デジタルライフスタイルマガジンの嚆矢(こうし)ともいえる雑誌「WIRED」。5月に創刊されたデジタル版は、iPadのみという限定的なマーケットながらも、かなりの好調が伝えられている。その成功の功労者ともいえる2人、Adobe Systems(Adobe)のXDカスタマーエンゲージメント ディレクターであるJeremy Clark氏とConde NastでWIRED誌のクリエイティブディレクターを務めるScott Dadich氏に話を聞いた。
Clark氏:そのとおりです。Adobeでは「電子書籍(e-books)」と「電子雑誌(e-magazine)」という、基本的に異なる2つのソリューションを用意しています。
電子書籍部門は「EPUB」の技術をベースとし、リーダーソフト開発キットなどのライセンスをメーカー向けに提供しています。デスクトップPC用リーダーソフト「Digital Editions」は、こちらの部門に含まれます。リフローが可能なテキストを中心に画像が入る、書籍タイプの電子ブックですね。
Adobe MAX 2010で発表した「Digital Publishing Suite」は、もう1つの電子雑誌部門をターゲットとした製品に位置づけられます。ただ、主に雑誌ということであって、電子書籍のなかでもグラフィックスを多用するものも含まれます。表示用装置はタッチベースのもの、たとえばiPadが想定され、今後数カ月以内に続々登場すると思われるAndroidベースのタブレットや携帯電話にも利用していただけます。
そのDigital Publishing Suiteの技術を最初に導入していただいたのが、ほかならぬWIRED誌です。電子雑誌媒体をスタートするにあたり、一定サイズのスクリーン上にビジュアルを多用したコンテンツを表示し、インタラクティブな要素をも提供するアプリケーションを新開発したのです。
Clark氏:出版社向けソリューションとしての立場で言えば、iPad版WIREDは、デジタル用として新創刊したわけではなく、紙媒体とデジタル媒体どちらにでもアウトプットできるよう設計されています。しかし、タブレットならタブレット、iPadならiPadの最適な状態で読めるという、「ハードウェアのメリット」を最大限生かすことが重要です。
たとえば、1つのフォーマットで紙を前提にデザインした場合、一部分を拡大表示する操作を行うなど、ユーザーによるデバイスごとの調整が必要になります。しかし、最初からタブレット向けコンテンツとして最適化されたものであれば、その必要はありませんよね。WIREDのチームとは、基本的に「紙とデジタルを同じツールで作成したい」という考えで一致していましたので、フォントサイズも制作段階から紙でもデジタルでも最適な状態になるようにしていました。
読むときに一部分を拡大できるようにすると、いろいろ難しい事態が発生します。たとえば、ファイルサイズの肥大化につながる高解像度写真をどう扱うか、フォントについてもスケーラブルフォントを収録するのか、ということですね。フォントの場合、ライセンス上無理が生じる可能性もあります。ですから、最初の段階から紙とデジタル両方を考慮することが大切だったのです。
Clark氏:そのとおりです。そして出版社は、意図したデバイスやターゲットとするデバイスに応じたアウトプットを手にすることができます。
たとえば、WIRED誌と同じConde Nastが展開する「The New Yorker」のデジタルマガジンは、HTMLベースのレイアウトを採用しており、1ダウンロードあたりのファイルサイズはWIRED誌の約半分になります。HTMLは画面サイズの変更が容易ですから、iPhone向けに出力することも難しくありません。
Adobeがソフトウェアベンダーとして実現したかったのは、出版社に対し多くの選択肢を持ったまま電子出版に対応してもらえることです。HTMLもサポートするし、WIRED誌のようにグラフィックを多用する固定レイアウトもサポートする、という方針がさまざまなプラットフォームへの対応には必要となります。
Dadich氏:我々が展開する電子出版事業においては、「柔軟性」と「忠実性」という2つの力が作用しています。使い勝手のよさという意味では柔軟性がとても重要で、従来のウェブページと比較しても、テキストのリフローが可能であったり、テンプレートを使うなどフレキシブルな対応が可能であったりしますが、柔軟性だけではグラフィック的にリッチな体験を提供することは困難です。
特に雑誌、デジタルマガジンということになりますと、美しさもポイントです。デザインに予算と時間をかけ、書体ひとつをつくるにあたっても執念を燃やしている部分ですから、単に使い勝手がいいというだけでは想像力に追いつけません。美しさに対する忠実性、それが重要になるのです。
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