先週の記事で、SFCの遠隔授業について触れ、キャンパスの存在の見直しをすべきとの意見を紹介した。この記事を読んだ小檜山賢二教授と話が盛り上がり、僕がアシスタントをしている授業でも遠隔授業をすることになった。その授業は6月29日の情報通信文化論で決行された。
遠隔授業と言っても、先生の話を中継するものではない。いつも授業をしている教室を閉鎖して、学生には「インターネットが繋がると言う条件を満たす好きな場所から受講して下さい」とのお知らせを出しておいた。つまり学生も授業スタッフも散り散りになって90分の時間だけをシェアする形になる。もちろんこれだけでは授業の成立を想像するのは難しい。教室の代わりにすべく、Blogで構築されている
情報通信文化論は、情報通信や文化を扱いながら多様性を学ぶというテーマ。毎週「インターネットとは何か?」「ケータイとは何か」といった漠然とした課題が出され、これに対して学生は自分なりの考えを提出する。課題の提出にはBlogを使っていて、学期のはじめに履修者全員のホームディレクトリにBlogツールを導入してもらった上で、課題は自分のBlogに書いていく。そして同じくBlogで構築してある授業サイトの課題エントリーにトラックバックを送る形で提出して完了となる。
今まで課題や試験の答案は学生と授業担当の先生との間でだけ交わされることが多かった。しかしこの授業ではBlogに書いてトラックバックで提出してもらうという方式を取っているため、課題そのものをはじめからインターネット上に公開する形で書き、授業サイトに送られてきたトラックバックのリスト(これも公開している)を見る事で他の学生の課題も閲覧する事ができるようになっている。他人の課題・意見を読む機会を提供することで、意見の相違や共感などから議論を発生させようという仕掛けだ。
毎回の授業では、締め切りまでにトラックバックで課題を提出してもらい、集まったトラックバックを元にして、先生がピックアップしたり教室内を順番に当てたりしながら、学生が課題として書いた意見を発表してもらう。そして出てきた意見を元にして議論を展開するというのが、一連の流れだ。また一度出されたものと同じ課題を出し、以前トラックバックで集まった他の学生の意見を参考にして、学生間でトラックバックを交わしながらもう一度考えを深めるという課題も出している。
そんな授業を教室を使わないで行う、という実験である。まず授業開始時に「今どこで授業を受けようとしているか」という課題を出してみた。すると若干は「教室に行った」という学生もいたが、「食堂で友達と食事しながら」「メディアセンター(図書館)でビデオを見ながら」「キャンパス内の池の畔の芝生で」「研究室で」といった意見が多く出てきた。他の授業との関係でキャンパス内にはいるが、普段リラックスして過ごす場所を選んでいるということだろうか。
特にメディアセンターにいた学生は多かったようで、回りに同じようにして教室を追われた学生がいる事に気付いていたり、冷房が強すぎると言う意見を共有したり、あるいは話しかけてみようとしていたり。あるいは混んでいるので別の場所に移っていったとの学生の意見もあり、キャンパス中で場所を決めるのに難儀していた状況もあったようだ。
キャンパスの外にいて多かったのは自宅。SFCの学生の多くは自宅でも常時接続環境を整えているためか、自宅でおやつを食べながら参加したり、掃除の真っ最中なんて言う学生もいた。家で寝っ転がりながら授業を受けていたり、たばこを吸いながら、はたまたお酒をたしなみながらでも、授業にコミットしていると言えばコミットしている状態になる。午後3時前からの授業にもかかわらず「寝起きで寝ぼけている」という意見まで出ると、さすがに少し心配になってくる。
キャンパスでも自宅でもない場所から参加している学生も何人かいた。「最近キャンパスと駅の間にできた新しい喫茶店」「都内のカフェ」、極めつけは「移動中、小田急線の電車内から」と言う学生も。いずれもPHSのサービスを使っているとのことだった。
ビデオや音声などを使う中継型の遠隔授業では帯域的に難しいかも知れないが、ウェブ閲覧とBlogの書き込みならば多少のストレスだけで済みそうだ。ちなみに授業スタッフも、先生は研究室の個室、もう一人のアシスタントは自宅、僕は研究室の外のデッキから参加した。先生やスタッフ同士も別々に授業を運営するくらい、極端に奇妙な90分だったと思う。
今回は「ユビキタスとは何か」というテーマで90分の授業中に3回の課題を出した。1回目は自分の考えをそのまま書く、2回目は提出された他の学生の意見を読んでトラックバックを送りながら考えを深める、3回目は今までの自分のエントリーを元にしてユビキタス社会像について、もしくはユビキタスへのアイディアを書くと言う内容。30分間隔と短時間で考えをまとめて書くため、反射的に情報に反応する必要が出てくる。授業に参加した学生の一人は「リラックスしていたつもりが、いつも以上に忙しくて大変だった」と言っていた。
今までの100人の学生が参加している大きな教室内では、同時に発言している学生は1人だった。1人5分で発言を済ませたしたとしても、90分の授業では18人からしか意見を聞く事ができない。発言していない学生の多くはあまりキチンと意見を聞いていなかったり、自分が考えるきっかけになっていなかったのかも知れない。特にSFCでは自分のノートパソコンを広げて、教室の授業に参加していても、メッセンジャーでのチャットや電子メール書きに気を取られていて、意識が教室内にあるとは限らないからだ。
しかし今回の遠隔授業では、授業のウェブサイトに30分に1回、130人の履修学生からのトラックバックが押し寄せてきた。全員が90分に3回は発言している事になり、90分で18人の意見しか共有できない状態に比べると効率的といえる。意見の数以上に、授業へのコミットの度合いは変わっているかもしれない。
普段は体が教室内にあっても心ここにあらずで参加していた学生が、今回は全く逆で、体は教室内になく意識で授業に参加している状態になっていたのではないか。前にも述べた通り極端すぎる例ではあるが、履修者が沢山集まりすぎていて、大教室での議論型の授業運営を強いられて難儀していたスタッフとしてみれば、一つのソリューションとして有効かも知れない。これからインタビューなどをしながら詳しく調べて見たいと思う。
この遠隔授業の次の週に、再びリアルな教室で「ユビキタスとは何か?」という課題に対するディスカッションを行うことになっている。今までは自分の考えを1つ用意して、その意見を元にして発言をするに留まっていたが、果たして変化があるのかどうか。楽しみである。
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