ITや起業などをテーマにしたイベント「BRIDGE2009」が11月19日、東京都渋谷区の渋谷区立商工会館にて開催された。
このイベントは、IBM Venture Capital Groupパートナー日本代表の勝屋久氏や経営コンサルティングを手掛ける本荘事務所の本荘修二氏らを中心とした、IT業界周辺の有志による団体「BRIDGE2009実行委員会」が企画したもの。
その中のセッション、「未踏IT人材発掘・育成事業で求める人材とは?」では、サイボウズ創業者でフレームワークデザイナーの高須賀宣氏と東京工業大学 大学院情報理工学研究科 数理・計算科学専攻 准教授で、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)未踏IT人材発掘・育成事業 プロジェクトマネージャー(PM)の首藤一幸氏が登壇。ナビゲーターを務めた勝屋久氏とともに、未踏IT人材発掘・育成事業で求められる人物像や、日本の技術者が海外に進出するための課題などを語った。
未踏IT人材発掘・育成事業(未踏事業)とは、採択された開発者と産学界での経験豊富なPMが“徒弟制度”をとり、研究を通じて天才プログラマーの発掘・育成を行うというIPA主催のプロジェクト。前身である「未踏ソフトウェア創造事業」から数えて9年続く同プロジェクトでは、ソフトイーサ代表取締役会長の登大遊氏やプログラム言語「Ruby」の開発者であるまつもとゆきひろ氏をはじめとした数多くのエンジニアを輩出している。
自身も未踏事業のPMを務める勝屋氏は、まず両者に未踏事業に求める人物像について聞いた。
未踏事業の中でもユース部門のPMである首藤氏は「1に情熱、2に期待感。こいつは何かをやってくれるぞと思わせる人物」と語る。東京工業大学大学院で准教授を務める首藤氏だが、日々学生と対話する中でそのポテンシャルの高さに驚くことも多いという。そんな学生たちが、大学とは異なる環境である未踏事業に挑戦するという意欲自体をまず評価したいという。さらにトーマス・フリードマンの著書「フラット化する世界」を例に挙げ、「IQ(知能指数)よりも、PQ(熱意指数)やCQ(好奇心指数)が重要」とした。
その一方で、開発者や起業家として未踏事業を外から見る高須賀氏は、熱意や好奇心だけで行動する危険を説く。高須賀氏は「起業したり会社を作ったりするのが目的でもない、未踏に受かるのも目的ではない。何か自分でやりたいことがあり、起業も未踏もそのための手段」とした上で、「目的と手段が逆転して『(起業するためには、未踏に受かるためには)こうでなければいけない』と自己規定し、それを情熱だけでカバーして不幸になる例を見てきた。やはり才能も情熱もどちらも重要」とした。
米国でのLUNARRを立ち上げ、2年半事業を続けてきた高須賀氏だが、米国と日本を比較して、「技術者に対して広く水平方向に呼びかけ、それがリスト化される。そのリストを見ている人たちはたくさんいるので、確実に新たな価値を生むセレンディピティになっていると思う。シリコンバレーでは、技術力のある人を人伝えで確保する動きはあるが、(官主導で)の仕組みはない」と、未踏事業の意義を評価する。
しかしその一方で、同事業を中心としたエコシステム作りに関しては課題を挙げる。「優れた技術者を発掘し、育成するスキルとその技術を使って事業を作るのは別のスキルが必要。IPAで未踏から事業を興すまでを考えるのは間違いだが、出口を開き、人をつなげていくことが必要」(高須賀氏)、また首藤氏も「エコシステムとして未踏の前後で何かできないかと考えている。僕らでもできることはあるはず」と語る。首藤氏は現在、有志でお金を集めて、技術に興味のある地方の高校生を東京に呼ぶといったことを試みているのだという。
技術者を育成するという点では着実に成果を出している未踏事業だが、その出身者が海外でも成功しているという事例はまだ少ない。勝屋氏は2人に、海外で成功するために必要な要素を尋ねた。
高須賀氏は「あくまで仮説」としながら(1)英語、(2)米国での効率的なマーケティング、(3)新しい発想やユニークなビジネス――の3点を挙げる。
まず、日本語を使っている限りは世界規模のサービスとして少数派でしかないため、英語でのサービス作りは必須となる。そして英語圏での認知に向けては、米国でマーケティングを手掛けることがもっとも重要になるという。LUNARRでも、米国で積極的なマーケティング活動を展開した結果、米国以外の海外メディアからの取材依頼があったそうだ。
ただし、マーケティングの方法については、日本と米国では異なる状況だと高須賀氏は説明する。同氏によると「日本のブロガーと米国のブロガーは明らかに(性質が)違うが、米国ではメディアでなく、ブロガーが波及効果の中心」という状況。LUNARRでも、当初メディアを中心にマーケティングを進めていたが、途中で方向を切り替え、ブロガーへ積極的にコンタクトを取っていた結果、米国でのプレゼンスを高めることができたのだという。
また、ブロガーはオリジナリティのないサービスには反応しない。もちろん米国にも模倣サービスはあるが、その規模はたいしたものではない。やはり、今までにないコンセプトや新しい体験をユーザーに提案できるサービスこそが重要になるとした。
加えて、米国でマーケティング活動を行う場合、「米国に住まないと話にならない。リモートでやるのは間違い」(高須賀氏)だという。自身の経験を踏まえ、実際に自分でネットワークを作り、一挙手一投足を伝えたり、現地の会計士や税理士と話して商習慣を知ったりすることこそが米国でのマーケティングに必要だと語った。
首藤氏はこれに加えて、「市場全体を見て、どう戦うのかを考えることが重要」と説く。ベンチャーキャピタルなどから出資を募る際にも、「『3年後の上場』といった目標ができてしまうと世界規模で市場を見ることが難しくなる」(首藤氏)とし、資金を集めるタイミングまでに、市場での立ち位置や戦略を考えておくべきだと語った。
セッションの最後には、高須賀氏が現在取り組む「AJITOプロジェクト」を紹介した。同氏は現在渋谷にオフィスを構え、将来世界に通じるサービスを生み出すため、日本の技術者らとコンタクトを取っているのだという。
プロジェクトでは、法人格を作らず、年間3〜4本にサービスを提供していく考え。プロジェクトの参加者については当面は無給だが、サービスが軌道に乗れば法人化し、ストックオプションや転籍権といった形で成功報酬を提供していく方針だ。「すでに事業を作るのにお金はいらない。仕事を辞めてからでなくても、すぐにサービスが作れる時代。(AJITOプロジェクトは)新しい形の物の作り方」(高須賀氏)
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