このコラムではSFCのキャンパスにおけるメッセンジャーやBlogなど、コンピュータのディスプレイの前でのコミュニケーションの様子を多数紹介してきたが、SFCではリアルなコミュニケーションへの興味もつきない。今回は「サラウンディングス(Surroundings), Cafe Tools」というプロジェクトをSIGGRAPH 2004 スケッチ部門(アート、テクノロジーでこれからより発展性があるだろうというアイディアやデモを採択)に送り込んだ1人である、稲蔭研究室の大学院博士課程の植木淳朗氏にお話をうかがった。
植木淳朗氏 |
そもそもサラウンディングスとは何か。「サラウンディングスは、ユビキタスではないものとして考え始めた。ユビキタスは周辺環境にとけ込んでいく物として見てきたが、これは人間と関わるときにはそばにないものと言うことになる。サラウンディングスは目に見える形で周辺環境を作り、その環境が人の活動を支援してくれる。そういったコンセプトからスタートしている」と植木氏。ユビキタス環境にアドオンする形でのインターフェイス、さらにはユビキタスの次の概念を提案しているプロジェクトと言える。
「もともとは家具がきっかけになっている。家具は部屋という空間を構成する要素になっていて、ただの道具でもないし、ただのオブジェでもない。機能を持ちながら空間にアクセントを与えたり、それ自体がアクセントになったりしている。サラウンディングスのビジョンとして、テクノロジーの側面は隠されていて、自然に触れることが出来るものを目指している」(植木氏)
Cafe Tools |
このサラウンディングスには4つのプロジェクトがあり、そのうちの1つが植木氏らが手がけたCafe Tools。僕も実際に体験してきた。2つ椅子とランプがあり、2人で座って会話を始めると、ランプは膨張したり収縮したりを繰り返し、椅子からは振動が伝わってくるという仕組みになっている。体験はまずカフェによくあるような普通のランプと椅子で会話をし、それからこのCafe Toolsのランプと椅子で会話をする。一緒に体験した友人との間では、会話のテンポが速まり情報量が増え、会話が盛り上がったという印象だった。
「人が街に遊びに行ったときに、円滑なコミュニケーションをアシストする、もしくは生み出す、というのがCafe Toolsの目指すところ。カフェ空間にとけ込んでいる物ではなく、そこにいる人をエンターテインしてくれるものを作った。今のところランプ・椅子・テーブルのセットを考えているが、そのランプと椅子を実現した。3つがそれぞれで完結するという物ではなく、相互補完的な関係で、3つ以上に増えるかもしれない」植木氏は僕らがCafe Toolsを体験した後、ランプと椅子の種明かしをしてくれた。
まずこのランプは会話のテンポを読み取って膨張したり収縮したりする仕組みになっている。「海の景色を、波の満ち引きを見ながら会話をしていると、場に飲まれる感覚がある。波がある一定のリズムで動いていて、それに影響されているから」と植木氏は海岸を例にする。「しかし海は外部的な物で、自分たちがそれに影響を与えることは出来ない。ランプはその場の2人の間でのコミュニケーションを元にしている。いわば、会話の専属指揮者のようなもの」(植木氏)
そして振動する椅子だ。座ってからしばらくはその振動にくすぐったさを感じていたが、だんだん気にならなくなっていき、会話に集中していく。「これは公園のベンチがきっかけで、カップルが公園の木のベンチで喋っている時に、特に女の子がくすぐったい感覚を覚える。男の子の声が低いのでベンチの背板が震えるのが原因で、同じ振動を共有していることで、会話に集中する効果を出してみた」(植木氏)
会話の周辺にある様々な環境、しかもどれも意識してもしくは無意識のうちに、身近に経験したことがある感覚を元にした、コミュニケーションの新しいチャンネルを付加していく作業が、Cafe Toolsには含まれている。そしてこれらの新しいコミュニケーションチャンネルを使って、「その時その場にいる人たちから、いかに話を引き出すか」(植木氏)というテーマに取り組んでくことになる。
「これまでデジタルで行われてきた、遠隔でどのようにつながるか、時間差で情報をどのようにシェアするか、と言ったテーマとは逆で、今までリアルに行ってきた行為を、感覚という部分でどのように増幅させることが出来るか」植木氏はその感覚の増幅の原理を“アトモスフィア”という言葉で定義しようとしている。空間の雰囲気を、ある方向に増幅する、それがアトモスフィアのチャンネルである。
「ユビキタステクノロジーの中で、環境に埋め込まれた情報を取得するという点では、MITメディアラボの石井裕さんがいう“アンビエント”はとても人気がある。Cafe Toolsでは、その“情報の側面”のインターフェイスに“感情の側面”を加えてみようという試みでもある。アンビエントの隣にアトモスフィアが出来るのではないか? それを活用していこうというのがコンセプトだ。」(植木氏)
ところでCafe Toolsの体験で、会話のテンポが上がってたくさん話したという感想を持ったことについて、「友人が先に電車を降りてしまうが、この内容だけは話しておきたい、とばかりに電車の中で打ち合わせをしている感覚だった」と僕の感想を伝えた。思い返してみれば、駅でドアが開いたり閉まっていたり、走り出したり止まったり、と言う規則的な運動をしているし、電車もほぼ常に振動しているし、Cafe Toolsのそれと似た感覚を覚えるのは当たり前かもしれない。会話が盛り上がる方向へ増幅している、と言う反応は正解なのか?
「半分当たりだけれど、半分は違いますね」と植木氏は説明を続ける。「もちろん盛り上がる方向で会話が弾んでいくパターンもあって、スピードが上がる方向でCafe Toolsのインタラクションが作用していることになる。ところがその逆で、沈黙も楽しみながらのんびりと会話をする方向へも、その雰囲気を増幅しうる。実験によって、盛り上がる方向と落ち着こう方向と、両方が出てきて興味深かった」(植木氏)。
つまり相手や自分が会話を盛り上げたいと思ったら、その意志がランプや椅子を通じて共有されるし、落ち着いて話をしたいと思ったらその意思伝達が起きる。ちょっとした環境変化によって、そこにいる人の意識を増幅するジェネレーターとしての役割を持つCafe Toolsが、その場をどうしたいかという意志疎通をアシストしているということになる。
SIGGRAPH 2004でのプレゼンテーションでは、もらってうれしかった批判的な反応があったそうだ。「批判的な指摘として、サブリミナルのような危険性を秘めているのではないか?社会的影響があるのではないか?と言うものがあった。確かにその場や人の意識をコントロールしうると言うことについては危機感を持たれるのはもっともだが、心配されるほどにこの効果や作用を認めてもらったというのはうれしかった」(植木氏)
現在は2人のコミュニケーションを対象にしているが、ここにテーブルが加わることで小グループでのコミュニケーションのアシストにチャレンジしていく。さらにランプが空間に複数個合ったら、別々の会話が存在している一つの空間として、また何らかのインタラクションが生まれてくる。同じ空間でいくつもの一体感や意思疎通が作り出されるようになるのではないか。
「今度はオフィスをテーマにしようと思っているんです」と植木氏は展望を語る。「オフィスはすでにシステマティックに作られているし、効率的に考えられている。他方その中で社内や業務にないコミュニケーションやネットワークの作用も認知されている。ここにも、これまでの方法論ではないような、環境による支援ツールがあり得るのではないか」(植木氏)
「もう1つ、デジタルを使うことによる強みは、可変性だと思う。例えば透明度が変わるオフィスデスクのパーティーションがあるとしたら、作業をしている人の状況に応じて、集中しているときは濃く、リラックスしたいときは薄くするといったことができる。ある物の状態を、状況に応じて変えることが出来る点は生かすべきだと思う」(植木氏)
リアルなコミュニケーションに介在する雰囲気をどのように感じ取るか、増幅するか、環境に変化を与えるか、そういった研究として興味深い。可変性というデジタルの強みをどのように生かしていくかというテーマで、しかもそれが人の身近にある物とリンクしている様子を体験したり想像したりすると楽しいものだ。そして今後のネットを介したコミュニケーションにも生かせる部分が大きいのではないかと思った。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス