IBMのCM戦略に見るIT業界の未来

桑原 直人(富士総合研究所)2003年03月24日 09時55分

 2カ月ほど前に、このようなCMを見たご記憶はないだろうか。

会議室に集まった男女がいらだった様子で話す。

「日曜日に呼び出してごめんなさい!
 2時間17分前にシステムがダウンしました」
「現在1時間に10万ドルの損失です」
「管理会社はアプリケーションの問題だと・・・」
「データベースという話もあるわ」
そしてCMは次のように締めくくられる。
「すべてのスタッフをまとめる総責任者は、いったい誰なの?」
「それは、あなたですよ」

 システム管理者をギョッとさせる、ご存知、日本IBMのCMである。このCMの放送は終了しているが、IBMの広告サイトで内容を確認できる。

IBMの広告を見ていれば流行がわかる

 筆者は以前、ある講演で「IBMの広告を見ていれば、その時の流行、あるいは次の流行がわかる」と聞いたことがある。それ以来、IBMのテレビCMや雑誌・新聞の広告に注目してきた。では本当に広告から流行がわかるのだろうか。

 数カ月前まで、IBMは「インフラストラクチャ」「ソリューション」「セキュリティ」等のキーワードを前面に押し出した広告を展開していた。先述のテレビCMは「インフラストラクチャ」に分類されるものであり、また、“FIREWALL”の名前を付けたバスケットボール選手が登場する「セキュリティ」のCMもあった(筆者はこのCMのスクリーンセーバーをしばらく使っていた)。

 確かにインターネットへのモバイル接続やブロードバンドの普及にともない、インフラの整備が声高に叫ばれている時期であった。またこの先日の韓国を発端として全世界を巻き込んだインターネットウイルス事件の例に見られるように、セキュリティの重要性が確認されている時期でもあった。IBMのCMはまさに的を射たものだったのだ。

 そして先月からIBMは新たなキーワード「e-ビジネス・オンデマンド」を掲げている。“お客様や市場のニーズに合わせたサービスを素早く提供できますよ”ということらしい。消費者の嗜好はますます多様化し、それをとりまく社会環境は変化のスピードを上げ続けている今、IBMの広告は非常に魅力的だ。

 どうやら、「IBMの広告を見ていればその時の流行がわかる」ということばは当たっているらしい。

次の流行は「深化」と「イメージ」

 では「次の流行」はわかるのだろうか。それを考えるヒントが、IBMのCM戦略の変遷にあると思われる。その変遷には注目すべき点が2つある。

 1つ目は、IBMが技術提供範囲を拡大する戦略から、提供技術レベルの深化へと向かっているように見えることである。

 このことを最もよく表しているのが、少し前の新聞や雑誌でよく見かけた“deeper”の文字の入った広告である。現在でも米国のIBM Business Consulting Servicesのホームページでは様々な“deeper”を見ることができるが、従来のサービスの深化を目指すことを、一語で簡潔に示している。

 注目すべき変遷のもう一つは、「商品・サービス自体の宣伝→提供サービスのイメージ広告」である。以前は商品の機能や外観を宣伝していたが、“deeper”の広告には商品名・サービス名は出てこない。“deeper technology”“deeper e-business”のように、ITの用語に“deeper”を付け、旧来の技術をより深化させることをイメージで訴えているのだ。

ITサービスはイメージ広告で売るしかない

 IBMがサービスの深化とイメージ広告という戦略をとる理由を、筆者は次のように考えている。IBMは、製造業から情報サービス企業への転換を進めてきた。それは成功を収めたが、さらにビジネスを継続するためには、多様化する顧客の要求にこたえ続けなければならない。提供する技術は深化し表面からは見えなくなるとともに、サービスは個別の顧客ニーズに合わせて細分化したものになる。目に見えない細分化された商品を具体的に説明するのは難しく、CMは抽象的なイメージに頼らざるをえなくなる。

 技術の深化と広告のイメージ化の流れは、今後も続くだろう。IBMのライバル企業に当たる富士通や日立製作所あるいはソニーの各社ホームページを見た限りでは、現時点ではまだ商品が広告の前面に出ているが、今後早々にもイメージ広告化するのではないだろうか。いま話題のグリッドコンピューティングやユビキタスといった“見えない技術・サービス”を伝えるためにはイメージ広告しかない、と思うからだ。

タイムマシンが無くても

 IBMの最も新しいテレビCMでは、「タイムマシンなんて存在しません」のテロップが登場する。過去に戻って失敗を改めることはできないので、安心できるIBMに任せなさい、というイメージ広告である。確かにタイムマシンは存在しないので過去に行くことはできない。しかしこれまで述べたように、そのCMを注意深く見れば、少し未来の流行を覗くことはできる。

富士総合研究所 システムコンサルタント 桑原 直人

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