マクラーレン・メルセデスにみるIT化
「F1とIT」といった場合、エンジン制御やミッション制御、センサー技術などの話はよく耳にするだろう。前編では、このような技術の他にエンジンやボディの設計、チーム運営やレースの管理にわたって幅広くIT技術が使われていることを紹介した。後編では、実際のチームでどのようなIT技術が応用されているのかを掘り下げる。
その具体例として、マクラーレン・メルセデスチームのスポンサーであり、マクラーレン本社を含むチーム全体のITソリューションを提供するコンピュータ・アソシエイツ(CA)プロダクト本部 Unicenterブランド ブランドオーナーの長谷一生氏にパートナーシップの詳細を聞いた。
コンピュータ・アソシエイツ プロダクト本部 Unicenterブランド ブランドオーナー 長谷一生氏 |
まず、マクラーレンチームの典型的な1年間のスケジュールを見てみよう。毎年6月か7月からその年のマシンの調査が始まる。その後、9月から翌年1月までの間は次期モデルの設計に充てられる。4700枚もの設計図が起こされ、エンジン部を除いて9500ものコンポーネントが発注される(約6000は自社製作で、残りの3500は外注される)。通常は前年モデルの設計は5%残るかどうかだ。1月に入ると試作車が完成し、2月末までの20日間で6000kmに及ぶトラックテスト(コース上でのテスト)が行われる。
このようなプログラムをこなしていくと、膨大なデータの蓄積と管理が問題になってくる。過去のテストデータやレースのデータ、コンピュータシミュレーションのデータなどを駆使して、F1マシンは毎年進化し続けているのだ。ノウハウとともに蓄積されるデータは、例えば、2000年には1テラバイト(1000Gバイト)に満たなかったものが2004年には8テラバイトまでに膨れ上がっているという。これらのデータはすべてマクラーレン本社のデータベースに蓄積されている。
ソリューションの要は高可用性と信頼性
長谷氏によれば、CAがサポートしているマクラーレンチームのシステム部分は、高可用性とネットワークインフラ、セキュリティの3つに大別される。本社の膨大なデータを管理しているのがCAのBrightStorというストレージソリューションだ。BrightStorはバックアップシステムも備えた高可用性ソフトウェアで、配備にあたってはソフトウェアのクラッシュやネットワークの寸断にも耐えるように二重化されている。「レース中のデータもリアルタイムで蓄積されるので、たいていの障害を現場で意識することはないような設計です。ただ、実際の現場でダウンすることはほとんどなく、むしろテスト中にあえてプライマリサーバをダウンさせたりして、確認しているくらいです。」と長谷氏は語ってくれた。
ネットワークダウンは戦果だけでなくドライバーの安全にも関わる問題だ |
ネットワークはどうなっているのだろうか。「英国本社のストレージ(+ミッションコントロール)と現場のトレーラやピットを結ぶネットワークインフラはUnicenterというネットワークモニタリングシステムが管理しています。テストコースや各地のグランプリ開催地とも信頼性の高いネットワークを構築するために不可欠なシステムです」(長谷氏)
Unicenterは常時ネットワークを監視し、最適なパフォーマンスを維持するように、サーバだけでなくルータやスイッチなど細かいネットワーク機器も管理しているが、これらのシステム設計、構築、保守はCAの仕事だそうだ。
CAがサポートするシステムに課される要件はそれだけではない。外部からの攻撃に対する防御も不可欠だ。政府機関や一般企業に対する攻撃のように愉快犯や典型的なクラッカーによる攻撃ではなく、実際にチームのノウハウやデータを盗み出そうとする攻撃が圧倒的に多い。
「通信の暗号化、VPNネットワークやサーバの保護、認証システムは不可欠ですが、身近な例ではピットやオフィスで作業するエンジニアが持つラップトップコンピュータなどにも、eTrustというアンチウイルスソフトがインストールされています。これは、クライアントを保護するだけでなく、本社のサーバなどシステム全体をウイルスから守ってくれるソフトウェアです」(長谷氏)
意思決定に不可欠なレース中のデータ処理
レース中のピットと本社(ミッションコントロール)のサーバもリアルタイムで接続されていると説明したが、データ処理の流れを見てみよう(図1)。
このように、走行中のレーシングカー、ピットガレージ、エンジニアトレーラ、ミッションコントロールまでがネットワークでつながっている。レーシングカーには、120のセンサーが搭載され、6000ものデータがサンプリング・記録される。テレメトリーシステムは4Mbpsの帯域幅を持ち、ドライバーとの無線通信も含めて暗号化されている。走行中の車のデータは、ピットガレージに送られ、ライバルのタイムやその他の情報とともにレース戦略の意思決定をサポートする。この分析やシミュレーションは主にエンジニアトレーラで行われる。センサーからのデータで車の状態を把握し、10秒ごとに20パターンほどのレース展開のシミュレーション(処理時間1秒)を行う。その結果や必要なデータはチーム内のクライアントコンピュータ(ノートPC)にマルチキャストされる。
戦況データや車の状態、性能、ライバルの分析など、すべてのデータはミッションコントロールにも送られ、さらに高度なシナリオの予測や計画が行われる。現地と本社の間のネットワークは専用線やxDSLのVPN回線が利用される。
このように、F1の運営はITソリューションの見本と言えるほどに各所各部にITが浸透している。リアルタイム性やミッションクリティカル性が求められる部分で、チームごとに独自開発しているシステムやソフトウェアも少なくないが、全体では、ベンダー製のITシステムやオープンテクノロジーがふんだんに利用されている。
折りしもF1日本グランプリが鈴鹿で開幕されようとしている。単に車を制御しているだけでなく、チーム全体に浸透している身近なITソリューションに想いを馳せながらレース観戦をしてはどうだろうか。モータースポーツにおいて「メカニック」が「エンジニア」と呼ばれるようになって久しいが、彼らは文字通りITエンジニアでもあるのだ。
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