連載を終えるにあたって:未来へ続く『オープンソースの本質』

末松千尋(京都大学経済学部助教授)2004年03月05日 10時00分

 「オープンソースの仮説を検証する」と勇ましくスタートした本連載であったが、読者諸氏はいかがだっただろうか。それなりに仮説は検証できただろうか。筆者はといえば、残念ながら、成果はあまり得られなかった。それは、企画自体の問題でもあるが、オープンソースに関して、哲学的な議論、法的な議論、技術的な議論、政治的な議論を意図的に扱わなかったことによるものである。現在、オープンソースに関する重要かつ最先端の議論のほとんど、おそらく90%は、これらの領域に帰属するものであり、それらなしに「オープンソースを探る」はおこがましかったかもしれない。

 哲学的議論とは、例えば「知的所有権のあり方」はもちろん、「私財と公共財の線引きのあり方」「自由を強制する自由」など「社会や人間とはいかにあるべきか」に関するものである。オープンソースはことごとく、社会の根源的な仕組みや価値観さえを変えようとするものなので、すべからく、現状の法律の枠内で解釈できるものなのか、それとも法律の改正が必要となるのかの、検討のための膨大な量の議論が必要となる。さらに、それらは極めて詳細な技術情報を必要とするものである。例えば、オープンソースの二次派生物の定義においては、プログラム間のリンクの違いに関して、明確な分類が必要になるが、それは極めて高い専門的技術知識を必要とするものとなる。このような大きな社会的制度変革は、利権の源泉を移動させることは明らかであり、既得権力者たちは、当然ながら、その変革を好まず、詭弁やすり替えなどあらゆる“論理的手段”を駆使して、その推進を政治的に阻もうとする。その“民主的な”議論の複雑さは、想像に余りある。おそらく、日本で最も志の高いジャーナリズムであるCNET Japanといえども、営利企業である。このような題材を扱うことは難しかった(これは後に、筆者の邪推であることが判明したので、これらの議論が収束してきた段階で、ぜひ、チャレンジしたいテーマである)。

 1つ、多くのコメントから明らかになったことは、IBMやオラクルなどが自社戦略の根幹にオープンソースを採用したのは、奇をてらうことが目的ではなく、市場が求めておりそれに対応するためだったということである。つまり、世界のユーザーにとって、オープンソースは、特異なものでも化け物でもなく、当たり前のものだったということである。実際には、対マイクロソフトという短期的実利指向の目的もあったろうが、ユーザーもオープンソースの採用に当たっては製品が無料という美味い話の背景について、考えを及ばせたはずである。筆者の友人のスタンフォード大学の教授の話では、リチャード・ストールマン氏が同大学を訪問したとき、単なるプログラマーではない、偉大なる哲学者として圧倒的な歓待を受けたそうである。先頭を切ってオープンソースを採用した人たちは、表層的なブームではなく(その側面も否定はしないが)、哲学的背景を踏まえ、法的、政治的、技術的議論が巻き起こることを認識した上での確信犯だったのである。

 しかし何を、そんなわけのわからない理屈ばかりこねる必要があるのだろうか。哲学も結構だが、人間としての温かみが感じられない。人間であれば、暗黙の了解でそんなものは処理できるはずである。お互いにお互いのことを考えて貢献すればいいではないか。そもそも、こんな化け物のようなものに真剣になるという神経が理解できない。

 しかし、ちょっと待て・・・。社会的事象には、必ず二面性があるはずである。こちらから化け物に見えるのであれば、相手からこちらはどう見えているのだろうか・・・。ガラパゴス・・・?!進化の止まったガラパゴス・・・に見られている可能性がある。

 “ガラパゴス”的進化拒否は、“モノ作り”という言葉に典型的に表れている。モノ作り。実に心地良い響きがするのは、古きよき時代、日本の最盛期のノスタルジーを感じさせるからである。しかし同時に、現実逃避の自己肯定に聞こえなくもない。知識情報社会は、モノから情報の分離という側面が極めて強いにも関わらず、モノというノスタルジーに固執したくなるのは、高年齢層、既得権益層ならばわかるが、それに対して、未来ある若年層も何ら疑問を感じないというところが、彼我の社会的ダイナミズムの決定的な違いにつながっている。

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