SFCでは毎年4月と10月にノートパソコンの共同購入がある。SFCで生活していく上で必需品となっているノートパソコンを、機種は限定されるが安く購入しようという制度だ。購入可能なメーカーや機種はここのところ毎年変わっている。
毎日のように通学で持ち運び、キャンパスや家で長時間駆動が繰り返され、時には池の畔の芝生の上や屋外で立ったまま使われる事すらあるノートパソコン。ただでさえも酷使される環境にあるが、もしも共同購入のマシンに同じような不具合が広がって「すぐ壊れる」と噂になった場合、学生はそのメーカーのコンピュータを買わなくなるかもしれないし、「コンピュータに詳しい」とSFC外の友人に頼られた時に勧めないかも知れない。学生とはいえ侮れないユーザー層ではないだろうか。
共同購入でコンピュータを買うと、その学年ではほぼ全員が同じノートパソコンを使う事になる。他の学生と代わり映えがしないが、それなりの利点もある。たとえ困った事があったとしても、詳しい人が自分のマシン同様に理解していて助けてくれる。もっと単純な話としては、ACアダプタも全員共通なのでたまたま忘れたとしてもバッテリの充電に困る事はない。
自分のコンピュータ環境を完全に持ち運ぶ事ができる自分のノートパソコンは、学生の研究や生活と密接に関係している。もし調子が悪くなったり壊れて使えなくなったりすると、友人とのコミュニケーションや授業中のメモ、研究の打ち合わせのログから課題レポートそのものまでにアクセスできなくなり、学生生活が一時的にストップすると言っても過言ではない。ノートパソコンに依存している生活を送っている様子が見て取れる。
5年前のSFCをふりかえってみると少し様子が違っていた。一般のプロバイダより多くのディスク領域を大学のサーバ上に与えられたキャンパスの学生は、日常的に学校にあるホストにログインして、UNIXコマンドからファイル操作を行ったり、メールを読んだりしていた。言うなればUNIXのホストを中心としたコンピュータ環境がそこにはあった。レポート等のファイルやメールは、保存容量が小さかった自分のノートパソコンではなくネットワーク上に保存していた格好だ。
メディアセンター(図書館)にある高性能なワークステーションを利用する学生も多く、メディアセンターに本を借りる以上にコンピュータを使いに来る、という人の流れがあった。Windowsのワークステーションも設置してあり、学期末の試験前になるとビデオや画像の編集の課題などを仕上げるために行列ができたり、朝から場所取りが行われたりするほどだった。無線LANも一般的ではなかったので、自分のノートパソコンをネットワークに繋ごうと、情報コンセントに群がる学生の姿も見られた。
しかし現在のメディアセンターにそんな行列や群れなどない。ノートパソコンが高性能化したこと、無線LANが張り巡らされたことで、コンピュータを使うためにメディアセンターへ行くという導線は見られなくなってきている。UNIX中心ではなくWindows中心、キャンパス内ネットワーク中心ではなくローカル中心、といった方向へコンピュータ環境が移行していった。
UNIXからWindowsへの移行はSFCにとっては大きな変化だが、世の中を見渡すとけっして不思議な事ではない。はじめからローカル中心のコンピュータ環境が家庭に入り込んでいき、それがインターネットによって外部と接続される形になっている。最近では家庭内LANの設置が増えてきたが、インターネット接続の共有が主な目的になっている。SFCのコンピュータ環境もインターネット接続を共有しているだけになりつつあり、結果的にはキャンパスのインフラ環境として遠回りした感じすらある。
キャンパスの至る所に無線LANで接続しているノートパソコンが存在している状態が発端となって起きた騒ぎがあった。ウイルスである。1台のマシンが感染してしまうと、ウイルスは一挙にキャンパス中のウイルス対策前のパソコンに広がる。あるいはウイルス付きのメールを送り続けてキャンパス内外にウイルスメールの嵐を巻き起こすようにもなった。感染はしなくても、キャンパス内のトラフィックをふさいでしまい、速度が極端に遅くなる事も多々あった。
ネットワーク管理担当は、IPアドレス配布を制限したり、メールサーバへのアクセスを閉じたりといった対策を講じている。しかしノートパソコンでは各自が対策しなければならないし、徹底も難しい。インフラを提供する側からすると、これまでのように集中管理できない難しさに直面しているといえる。
また利用するソフトの変化を指摘する教員もいる。今までメディアセンターでのコンピュータ利用が主流だった頃は、学校が用意しているワークステーションにインストールされている統計・画像処理・映像編集などの高価なソフトウエアも必要に応じて活用してきた。メディアセンターへ足を運ばなくなると、自分のコンピュータの中で全てを済ませようとする。つまりはプリインストールされているMicrosoft Officeだけしか使わなくなるというのだ。
もちろんMicrosoft Officeだけでも対応可能である事を示しているし、提出されてくる課題のクオリティが変わらなければなんら問題ない。しかしその教員は「1つのソフトウエア(とそれにまつわる概念)だけではなく、他のいろいろなソフトに触る機会として課題を設定したり、他のソフトの紹介などもしてみているが反応は芳しくない。いろいろな創作に生かすきっかけになれば、という期待もあったのが…」と残念そうに語っていた。もちろん高級なソフトだからクリエイティビティが向上すると言うわけでは決してない。とはいえ以前よりも、使われるソフトの多様性は下がってきており、アイディアを形にする手段が限られてきている状況にあると言わざるを得ない。
その多様性を少しでも広げようという動きなのか、今年の共同購入には日本IBMのThinkPadに加えてApple PowerBook G4が追加された。パソコンを初めて買う新入生としてみれば「黒か、銀か」という微笑ましいチョイスが行われていた。しかしSFCはMacユーザーの先輩がほとんどいないWindows中心のキャンパスである。分からなくなっても他のWindowsユーザーのようには聞ける人が身近にいないという、茨の道が待ち受けているかも知れない。
コンピュータ環境のパーソナル化に際して、キャンパス内全体を見渡した視点からいくつかネガティブな指摘を取り挙げた。では学生にとってはどうなのだろうか。次稿では学生にとってのパーソナル化とそれによって生まれたある習慣をご紹介したい。
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