--偉人論がもてはやされた時代がありました。私は昔からこの手の考え方には懐疑的ですが、あなたは確かにLinuxに絶大な影響を及ぼしてきましたし、Linuxがコンピューティング産業に大きな影響を与えていることも事実です。Linuxはあなたを謙虚な人間に変えたのでしょうか。それともあなたのエゴを肥大させたのでしょうか。
そもそも私はエゴの小さい人間ではありませんが、Linuxによって謙虚になったということはまずありません。その代わり、実力者といわれる人間が、実際は周囲の環境に大いに助けられていることを知りました。その環境はもともとあったものかもしれないし、自分が作り上げたものかもしれない。だからといって、私が謙虚な人間に変身したわけではありませんが、少なくとものぼせ上がる心配はなさそうです。
個人は重要ではない、といっているのではありません。当然、個人は重要です。やる気のある優秀な人間は、そうでない1000人より多くを成し遂げるという説を私は心から信じています。しかし、どんな個人よりも重要なのは、優秀な人々を引き寄せる環境です。Linuxはさまざまなことに成功しましたが、その1つとして人々の能力を引き出せたことが挙げられます。
--Solarisがオープンソースになったら、コードを見てみますか。
たぶん見ないでしょう。敵意からではありません。単に時間も興味もないからです。Linuxが超えようとしているのは「他のソフトウェア」ではなく、常に自分自身です。ですから、Solarisをいじくりまわす理由は特にない。Solarisに特筆すべき点があるなら、誰かが喜んで教えてくれるでしょう。
--巨人の肩に乗るという考え方に共感するあなたが、なぜSolarisを無視するのですか。Solarisにも有益なアイデアがあるかもしれません。
個人的には、Unixの一般原則をすべて取り入れた現在、Solarisにまだ見るべきものがあるとは思えません。今は重要と思われるすべての面で、Linuxに軍配が上がると確信しています。
それに、もし私の考えが間違っていたとしても問題はありません。私よりSolarisを知っている人々が、Solarisの良い点を私や仲間たちに教えてくれるからです。それを自分で見つけようとするのは時間の無駄です。
--数年後、Linuxが出回っているすべてのUnixをしのぐ日が来たら、どこからインスピレーションを得ますか。
インスピレーションが足りなかったことなど、ただの一度もありません。
やるべきことは他のシステムではなく、ユーザーが教えてくれます。「UnixではYができたのだから、Linuxもそうするべきだ」という人はまずいない。そもそも、私はこの手の主張の正当性を信じていません。人々を悩ませているのはむしろ、「Xをしなければならないのだが、その方法が分からない」とか、「やり方はあるのだが、Yのせいでうまくいかない」といったことです。ここからアイディアが沸くのです。
--短期・長期の計画立案にはどの程度時間をかけていますか。あなたはそのときの状況に合わせて即興的に行動するタイプで、5年単位の大きなフレームワークを描くタイプではないように見えますが。
そうです。私は現実味のない計画を立てることはできません。
私が考える長期的な話は、どれもぼんやりとした「直感的」なものばかりで、言葉で表現することはできません。具体的な長期目標を定めるのではなく、こういうものはいい、あるいは嫌だというおおまかな感覚を持つようにしています。方向性がないという人もいるかもしれませんが、その通り。しかし裏を返せば、これは非常に柔軟な考え方です。5年後にはこうするといった具体的な目標がないために、人々の現在の悩みを見失うことも、他者のビジョンを無視することもありません。
大きなビジョンを持っている人は面白いけれど、そういう人は得てして少々おっかない。私がカーネルメーリングリストで繰り返し(さまざまな形で)主張していることの1つは、世界をつくりかえるのではなく、的を絞った小さな改善を積み重ねることで、大きな見返りがもたらされるようにしようということです。
--Richard Stallmanの壮大なビジョンがなくても、Unixクローンの開発を目指すGnu's Not Unix(GNU)プロジェクトやGPLは生まれたのでしょうか。いうまでもなく、この2つはLinuxの基盤をなすものです。
彼がいなくてもGNUが生まれる可能性はあったと思いますが、これは「X(偉人)が生まれていなかったら世界はどうなっていたか」と聞くのに等しい。世界は違っていたでしょうし、ビジョンが方向性を持った強力なエネルギーを生み出すことも事実です。
同様に、私がいなくてもLinuxは存在したかという質問も可能です。もちろん、現在の意味でのLinuxは存在しなかったでしょう。しかし、Linuxの代わりにBSD(Unixの一種)系のOSが成長していたかもしれないし、どこかのクレイジーな大学生が、独自のOSを開発していたかもしれません。
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