エンタープライズ向けサーバー用Linuxに特化した製品を提供しているミラクル・リナックス。オラクルがLinuxの重要性に気づき、ディストリビュータを立ち上げた経緯はいかなるものか。今回は、代表取締役社長の佐藤氏と、取締役技術担当でOSDLへボードメンバーとして参加している吉岡氏に、ディストリビューションにおける同社のポジションやLinuxコミュニティの実態などについて聞いた。
|
末松: ミラクル・リナックスは、米国ではない、日本発のディストリビュータですね。ミラクル・リナックスを設立した経緯はどのようなものだったんでしょうか。
吉岡: 1999年来、日本でLinux版のオラクルを推進していたメンバーが、当時のディストリビューションだけではエンタープライズやビジネス用途のLinuxがいまひとつ普及しないと業を煮やし、2000年6月にミラクル・リナックスを発足させました。ビジネス、エンタープライズを発展させられるディストリビューションを、日本の風土に合わせて作っていこうというのが第一の目的です。始めからオラクルというアプリケーションがあり、ビジネス上のソリューションを前提に、プラットフォームとしてのLinuxの可能性に賭けました。
末松: Linuxの重要性に眼をつけたきっかけはどういったものだったのですか?
佐藤: 中小規模のサーバーのマーケットはWindowsがほとんどを占めており、特に日本は70%を超えています。そこに風穴を開けたいと考えたときに、Linuxはこれから新しい流れを作っていくのでは、というのが我々の着目点だったんです。選択肢がない世界というのはどう考えてもおかしいでしょう。Linuxはオープンソースではあるけれど、ユーザーが選択する余地があるのであれば、我々が後押しをしようと思ったのです。
末松: 確かに一社独占の弊害に対する認識が、相対的に日本の市場では欠けていますよね。では、ディストリビューションにおけるミラクル・リナックスの差別性とは?
佐藤: 我々の場合は「企業に向けたLinux」がキーワードで、カーネルを企業向けに強化し、ニーズを組み込んだものをパッケージ化しています。企業向けは、何より信頼性を確保して行かなくてはなりませんから。
吉岡: 私の個人的な見解ですが、ディストリビューションというのは2種類あると思うのです。Linuxが登場した時から存在していたのが、第一世代。インターネットにアップされているオープンソースをひとつにまとめて提供する形です。自分がLinuxを使っている、開発しているので、コミュニティ向けのディストリビューションだったんですね。
我々は、エンタープライズや企業用に、スケーラビリティというキーワードに基づいてプロデュースをする、そういった第二世代のディストリビューションです。そのひとつの重要なコンポーネントとしてオラクルのデータベースがあり、オラクル向けのLinuxを提供する、そこに付加価値があります。
末松: オラクルとミラクル・リナックスの役割分担はどうなっているのですか。いまの世の中、ソフトを作るだけでなくサービスを強化しようという流れがあり、オラクルもそうなっているとすると、どう区別していくのですか。
佐藤: オラクルは全体の売り上げの半分近くがサービスですが、オラクルの中ではLinuxに関してそれだけの知識を持つ人間がいないので、Linux関連サービスはミラクル・リナックスに任せようというスタンスです。サポート、テクニカルなコンサルティングの分野など、Linuxという切り口ならばミラクル・リナックスが受け持ちますし、上から下までサポートする体制を整えています。
末松: OSはなんでもいいからデータベースがほしい、システム全体を買いたいという場合の契約はどうなるんですか?
佐藤: システムインテグレータが前面に出て、そこがLinuxを選択したいといえばミラクル・リナックスも関わることになります。ビジネス的には、システムインテグレータとの契約でコンサルティングやサポートすることが多いですね。特に近頃は大型案件をLinuxでやろうとするところも多い。そうなると様々な問題が出てくるので、我々がカーネルレベルでパッチを提供したりして対応するというケースが多くなっています。
末松: オラクルは「アンブレイカブル・リナックス」というキャンペーンを展開してますよね。信頼性を前面に押し出したものだと思いますが、何か問題が起きたときにそれがデータベース側なのか、Linux側なのかというような問題は、どう処理するのですか。
吉岡: アンブレイカブル・リナックスの面白い点は、ユーザーがLinuxかデータベース、どちらに問題があるかわからない時点で動作についてオラクルに問い合わせてきた際、もしLinuxに問題があるのがわかった場合にすぐ対応できるよう、オラクル社内にLinuxのカーネルエンジニアを用意してるんです。最終的にプライオリティの高いバグだとわかれば、Linuxのカーネルエンジニアがカーネルのパッチを提供すると保証しています。それ以外の、プライオリティが低いバグについては、契約しているレッドハットにお願いしている状況です。
しかしそれは米国の話。日本オラクルにはカーネルエンジニアがいないので、バックエンドをミラクル・リナックスが担当しています。日本オラクルと情報をシェアして、非常に速いスピードでバグフィクスの提供をコミットしています。
末松: ディストリビュータから、日本のマーケットはどう見ていますか?電子政府向けのパッケージも開発しているとのことですが。
佐藤: やはり、フォローの風はe-Japanで吹き始めてるなとは思います。これまでのLinuxは、言われるほど市場は成長してはいなかった。経済環境がここにきてガラッと変わったし、投資利益率をきちんと評価した上でのIT投資という方向へと企業が変わりましたから。3、4年前は、フルスペックの余裕タップリのシステムを作ってましたが、いまは削りに削って結果が早く出るスピード感あるシステムで、ギリギリに予算を絞り込む状況にまで変わりました。その中に、Linuxという選択肢が生まれました。コストメリットを追求できるのはLinuxの大きな魅力ですから、その点が理解されて少しずつシェアを広げているんですよね。
末松: 顧客として市場規模の大きい業種、成長率の高い業種はどんなところでしょうか?
佐藤: 全般的に動きがありますが、官公庁、地方自治体系です。最近はデータセンターなどにも波及しているんです。データセンターはTOC(管理コストをも含めた、コンピュータにかかる経費の総計)の削減が非常に大きな課題であり、なおかつ信頼性の問題でLinuxを選ぶことが多くなっています。2006年頃にはOS市場全体でLinuxの割合が28パーセントを超えると言われていますが、確かにそれくらいは確実に行きそうな手応えはあります。
最近ちょっと驚いているのは、例えばイージェネラのように、米国で彗星の如く現れている企業があって、そこはLinuxベースの新しいテクノロジーを金融機関向けに提供してるんです。日本でも、UFJ銀行が採用を決めました。イージェネラはハードも一緒に提供してるんですが、米国の証券会社や金融機関が皆、イージェネラを採用し始めたんです。これまではサンやHPが定番だったのに、いまやイージェネラを使うという流れが出来てしまっている。
末松: 米国の投資銀行は、きちんと評価して大胆なIT投資をしますよね。リスクをとって最新のものを取り入れており、流れができるかもしれませんね。ディストリビュータは、レッドハットのようにホリゾンタル、モンタビスタのようにバーティカルにフォーカスする二つの方向性があると思いますが、ミラクル・リナックスは、イージェネラのように特定業種にフォーカスする予定はないのですか。
佐藤: 今後は自動車へ携わりたいというのが希望です。製品としては「オラクルライト」という個人向けのデータベースを使って、いろんなサーバーからデータを持ってこられる感じを想定しています。ユーザー向けアプリケーションの範囲は非常に拡がってきている。業務向けアプリケーションも当然できるでしょうしね。単にプラットフォームだけを売りにしていては他企業と同じなので、データベースと一緒にしてアドバンテージを出す、そうしたら自動車というエリアはありかなと思うんです。
末松: 吉岡さんは、Linuxコミュニティについてもお詳しいと思いますが、内部の構造、特に意思決定はどのように行なわれているのでしょうか。完全な民主主義が機能しているように見えますが、実際はどうなんでしょう。
吉岡: Linuxコミュニティは、リーナス・トーバルスが頂点にいて、周りに十数人の副官がいるというピラミッド構造です。意思決定に関しても、最終的にはリーナスが首を縦に振らなければ新しい機能が追加されませんし、その構造に関してはコミュニティに関わる者が皆、納得しています。例えばコンピュータサイエンスやソフトウェアエンジニアリングをやられている専門の方は、「一人がそういう権力を持てばそこがボトルネックになり、ソフトウェアプロジェクトが破綻するだろう」と、かなり前から予測しているのですが、Linuxは破綻しないどころか開発のスピードもスケールアップするし、世界中の人たちが何千というパッチを送りつけても開発は淡々と進んでいる。ソフトウェア工学が見いだしていない力学が、Linuxコミュニティには存在しているようです。
末松: リーナスの周りにいる副官に滞りが発生した場合、入れ替わりも起こるんですよね?
吉岡: そうですね。問題意識を持った人が「オレがやった方がいい」とデビューし、彼/彼女がやっていることを多くの人たちが認知すればどんどん入れ替わります。リーナスが得意でない分野、例えばエンタープライズ系のスケーラビリティやスケジュール云々といった細かいところに関しては、企業でいうとIBMやHPやインテルなどが積極的に機能の追加パッチをコミュニティへ提供し、議論してコンセンサスをとりながら発展させていきます。ですので、リーナスの不得意分野は企業系の人たちが高度な専門性を提供するというメカニズムになっています。
末松: 少なくともトップダウンではないですね。
吉岡: はい。最終的に選ばれるのは多くの人たちに認知されているものです。技術的に優れていたり魅力的な展望が見込まれるものや、誰かが困っている機能を追加したバグフィクス──ひとつひとつにそういう属性がアタッチされていて、そこで多くの人たちを納得させられないものはどんどん競争から落ちていって忘れ去られるという、非常に厳しい競争があるんですね。その競争が、オープンソースの健全な発展を生んでいるというのが面白いところだと思います。
末松: 多くの人たちが納得するというのは、言葉にすれば易しくとも実際の意思決定は難しいと思うのですが。日本では声の大きい人の意見が通る雰囲気が強い気がしますが、そのあたりは公平公正な意思決定ができているんでしょうか。
吉岡: それぞれ得意な分野を持っている十数人の「メンテナー」と呼ばれる副官がゲートキーパーになって、まずはその分野で彼らを説得しなければ、リーナスのところまで声が届きません。例えばメモリマネジメントやI/Oといったそれぞれの部分に関して、メーリングリストを運営していたり優れたパッチを作ったりという実績のある人がトップになるので、その発言はかなりリスペクトされます。真っ向から対立する激論もなくはないですが、それ以外の細かい部分に関しては調整力のある人が結果的にリスペクトされる。リスペクトされていない人が発言しても無視されるだけです。この部分にも厳しい競争があるんですよね。
リーナスのコーディングは天才で、最初はいくつかのコードを書いてましたが、最近は皆から来るパッチを調整して出す、調整役です。彼の周りには素晴らしいコードを書くプログラマが何十人、何百人といて、その中の一番いいところだけをピックアップする、高いリーダーシップ能力を持ってるんですよね。
末松: どういう人がリスペクトされるんでしょう。素晴らしいコードを書く以外に条件はありますか?
吉岡: 第一にコードですが、ほかには「人の話を聞いて調整できる」ということ。コードをたくさん書いても調整能力がないと見なされれば、リスペクトされないし、メンテナーにもなれません。
末松: それは本来の意味の「リーダーシップ」ですね。かなりレベルの高い集団だと思いますが、世界中から集まる、そのようなLinuxコミュニティで、日本の人たちが活躍できるようになるには、どういう要素が重要だと思いますか。
吉岡: やはり、コミュニケーション能力でしょうね。英語だろうが日本語だろうがそれは一緒で、コミュニケートする訓練を積んでないと話になりません。個人的な意見ですが、日本での中学〜大学時代に、コミュニケーション能力を磨く訓練を教育機関なり、どこかのコミュニティの中でやれる機会はあまりない。受験勉強はしっかりやってますから知識はあるんですけどね。「君の意見はわかった、僕はこう思う」と意見を交わし合い、それでどうにか接点を見いだそうという練習をしていなければ、うまくいくわけがない。日本人で、世界で活躍されている方というのは、技術的に素晴らしいのはもちろんですが、それ以上にコミュニケーション能力に長けていると思うのです。
末松: メンバー全員が、高いコミュニケーション能力を持っており、それがリーダーシップに行き着くと。リーダーは、有能で主体性を持つ仲間をまとめながら合意形成をしていくわけですね。
オープンソース運動の理論的な指導者として知られるエリック・レイモンドは、「リーナスの最大の発明はカーネルではなく、開発体制だ」と言っていますが、分散開発体制で数が多くなれば、どうしても混乱が起きやすくなりますよね。そうならないためには、しっかり整合性が取れているインターフェースが重要になってきます。Linuxコミュニティで、インターフェース的なもので重要だと考えるポイントはどんなところでしょうか。
吉岡: コードでコミュニケートする場合はわかりやすいコードでないと説得するのが難しいですから、結果として生き残るのはシンプルなコードです。しかし、1つ1つはシンプルでも多数集まれば混乱するので、メンテナーが調整するわけです。そこを頂点として、暗黙のコンセンサスが生じます。
末松: 日本の若い人にとって、外からは入りにくい感じですか。
吉岡: 最初の敷居は高いでしょうね。しかし、そのコミュニティの中で発言をしてコードを流せば、いろんな人からのコメントなりフィードバックがあるので、それを徐々に理解すればいいことだと思います。それにLinuxコミュニティは、特に排他的という印象はないです。誰がメールを出しても自由だし、それに対するコメントも世界中から寄せられます。IBMやインテル、メインフレームやUnixでOSの経験を10、20年しているベテラン中のベテランも、皆と一緒にカーネルにパッチを出したりしているんですよ。誰が発言しようと、それが説得力のあるものであれば多くの人にリスペクトされるでしょう。
末松: 日本の若い人も、こういったグローバルな活動にどんどん挑戦してほしいですね。最初の敷居は高いし今後さらに高くなる可能性はありますが、私もそういうチャレンジを後押ししたいと考えています。日本の組織はチャレンジする人を妬んだり、足を引っ張るという傾向がありますが、何かやろうといった人間を盛り上げる、そういう文化になっていったら面白いでしょうね。
日本にはリーダーシップがないことが過去から問題視されてきているが、日本にもリーダーシップは存在した。それは、旧態の政治家、ムネオ氏タイプに代表される、3D(度量、恫喝、慟哭)という、人の感情のひだを弄ぶ能力である。それがうまく機能してしまう環境でもあった。
オープンソースに限らず、知識情報を創造する領域では、各個人の動機は品質に大きく影響する。例えば、コンサルタントにしても、やる気がある時とない時では、アイデアや報告書の品質が格段に変わってくるのは、多くの読者がご経験されているはずである。「先生」と呼ばれる職業が、過度に敬意を表されるのは、その動機付けが重要だからであろう。
そのような知識情報の協働の環境では、各人が納得した上で、行動することが不可欠となるが、それは恫喝による威圧や、慟哭による感情操作ではなく、論理性を持って、客観的な結論(だれもが納得する結論)を導き出すことが重要である。そこで要求されるリーダーの条件および参加者の能力は、旧態とは大きく変わってくるのは明らかであり、それについて、我々も考えなければならない時代になっている。オープンソースにおいて、それが既に確立しているとすれば、世界的に、そのような能力開発が進んでいることを意味しており、それは、日本においては、緊要の課題だと言えるかもしれない。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」
地味ながら負荷の高い議事録作成作業に衝撃
使って納得「自動議事録作成マシン」の実力
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス