュータ化が進んでいるのか、見えにくい時代がやってくる。ネットワーク中が小さなコンピュータだらけになるからだ」とAuto-IDのAshtonは言う。「21世紀のコンピュータは、全てを統合することになるだろう」
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