ネット系企業を中心に、優れた人材を確保しようとする動きが強まっている。だがネット企業が求める優秀な技術者とは、ITスキルにとどまらない、高度な総合力を有する人材だ。リクルートエージェントの大月英照氏(ITマーケットRA2グループリクルーティングアドバイザー)は、限られた人材の獲得競争が過熱する現状について、懸念も抱いている。
ここに、リクルートエージェントのデータがある。 2010年9月30日時点で、同社の社内求人倍率は以下のとおりだ。
SE=1.3
インターネット専門職=2.0
組込・制御ソフトウェア開発エンジニア=1.3
となっている。
これを見ても、IT関連の求人で、ネット分野の需要増大が確認できる。 だがネット系企業の求人は、採用のハードルが従来より下がったとは、決して言い切れないのだ。
「ネット企業の一人当たりの採用コストは、通常のSIerの4〜5倍です」 大月氏は語る。それだけのコストをかけないと採用できないことにも、採用基準が厳しくなってきたことの一端が現れている。
「特に、いま求人が多いネット系企業の開発方式は、少ない時間、少数精鋭で一気にこなす「アジャイル型」が主流です。採用側が求めているのは、この体制で存分に能力を発揮し、さまざまな業務をこなせるバランスの取れた人材です」(大月氏)
通常、SEやSIer系の開発現場では、時間はかかるがミスが少なく、分業で作業を進めるウォーターフォール型が主流だ。このような業務形式しか経験がないSI業界の人材などでは、この形式の違いからかネット系への転職がうまくいかない傾向にあるのだという。
限られた市場で人材の獲得競争が起きているネット系企業の現状。
必然的に高い給与体制を維持できる企業に人材が集中しやすい。応募者のみならず、これからネット系の人材を確保し挑戦を仕掛けようとする企業にとっても厳しい状況だ。
大月氏は強く警鐘を鳴らしている。
「ネット系企業が大手SIerの人材を採用するという流れでは、いずれ人材は枯渇します。いまの状況では、このまま長続きできないかもか知れないということです」
今まで人を迎え入れ育てる役目を担ってきた大手SI企業であっても、製造業からの受注低迷や優秀な人材の外部流出が続けば、基礎体力が少しずつ低下し、その役目を果たせなくなるかも知れないからだ。
「逆に考えれば、いま成功する企業は、教育ができる企業です。それはネット企業も変わりません。自前での人材育成に力を入れることができれば非常に有利になります。業務において、できる―できないが分かれる要因は、単に経験の差です。いま好調なネット系企業こそ、人材を育てられるように教育基盤を持たなければいけない。ここでひとつ踏ん張って『能力があり、即戦力の人だけ欲しい』と言うのをやめてみてはどうでしょう」(大月氏)
現状では一方的な人材の流れを、ある程度均一化する必要がある―、というのが大月氏の見方だ。ネット系企業とSIerが互いに努力を続けてこそ、IT業界は安定した人材確保が望める健全な仕事環境になるはずと強調する。
転職希望者から見ても、従来のように企業としての安定感やB to B事業の規模感が大きな選択要素だったのは過去の話だ。現在では高い技術力を持つ人材ほど、少数精鋭で大規模な事業を展開し、惜しみない給与を支払うネット系企業に魅力を感じやすくなっている。
大月氏は、そのために大手は大手で努力が必要だと提言する。そして、その機会は遠からず訪れる可能性があるという。
「直感ですが、大手SIerは近い将来、また大きく復興する兆しが出ていると捉えています。例えばWifi関連の市場拡大で人材需要が増えたり、スマートグリッドなど何らかの革新的技術をベースにした大きな市場が立ち上がるかも知れません。そうなったら大手は、給与体制の見直しなどを早急に行い、技術者にとって魅力ある仕事場と評価されるよう再考すべきです」
人材市場というマーケットの活性化には、多様な人材が市場に参加でき、応募側・採用側のマッチング機会が増加することが必要だ。それでは今、実際の採用現場からは、どのような声が聞かれるのだろうか。
次回は、人材を欲する企業の担当者を訪ね、その本音に迫る予定だ。
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