構築されて12年がたつSFCのキャンパスネットワーク。その内側に迫るべくSFCの先生がたにインタビューをしていこうと思う。今回は現状について知るため、SFCの卒業生で現在は慶應義塾大学環境情報学部専任講師の南政樹先生にお話を伺った。
僕がSFCのネットワークを使い始めたのは1999年4月だった。SFCの情報処理の授業ではまずUNIXでの操作方法を習う。どのようにすればメールが読めるのか、相手に文字化けなしで届けられるのか。ファイル操作もコマンドだ。ホームディレクトリとは何か、ディレクトリを作るにはどうするか、パーミッションにどんな意味があるのか。コマンドラインでコンピュータを操作しながらそんなことを習っていく。
ノートパソコンこそWindowsマシンだったが、電子メールの読み書きやファイル操作をするには、学校のネットワークにあるホストに接続して行うことがほとんどだった。そのため自分のノートPCだろうが他人のノートPCだろうが、学校のUNIX端末だろうが、自宅のWindows端末だろうが、環境の差異がなく利用することができた。ところがこれまでこのコラムで紹介してきた通り、コンピューティングはほぼ全て自分のノートパソコンの上でのみ行うようになっている。明らかにスタイルが変わっているのだ。
SFCの卒業生で慶應義塾大学環境情報学部の専任講師を務める南政樹氏はこのコンピューティング・スタイルの変化とSFCでの学生像について「スーパーユーザーが減少している」と表現した。「スーパーユーザーというのは、コンピュータやネットワークのサービスを提供することができる人のことで、ユーザーながら専門的な知識があり提供されているサービスに対する責任感を持った人たちのこと。UNIXベースのデジタルキャンパス環境において、そのコンピュータやネットワークが共有物であると考えて、構築にもサービス提供にも参加するというユーザー像だ」(南氏)
南氏もそういったスーパーユーザーとしての振る舞いをしていた学生の1人だったそうだ。「SFCのキャンパスネットワークは何度か大きなリプレイスをしているが、学生の頃からそのリプレイスを手伝っていた。メディアセンター(図書館)の床下のネットワーク配線を把握していたり、ホストになるコンピュータを設置したり。ある程度規模の大きなネットワークを構築する作業を、手を動かしながら覚えていく経験の場にもなっていた」(南氏)
南氏は「UNIXによるコンピュータ環境では、便利なツールや使いやすい環境をお互いに見せびらかし、共有して使うという姿が見られた。キャンパスネットワークに対する一体感があったのではないか」と以前のSFCのキャンパスネットワークへの関心やコミットの度合いの高さを振り返る。ファイル空間を共有しているため、UNIX上で動く自作のツールなどを簡単に共有したり、あるいは改良して新たなソフトを作り出したりといった、ネットワーク上での共有から創発への動きが活発に起きていた。
僕も1999年から2000年ごろにそういったツールをいくつか利用していたことがある。例えば「pname」と「kste」という名前のツールだった。「pname」はSFCにアカウントを持っている学生や教職員の氏名や学籍番号やメールアドレスを検索することができる。SFCで生活していると、メールが送られてきた人のフルネームや漢字を調べたり、その逆にメールアドレスを調べたりする機会は意外と多く、とても重宝していた。
「kste」はなかなか強烈だ。友人などのアカウント名を入れると、その人が今現在どこの教室のホストにログインしているかが調べられるというものだった。1999年ごろはキャリアの違うケータイにメールを、現在のように手軽には出せなかったので、キャンパス内で友人に話をしたい時などに便利だったが、ストーカーツールにもなりうる。この「kste」は、「ste」という元のソフトがあり、世代が下の人が引き継いで改良して「kste」になったそうだ。現在ではホストにログインするという使い方をほとんどしなくなったため、使ってもあまり意味がない。
いずれも誰が作ったかは詳しく知らないが、当時のサークルの先輩から教わって使い始め、僕も何人かに教えた覚えがある。ツールは作者のホームディレクトリに置いてあり、使う環境が誰でも同じであるため、エイリアス(リンク)を作ればすぐに使える。そしてキャンパス中に広まっていく。便利なツールはキャンパス中で共有して使うというスタイルが定着していた。そして作者が卒業するときも後輩が引き継いで改良していくといった世代交代も行われていた。「ネットワーク上でのクリエイティビティやキャンパスネットワークを通じた一体感をも支えていたスーパーユーザーの姿があったが、このスーパーユーザーが減ってきているのがSFCの現状だ」と南氏は言う。
「一方で性能が上がってきたノートパソコンを全員が持ち歩いているというパーソナルコンピューティングが進んだキャンパス内での状況は、コンピュータを管理しているという点においては全員がスーパーユーザーだ、という見方もある。しかし以前のスーパーユーザーのように、他のユーザーと共有のネットワーク環境を構築したりサービスを提供したりする、といった振る舞いはしない。このためネットワークそのもののレイヤーにおける知識やノウハウの共有やそこから生まれる創発は起きにくくなっているのではないか」(南氏)
これまでのスーパーユーザー像を育てていく必要がある一方で、それでは今後のキャンパスネットワークのサービスとして何が提供できるのか、知識の共有や創発などの付加価値をどのように作り出せるのか。展望について次回ご紹介したい。
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