朝日地球会議2016

ロボット工学の第一人者石黒教授が語る人間とアンドロイド--恋愛、仕事、コミュニケーション

 2016年10月2~4日、朝日新聞社はイイノホールおよび帝国ホテルにて「朝日地球会議」を開催した。「朝日地球会議」は、2008年より開催されていた「朝日地球環境フォーラム」を2016年より改称したイベントだ。「環境 その先へ 持続可能な社会の実現」を基本テーマとして、識者を招き議論をした。

 10月2日は「人間はアンドロイドと恋愛できるか?」というテーマで、知能ロボット学者、大阪大学教授 ATR石黒浩特別研究所客員所長の石黒浩氏を招き、話を聞いた。石黒氏は自分の外見そっくりのアンドロイドを開発した、ロボット工学の第一人者だ。論説委員としてロボットやIoTを担当していた朝日新聞盛岡総局長高橋万見子氏が進行役を務めた。


左から、朝日新聞盛岡総局長の高橋万見子氏、知能ロボット学者、大阪大学教授 ATR石黒浩特別研究所客員所長の石黒浩氏

ロボット開発のきっかけは「人間を理解するため」


石黒浩氏

 はじめに「ロボットと未来社会」というタイトルで石黒氏が語った。石黒氏は「人とは何か」という点に興味があったため、人工知能やロボット工学の道へ進んだと言う。人間そっくりのロボットを作ることで、人間や自分を知ることができる。人のアイデンティティや存在、意識といった問題を考えさせてくれることが、ロボットの面白いところ。認知科学や脳科学の分野からロボットを作るヒントやノウハウを得て、人を理解することとロボットを開発することが同居しているような研究をしていると述べた。

 そして、自身が行っている「HRI(Human Robot Interaction)」研究について説明した。「ロボットの研究というと、自動運転車や産業ロボットが一般的だったが、2000年ごろから日常生活の中でロボットを使う分野の研究が始まった。人を理解することはロボット工学と密接に繋がっている。

 ロボット以外の製品開発でも同じことが言える。iPhoneが流行ったのは、スティーブ・ジョブス氏がほかのメーカーよりも一歩深いところで人を理解できていたからだと考えている。人が使いやすいインターフェースのデザインや音楽配信サービスの提供は、人を理解していなければできない。人を理解して製品を作らなければ、世の中は変えられない」(石黒氏)と話す。

 石黒氏は、日本テレビで2015年4月から半年間に渡って放送されたバラエティ番組「マツコとマツコ」に協力。これはタレントのマツコ・デラックスさんとそっくりのアンドロイドが出演する番組で、協力にあたっては、ロボットが世の中にどう使われるのかという実験の意味もあったという。

 会場では、対話型アンドロイド「ERICA(エリカ)」、CPG(Central Pattern Generator)と、人間の脳の神経回路の仕組みを模した「ニューラルネットワーク」による制御で動く「機械人間オルタ(Alter)」、遠隔操作型ロボット「テレノイド」を紹介した。

 石黒氏は「人はなぜロボットを必要とするか。それは人は人を認識する脳を持っており、人にもっとも関わりやすいのは人だからだ。それゆえにすべてのモノが人らしくなってきている」と語った。「ロボットは技術の進歩により、人間並みの画像処理や音声認識ができるようになった。あらゆる場面で活躍できるロボットを使って世の中を変えていきたい」との思いを述べた。

  • HRI研究の創生とアンドロイド開発

  • ロボット工学と人間科学の融合

  • 対話型アンドロイド「ERICA(エリカ)」

「ロボットと人工知能は違う?」「人間らしさ」とは何か


高橋万見子氏

 ここから、高橋氏との対話形式となった。高橋氏の「ロボットと人工知能は違う?」との問いには「一緒」と石黒氏は答える。「2012年にトロント大学の教授であるジェフリー・ヒントン氏が、大規模なニューラルネットワークを計算する方法を見つけたことで音声認識や画像認識の精度が良くなった。しかし、まだ人間にはなっていない。意図や欲求を持たせるのは別問題で、どうプログラムすればいいかは手探り」とし、「音声を認識してテキストに変換することと、その真の意味を認識することは違う。人間もどこまで認識しているかはわからない」と説明する。

 高橋氏が「人間らしいと認識するのは相手の心か」と質問を投げかけると石黒氏は「心には実体がない。脳を細かく見ていけば説明できるかもしれないが、難しいから心と言ってしまう。あると信じているだけならば、ロボットにも心が持てるのかもしれない」と答えた。

 ここで、遠隔操作型ロボットであるテレノイドが登場。男性とも女性とも,子供とも大人とも見えるニュートラルなデザインを採用し、外見から性別や年齢などの情報を得られないロボットだ。「情報をそぎ落とすと人はポジティブに補完する」(石黒氏)ため、この形状にしたと言う。

 テレノイドは、声や動きをPCで操作ができる。認知症や精神障害、自閉症などコミュニケーションが取れないと思った人と交流ができているそうだ。

 また、携帯電話を中に入れられるクッション型ぬいぐるみ「Hugvie(ハグビー)」も登場。抱きしめながら通話ができ、こちらも情報をそぎ落とし、ポジティブに補完されることを狙った形状だ。ハグビーを使って通話した相手とは親密になることが、科学的に証明されたという。「触感と声という2つの情報が重なると、人は人間らしく感じる。特に日本人は触れ合うことに慣れていないため、親密感が増す。ハグビーで通話することで恋愛感情も生まれる」(石黒氏)という。

  • 遠隔操作型ロボット「テレノイド」

  • 人と関わる人間型ロボットに支援されるロボット社会の実現

  • テレノイドと来場者が実際に話す実演も行われた

ロボットが人間の雇用を奪う社会は来るのか

 次に、高橋氏は「ロボットが人間の雇用を奪うという懸念」について、石黒氏に尋ねた。石黒氏は、「ルネッサンスの頃と同じ話をしていると感じる。何でも技術で作られている。技術を否定するのは人間を否定するのと同じである。仕事がなくなるのは技術が進んで効率的になるから当たり前。その分、技術を勉強する教育期間が延びていくだけだ。能力差があるため、早く勉強が終わる人や一生勉強してほとんど働かない人も出てくるだろう。それでも社会は豊かになる」と見解を話す。

 また、「ロボットだと猜疑心を持たず、心の壁が取れてしまう。どこまで信用していいのか」との問いに石黒氏は、「ロボットに秘密を言いたくなるなど、心を開きすぎてしまう人がいる。社会的なリスクも大きい。マニュアルや倫理規定をしっかり作っておく必要がある」と答えた。

 「一方で、人に向かって話せない人がロボットを置くことで交流できる、という良い面もある。電話やメール、SNSのように多様なメディアによって、コミュニケーションが豊かになっている。ロボットというメディアを介して繋がれる人もいる。人それぞれの状況や価値観があるので、多様な世界観を作り出していきたい」(石黒氏)との思いを述べた。

 高橋氏から「生身の人間と恋愛できない人もいる。ロボットと恋愛はできるか」と問われると、石黒氏は「多様な価値観を認める方が社会的には健全。恋愛することは可能だ。人間が完全だとは限らないし、いろいろなメディアが用意されていることが大切」とした。

 最後に、会場からTwitterを使って寄せられた質問にも答えた。「人間は人間のコピーとしてアンドロイドを求めているのか、人間と異なる存在として求めているのか」との質問には、「人間は技術を使う動物で、人間はロボットと違いがないと考えている。例えば、人間の要件として肉体は必要かといえば、肉体は関係ない。手足がなくても人間であり、機械の体を持っていたとしても人間だ。人間の科学的定義はない。人間を定義しているのは社会だ」(石黒氏)と話した。

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