2日間のオフライン - 風邪をひいて寝ているわけではない

 パソコンを立ち上げるとついついメッセンジャーを起動してコンタクトリストのサインイン名をさらっと見渡す。サインイン名を見渡すのは日課というよりは“時課”と言えるかもしれない。そうやって見渡しているサインイン名にはレベル表示が多く見られる。「Lv12」だとか「Lv21」なんて言う人もいる。先頃発売された定番ロールプレイングゲームの新作の進捗状況だということは容易に想像できる。ちなみに僕はまだ買っていない。

 12月に入ってから修士論文の締め切りがじわじわと近づいてくる。仕上げなければならないと思いつつも、スケジュールが過密な状態で椅子に座ってじっくりと書く時間を取ることが出来ないでいる。論文が進まないのは言うまでもないが、ネットワーク上にいる時間が短くなったというのもまた事実だ。メッセンジャーにサインインしている時間が短くなったり、Blogのエントリー数が減ってきたり、自分だけでなく他人からも見ても明らかに普段と違う行動パターンになっていることが分かる。

 しばらくサインインしなかった期間を経てから久々にサインインすると、友人たちから一斉に話しかけられる。何か用事があって話しかけられる事ももちろんあるが、「最近(オンラインで)見かけないね」と言われたり「風邪でもひいて寝込んでいるのか?」あるいは「生きてる?」と心配されたりすることも多い。しばらくと言っても1カ月や2カ月ではなく、せいぜい1〜2日程度ではあるけれど。

 日常とは違う生活をしているということで「病気じゃないかと心配した」と言われれば、なるほどそうかと納得がいきそうになる。しかしすんなりと合点がいかないのは、パソコンの前に座ってメッセンジャーでオンラインになっている状態が“健康”だと認識され、そうでなければ「病気じゃないか」と心配されるのだ。もちろんSFCローカルな認識かもしれないが、どうも不自然だ。例えば極端な話、オフラインでもテニスをしている方が健康的な気がするのだが。

 ケータイの場合はどうだろう。ケータイはノートパソコンのようにホットスポットや情報コンセントに頼らず“オンライン”状態になっているし、ノートパソコン以上に文字通り携帯しているため、ケータイの方がメッセンジャーよりも人にオンライン状態で密着しているメディアだ。そういう意味ではケータイへの連絡にレスポンスがない場合はメッセンジャーの時よりもよりリアルに心配になってしまうかもしれない。

 コミュニケーションのスタイルの違いもある。メッセンジャーの場合はオンラインにいるかどうかを分かった上でのコミュニケーションを始めるが、ケータイの場合は一方的に通話のリクエストやメールを送りつけて反応を待つというスタイルになる。ケータイメールの場合、メッセンジャーのような30秒以内の即座なレスポンスを望んでいるわけではないが、相手の状態が分からない上でコミュニケーションを取ろうとするので、ケータイで反応がなかった方が心配は増幅されそうだ。

 風邪で寝ているときにノートパソコンは開かないまでも、枕元にケータイがあって返事は出来そうだという認識はあるので、ケータイに送ったメールの返事が一向に来なかったり、通話がずっと留守番電話のままだったりすると、「事故に遭ったのではないか」「ケータイをなくした、もしくは水没させたのではないか」といった、メッセンジャーにサインインしなかったときとは違う心配の仕方になるだろう。

 メディアの密着度はケータイに分があるように見えるが、その勝負が変化するのだろうか。メッセンジャーの新バージョンMSN Messenger 7.0が発表されベータ版が使えるようになっている。「ウインク」や「ナッジ」などのアニメーションやサウンドを織り交ぜた表現手法が追加された。またチャットの会話で出てきた言葉をすぐにMSNサーチで検索できたり、BlogサービスであるMSNスペースで更新されたらコンタクトリストのアイコンが点滅したりといった、MSN内のサービス連携も強化されている(関連記事)。

 SFCの学生が持つコミュニケーションの生命線の1つとも言えるメッセンジャーがバージョンアップしたということで早速試して「ウインドウが震える」と新しい機能を楽しんでいる人もいる。その一方で静観している学生も多いようだ。ライフラインとして使っているソフトを乗り換えるとなると、まだベータ版と言うこともあり手が伸びないのかもしれない。あるいは新しい機能がそこまで魅力的ではないと見る向きもある。正確に言えば「既にやっている」ことばかりなのだ。

 例えばMSNサーチでチャットに出てきた言葉をすぐに調べられる機能について言えば、ちょっとした手間をかけてやっている。チャットウインドウの裏で、会話の中で出てきた商品やサービス、人の名前に至るまで、ちょっとでも分からなかったり情報としてさらに知りたければ、そのテキストクリップボードにコピー、ブラウザのツールバーに入れてある検索窓にペーストしてすぐに検索エンジンに当たる。ちょっと検索エンジンのレスポンスに時間がかかれば会話ウインドウに戻って相づちを打っておけばいい。

 またBlogの更新通知についても同様だ。RSSリーダーやソーシャルネットワーキングサービス上のBlog更新通知サービスを使って、友達のBlogの内容を読んではメッセンジャーでの話題にしているし、エントリーのURLがいきなり送られてきて会話がスタートするなんていうパターンも目につく。多くの学生は自分の学校のアカウントにBlogを作っているためMSNスペースの更新通知機能の恩恵にあずかることは出来ないのだが。

 新しい表現手法、特にビジュアルとサウンドによるコミュニケーションについては、目新しいかもしれない。学校にいる場合は授業中にメッセンジャーで会話をすることが多いため、サウンドを鳴らすのはさすがにひんしゅくだ。今まででもしビジュアルとチャットを組み合わせるとしたら、デジタルカメラの写真をメッセンジャーでやりとりして、それを一緒に見ながら会話をする、というパターンくらいだっただろう。

 とはいえSFCの学生の多くが使っているのは、デスクトップよりも性能やキャパシティが劣るサブノートパソコンだ。CPUのパワーやメモリに負荷をかけないようにしながら使わなければハングアップする危険がある。ハングアップは多くの場合、作成中のレポートやプレゼンテーションのデータが飛んでしまうのと同義だ。共同購入で同じ機種のノートパソコンを使っていることが多いので、共通認識として出来るだけ「重い動作」を避けようとする。

 となると、画像を送ったりアニメーションやサウンドを気軽に使おうとは思わなくなる。そう言った全体の上で送り手・受け手お互いの共通認識と工夫があればビジュアルに頼る表現手法を使うまでもない。多彩な感情表現や会話の強弱などを、テキスト・顔文字・絵文字などの組み合わせを、繰り返したりするなどの打ち込むタイミングで表現している。そう言った表現の工夫とともに、受け取ろうという歩み寄りも相まって、コミュニケーションのミスを回避しているようだ。

 このように見てくると、SFCの学生にとっては今のところそこまで歓迎されているわけではない新しいメッセンジャー。しかしパッケージとしてチャット中の言葉をすぐに調べたり、コンタクトリストにいる友達のBlogをチェックしたり、多彩な表現を行うことが簡単にできるようになっている。これは今までメッセンジャーや、そもそもパソコンによるコミュニケーションに親しんでいなかったユーザーにとっては、SFC的なオンライン生活をすぐに実現するための良いツール&サービス群ではないか。

 ケータイに登場したi-modeが、メールとウェブ閲覧といったインターネットの使い方を、限定的な機能ながらボタン1つで簡単にすぐに使えるようにパッケージ化したものだすれば、新しいメッセンジャーはツールやサービスの選択自由度が下がるが、しかしデジタルコミュニケーションを簡単な使い勝手で提供するパッケージと見ることが出来る。だとすれば、この新しいメッセンジャーによって、SFC的なオンライン生活に近いスタイルが広まっていく可能性を秘めているのではないか。

 しかし、できることなら、長らくオンラインに居ないからといってSFC的に「風邪でもひいて寝込んでいるのか?」「生きてる?」、あるいはケータイ的に「事故に遭ったのではないか」などという心配を周囲に巻き起こさない仕組みもまた、整備されるべきではないだろうか。当然ここにはプライバシーの線引きが関係してくるが、それはまた別の機会に。

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