組み込みLinuxのディストリビューションをビジネスにするモンタビスタソフトウェア。国内でも、松下電器産業やソニー、NECなどの電機メーカーを顧客にビジネスを拡大し、社員数150人で黒字化するところまで来た。今回は、同社日本法人の代表取締役であり、米本社の副社長をも兼ねる有馬氏に、現在のビジネスモデルや今後の戦略を聞いた。
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末松: モンタビスタソフトウェア(以下、モンタビスタ)は、組み込みLinux、特に家電分野を得意としてますよね。松下電器産業やソニー、NECなどの大手ベンダーへLinuxを供給している。日本国内でもLinuxを採用する企業がかなり増えてきましたが、日本法人を作った当初からこのことは予測していましたか?
有馬: 組み込み業界である程度はいけるという読みはありましたが、ここまでクイックに始まるとは思っていませんでした。やはり大手2社、ソニーや松下電器産業がリーダーシップをとり、トップダウンで「Linuxを採用するぞ」と言ってくれたこと、これはかなり大きかったですね。
末松: モンタビスタが評価された理由には、どんなことが考えられるでしょう。
有馬: いくつかの要素があると思うのですが、ひとつはビジネスモデルのよさ。Linuxが登場した当時、Linuxで組み込み用のディストリビューターをやろうとした他社は、「オープンソースに付加価値を付け、自分たちのソリューションとして出す」というビジネスモデルを考えました。付加価値とは、オープンにしない独自の知的財産です。法律上いろんな解釈があって、オープンソースの二次派生物としては扱われなかったのですよね。しかし結局、Linuxコミュニティのカーネルを持ってきて独自のコードを追加したバージョンを作ればコミュニティとは違ったものになるし、お金もかかります。以前から半導体メーカーは複数のOSメーカーに「顧客がいるので、うちの半導体に対応するOSを作ってくれ」と多額の費用を支払わなくてはならなかったのですが、これと全く同じことになってしまいます。これではオープンソースを使っている意味がない。
その点、モンタビスタは作ったモノを完全に公開し、オープンな世界で儲けるモデルを選択しました。リアルタイム性やメモリーサイズなどに関する組み込みのチューニングもすべて公開し、風通しをよくしたのです。半導体メーカーからしてみると「モンタビスタに頼めば自分たちのチップのコミュニティが作れるし、Linuxコミュニティから様々なものも得られる上、有償だが評価済み、サポート付きのパッケージも手に入る」というメリットがある。つまりオープンになっているので付き合いやすいんですよね。
そして我々は、ARM、MIPS、PowerPCなど、6つある代表的なプラットフォームそれぞれにLinuxをあらかじめ構築し、家電メーカーに提供することにしました。家電メーカーとしては、インターネットに公開されている3000万行ほどのソースコードから自分たちに最適なパッケージを作り、それにコンパイラーやビルド環境を、UnixやWindowsなどのホスト、アーキテクチャごとに構築する……というのがかなりの負担になる。新機能の追加でソースコードも毎日変わりますから、品質管理も大変ですしね。メーカーは、そんなことに時間と手間をかけずに、さっさとプラットフォーム上で開発を始めたいんです。
ですから、そこまではモンタビスタが引き受けようと。品質の評価をし、サポート、エンジニアへのサービスというビジネスモデルを確立しました。Linuxのエンジニアは日本に少なく、コミュニティに介入している人もほとんどいないため、キャッチアップにも時間がかかりますから。これらをソニーや松下電器産業は「自分たちでやるよりもモンタビスタが提供するサービスの方が安い」と評価、採用してくれたのです。1年間我々のパッケージを使えるライセンスを渡し、その間は、何度でも質問を受け付ける。要は、パッケージングとサポートの提供ですね。
末松: Linuxの代表的なディストリビュータにレッドハットがありますが、彼らのビジネスモデルとはどういった点が異なるのでしょうか。
有馬: レッドハットは、デルやHP、IBMのサーバーなどエンタープライズ向けのソリューションを提供して、それをバックアップ/サポートしています。つまり、彼らの顧客はエンタープライズ製品を購入するユーザーでレッドハットのパッケージを買ってくれる人ということですよね。しかしモンタビスタの顧客層は、携帯電話や家電などの機器を開発しているメーカーという点が違います。レッドハットが興味を持っているのはエンタープライズやキャリアグレードなどのハイエンドな部分であり、例えば携帯電話端末への組み込みに関心があるわけではないと思うんです。
長期的には、組み込み市場は今後、家電や携帯電話のようなセグメント化がより進むと我々は睨んでいます。ですから、そういったセグメントごとのソリューションをきちんとバーティカルに提案できるところが強くなっていくだろう、従ってモンタビスタは次のステップとしてバーティカルに行こうと。これまでは幅広くやってきたために、ソリューションが弱いとよくお叱りを受けていたんです。今度はちゃんとセグメントが見えてきましたので、そこに注力している最中です。
末松: 社員は、どのようなスキルを持った人たちなんですか。カーネル、CPU周辺、様々なアプリケーションなど、多様なスキルが必要ですよね。
有馬: 開発エンジニアに関しては、ワールドワイドで60〜80名、サポートは40名ほどですが、Unix開発をしていた人、組み込みメーカーから来た人、Linuxコミュニティから来た人がきれいに3分の1ずつという構成です。
末松: 3つのカルチャーが反発して、日本企業のような、たすき掛け人事は起きないんですか(笑)。
有馬: ないです。非常にうまく融合しています。
末松: アメリカの本社とすごく緊密にやっていらっしゃると思うのですが、英語とか大事なのですか。
有馬: ええ、やはり。私は、一時期新人を雇う時に一つのキーワードで、「Linuxと英語ができたら世界中どこでも食っていけるようになるから、うちに来てチャレンジしてください」という言葉を言っていたのですけど。技術屋はやはり読み書きができたほうがいいです。キャッチアップが早いですから、必須に近いです。ただ、会話はそんなに必要ない。Linuxのハッカーのミーティングがあって、コミュニケーションがもっともっと深くとなると会話もできたほうがいいですけど、はじめはそんなに必要はないと思うのです。
我々日本サイドがいま取り込んでいるのは、日本のエンジニアを数カ月、数年単位で米国に送ってチャレンジさせようという試みです。向こうのカーネルハッカーと仲間になってキャッチアップしてくれれば、世界中どこでも高いスキルのある開発者として通用できる人材になると考えています。
末松: 先ほど、セグメントを戦略的に明確にしているというお話しでしたが、今、ホットなセグメントはどこですか。ソニーのハードディスクレコーダや、NECのLinux携帯をも手がけてますよね。
有馬: 我々は、最初の1年間は、モンタビスタのビジネスモデルを理解してもらうのに非常に苦労しました。「オープンソースがあるのに、なぜモンタビスタはお金を取るのか」と。2年目は家電にフォーカスし、1年かけて商品化にもってきました。その次が、去年仕込んで今年プロジェクトが始まった携帯電話です。携帯電話端末で一番ホットなのは、モトローラがいま台湾で出しているものですね。カメラ付きで動画も撮れ、PDAも兼ねているモデルで、もうじき中国で、来年は米国で発売するそうです。今年手がけている会社が複数あって、来年複数の商品が出てきますよ。
末松: 自動車セグメントはどうでしょう?相当、巨大だと思うんですが。
有馬: 実は、いま仕込んでいるのが自動車の分野なのです。自動車にも制御系、駆動系、情報系とありますが、我々が手がけているのは情報系。いくつかの自動車メーカーと部品メーカーでプロトタイプを作っていて、別の会社では商品化のプロジェクトが2社始まります。来年にかけて商品化のプロジェクトが始まりますが、自動車は製品評価に時間がかかりますから、本当に車の中にインストールして自動車メーカーから出てくるモデルに入るのは2006年の後半から2007年といったところですね。彼らから来ている注文は、とにかく待機電力を含めた消費電力を少なくしてくれということ。それからマルチメディアを扱う関係で、CPUのMIPS値も重要です。
モンタビスタは既に、ボルボがドイツの公共機関へバスの運行システムを納めたときに、ナビゲーション・システムを提供しているんですよね。海外、特に欧州と米国の業務用車載端末は、宅配便のUPSとかFedExとかありますけれども、個人向けに比べて非常に発展していて、市場もかなりの勢いで大きくなっているんです。日本は企業向けの立ち上がりが遅いのですが、今後は自動車メーカーはもちろん、カーナビ、通信系キャリア、コンテンツ系メーカーが続々と参入してくるでしょうね。トヨタ自動車の車載端末「G-BOOK」は、市場を切り開くという意味で大きい貢献をしたのではないでしょうか。
末松: いま家の中にある家電の機能、つまりビデオやDVDを見たり、インターネットをする環境は、今後そっくり自動車の中へ入ってくるんでしょうね。
有馬: それが第2の波だと思うのです。その流れにうまく乗りたいと考えています。携帯はもう一服していますので、今度は自動車関連を来年、再来年と力を入れてやっていく予定です。
末松: ところで、組み込みOS、特にモンタビスタ周辺のOSの数がかなり増えてしまい、発散気味ではないか、という批判も聞かれるのですが、どう思われますか。
有馬: 6つのアーキテクチャ特有の部分はどうしてもブランチができてしまいます。それから、組み込みでチューニングしたり、組み込みに不可欠な新機能があります。例えばROM実行や、ルートを速くするといったものですね。実は、そのようなことは、キャリア向けでは多く起きているですよね。例えば、マルチCPU対応のように、IBMやシスコシステムズなどが、Linuxをキャリアに使えるよう新しいコードをたくさん提供してきました。
CELFを発足した理由のひとつは、組み込み側もみんなでコミュニティに参加し、組み込みユーザー側の要求も定義し圧力をかけられるような力をつけていこうという目的もあったんです。いまのところ、中身については枝分かれやアーキテクチャ別の対応もあるかもしれない。でも、我々はコードをマージする方向で一生懸命頑張っていますし、1本のソースコードでそれを管理していきたいのです。
末松: なるほど、収束や標準という意識は、皆さんにあるわけですね。しかし、これまでの組み込みOSの歴史、それから日本企業自体、これまであまり標準というものを尊重せず、勝手に独自仕様を作ってきました。それが今ここで、日本企業を中心として標準化しようとする動きがあるのは、なぜでしょうか。
有馬: ブランチを維持するのが辛いからです。特に松下電器産業やソニーはそういったきつい経験を数多く持っているので、いち早く学習したのではないでしょうか。派生物やブランチをたくさん作っていったら、アーキテクチャやバージョンが変わるたびに全てで作業しなくてはならないので、そのためのエンジニアを張り付けておく必要で出てくるんですね。しかしそういった機能についての保守作業をコミュニティと合体できれば、効率が上がる。マージはみんながやってくれるし、自分も分担分を貢献しておけばいいわけです。その分コストが下がるし、自分たちはもっと重要な付加価値の部分で戦力を強化できます。共通のインフラ部分として、差別化しにくい部分は、みんなで保守しようということです。
末松: なるほど。日本の企業が、企業間で協力し合ったプラットフォーム上での競争をするという、新しい競争ルールに乗ったことで起こった変化は大きかったということですね。
有馬: ええ、しかもオープンになることで、世界の知的財産に日本からフィードバックできるので、私も日本人として非常に気が楽になったんですよね。というのは、これまでは米国製品を日本市場になんとか合わせて使ってくれ、と言っている状態でしたから。米国ではこう変えたから日本でも変えろ、米国では開発をやめたから代わりにこちらを使ってくれ……。しかし、いまは「米国と一緒になってコンシューマー版を作ろう」とやっているので、日本商品を押しのけて米国商品で勝負しに行くという辛さがなくなったし、日本に貢献できることをうれしく感じています。
末松: それは共通の基盤に乗ったから起きたことで、相変わらず自前主義でやっていたとしたら、そういったことは起きなかったわけですよね。
有馬: 起きなかったですね。
末松: 世界共通の基盤に乗ったことにより、日本企業の新たな躍進が起こっているわけだ。
有馬: そうですね。モンタビスタは、それに貢献できればいいのです。第2、第3のモンタビスタが出て来て、同じ土俵の上で勝負して切磋琢磨できれば、それもよし。モンタビスタのモデルで儲けられるのだと思ったら、他社がたくさん参入してくると思いますし、そこから真の勝負が始まるでしょうから。それがまた、いいものを生み出していくと信じています。
末松: そういうように、オープンな社会貢献意識があって、なおかつ競争するというのが、オープンソースの環境でしょう。これまで日本で「競争」と言った場合、それは「弱肉強食」だ、と非人間的な面ばかり強調されていたわけです。実はそれが誤解であったということが今回ハッキリしてきて、「切磋琢磨は、非常に人間的なものだ」という新しい時代が訪れたのではないでしょうか。
有馬: 確かにそうですね。ただ、それも順風満帆だったわけではないのです。モンタビスタ自身も、様々な悩みを山ほど抱えていました。本当にこれで儲かるのか、もっと有償のものを出していかなければつぶれてしまうのでは、と。顧客へ受け入れられるために試行錯誤を繰り返し、自分自身に問いかけながらやってきたのです。
末松: その試行錯誤が、新しいものを創造するわけですよね。古い世界にずっと安住していても何も新しいものは生まれないし、後から来た人たちに追い越されていってしまう。それを避けようとして違う方向に頑張っていたのが、今までの日本社会だったんじゃないですか。
有馬: はい、やはり企業の中でも伸びる人というのは、自分の持っている技術を早く弟子に渡して育てていきますよね。俺は次のステップの仕事をしたいと。でも守りに入ってしまう人はそこで成長が止まったままだし、次の時代で新しいパラダイムが来たときに、自分は古い人間になって終わってしまう。
末松: しかし今までの日本社会は、そういう守りのタイプの人たちが、ずっと覇権を維持してきたという構造でしたよね。
有馬: ええ、我々が少しでも古い意識を変えていく、一つのいい例になれればいいなと思っています。
末松: オープンソースが日本社会にもたらした影響は大きいですね。もう既に多くの日本企業で大きな意識変化の兆しがあります。社会全体がこれからどう変化していくのかが非常に楽しみです。
競争者が集まって、協調のためのプラットフォームを形成し、その上で競争する。オープンソースといえども、日本人からすれば違和感のあるやり方だが、いわゆる“市場原理”を導入している国では、これは、案外、普通のことである。「市場原理」の“市場”とは、物理的なものではなく、だれもが取引できるためのルールと考えればよい。だれもが安心して取引できるためには、ルールが明示化されると同時に、公平に運営もされなければならない。このルールと運営をプラットフォームと考えれば、参加者が競争のための公平・公正なプラットフォームを決めようということは、過去から当然のごとく、行なわれてきたものである。無論、人間の欲望がからむので、全てが公平・公正には行なわれないが、原理としてはそういうことである。
翻って、日本では、市場という明示化されたルールを作るよりは、それをわかりにくくして、その分、政府に統制・指導する権限を与えてきた。つまり「規制」して産業を育成するという考え方でやってきたのである。しかし、そのルールのわかりにくさが、特定の人的ネットワークによる権益の独占、つまり様々な癒着、談合などの腐敗を生み、政府、企業を問わずに、既得権力者は好き勝手に振舞い、それに起因する経済停滞が目立ってきた。そこで、政府による規制を緩和し、その代わりにルールを確立しようというのが、現在はやりの、いわゆる構造改革である。オープンソースの好きな「自由」という観点からも、これは喜ばしい方向であろう。
しかしながら、そこには抵抗勢力ばかりか、それを「弱肉強食の競争原理」として忌み嫌う違和感が根強い。競争とは、好き勝手に振舞う争いだから、弱肉強食で非人間的になるという論理である。しかし、そこには、本当に自分たちにできるのかという不安も影響しているだろう。そんなことはない、日本人でも世界で十分に活躍できる。それを確信できたお話しだった。
オープンソース・コミュニティというと、「協調」や「貢献」が思い浮かび、助け合いという「人間的」なイメージが強いが、そこでは熾烈な競争が行なわれているという事実。これは、上記の日本的な考え方では、全く理解できないものである。「競争」と「人間性」「非人間性(弱肉強食)」、「競争と協調」について、オープンソースは、我々日本人に、考える機会をふんだんに与えてくれている。
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