解説:活発さが戻る「記者発表会」での震災前後の変化

 3月11日に発生した東日本大震災の直後、多くの企業が予定していた製品発表や記者会見を取りやめたり、延期したりといった対応を行った。

 未曾有の大災害による被害の状況を正確に把握し、企業として全力で対応するため、他の予定をキャンセルしたというケースもあれば、多くの被災者や被災地の状況を考慮して自粛したケースもある。また、予定していた海外要人の来日が中止になったり、そもそも、都内の交通、電力事情が不安定な「非常時」に発表を行っても、肝心の人が集まらないといった事情もあったようだ。

 あの震災発生から約2カ月半を経て、一時は止まっていた各社の製品発表や記者会見が、本格的に回復しつつある。筆者の手帳は、まさに書き込むスペースがないというほど、各社の会見日程で埋まっている。時期的に通期業績発表や新年度事業方針説明などが重なったこともあるが、3月、4月に中止された分までが、まとまってやってきた感すらある。その傾向は連休明けから見られはじめ、特に「震災から2カ月」を経た5月12日以降は顕著になった。

 シャープが5月12日から製品発表リリースの配布を再開したのと合わせるように、富士通も5月12日にクラウドサービスに関する会見を開催。同社は翌13日にもPC新製品の会見を開催し「これから積極的に会見を開いていく」と宣言した。実際、5月中には、週に2回ほどのペースで会見を行っている。パナソニックのように、会見は今のところ大坪文雄社長が出席する最重要課題の案件に絞っている企業もあるが、製品発表という点でみれば、各社とも、おおむね似た状況だ。

 しかし、実際に会見に出席してみると、震災前と震災後で、いくつかの変化があることに気づく。

 ひとつは、会見の冒頭に、被災地へのお見舞いの言葉が述べられるケースが多いという点だ。

 配布されるプレゼンテーション資料の1枚目のスライド部分には、「このたびの東日本大震災により、被害を受けられました皆さまに、謹んでお見舞い申し上げます。一日も早い復興をお祈り申し上げます」といった内容が添付されている例も少なくない。司会がこれを読み上げたり、会見で挨拶する社長をはじめとする経営トップ、事業責任者が読み上げるといった形だ。各社の会見では、毎回、これが繰り返されているが、この部分が報道されることはあまりない。

発表会の変化1 震災後、記者会見の冒頭に経営トップや事業責任者が被災地、被災者へのお見舞いの言葉を述べるケースが多い。

 もうひとつの変化は、同じく会見の冒頭に、避難通路の案内があるというものだ。

 5月に入ってからはこうしたアナウンスは少なくなったが、4月に行われた会見では、「避難通路はスタッフが確認しておりますので、万が一の場合には、スタッフの誘導指示に従ってください」という案内や、「もし一定震度以上の地震が発生した場合には、会見を中止させていただく場合がありますのでご了承ください」という説明が行われていた。

 私が記憶する限り、これを最初に実践したのは電機業界では東芝だった。最初は口頭での説明だったが、4月20日の薄型テレビの記者会見では、会見が始まる前にスクリーンに避難経路と広域避難場所を大写しにして、参加した人々に告知した。

 本社などで開催されることが多い記者会見だが、大規模なものになると、収容人数の都合上、外部の会場で開催することもあり、報道関係者にとっても初めて訪れる場所というケースもある。それだけに、こうした案内があると、なんとなく安心するものだ。

 5月になってからは、節電やクールビズに対するアナウンスが増えている。

 5月17日に開催されたブラザー販売のプリンタ新製品発表会では、事前に会場全体で節電していることが告知され、発表会自体も過剰な演出はせずに、必要最低限の明かりだけで行われた。同社のイメージキャラクターである松下奈緒さんが登場する会見ということで、さすがにステージ上は明るかったが、それでも会場全体の照明は抑えられていた。今後、空調を含めた、節電モードでの会見は、いろいろな企業が実施することになりそうだ。

発表会の変化2 製品発表などでも、華美な演出は避け、照明や空調を落とした「節電モード」で開催する企業が増えている。

 上着なし、ノーネクタイの「クールビズ」に関しては、「当社では5月からクールビズを行っているため、本日の登壇者もクールビズで対応させていただいております」という説明が、発表会の冒頭に入るケースが増えている。前年に比べて、1カ月早いクールビズの実施に踏み切る企業が多く、このアナウンスも1カ月早くなった格好だ。

 シャープでは、実は昨年も5月からクールビズを実施していたのだが、「マスコミからの問い合わせで、昨年から既にやっていることを説明すると、急に興味を示されなくなる」と、「夏の電力供給不足にあわせてクールビズを前倒し」という記事を書きたい記者にとっては、先行した取り組みが仇になっているという余談もある。

 今回の大災害で、直接甚大な被害を受けた地域や、福島第一原発周辺では、いまだ復旧の糸口さえつかめず、不安の中で日々を過ごしている方々も大勢いる。しかし、その周辺では、少しずつだが復興に向けて、経済活動を再び活性化させるための動きが起こりつつある。もちろん、すべてが震災前と同じというわけにはいかない。それでも、現在の状況の中で、知恵と心を尽くしてビジネスを回していくことは、ひいては日本全体の復興の礎作りにプラスの効果をもたらすはずだ。戻り始めた記者会見や製品発表の予定で真っ黒になりつつある手帳を見ながら、そんな思いを強くしている。

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