次世代の成功モデル確立へ積極的にリスクを取る

インタビュー:梅田望夫2003年09月08日 00時00分

この記事は『ダイヤモンドLOOP(ループ)』(2003年10月号)に掲載された「破壊的創造のマネジメント」から「次世代の成功モデル確立へ積極的にリスクを取る 」を抜粋したものです。LOOPは2004年5月号(2004年4月8日発売)をもって休刊いたしました。

ラリー・プロブスト エレクトロニック・アーツ会長兼CEO

 ネットバブルとその崩壊を経験してきた米国IT業界にあって、ゲームソフト会社のエレクトロニック・アーツは、安定した成長を実現してきた。ハリウッド映画界との関係強化、次世代オンラインゲームへの投資に象徴されるように、プロブスト氏が語る未来戦略には、ネットビジネス成功へのヒントがちりばめられている。

ラリー・プロブスト(Larry Probst)
1984年に設立2年目のエレクトロニック・アーツ(EA)に入社。販売担当上級副社長を経て、91年にCEO(最高経営責任者)、94年から会長職を兼務。その間にEAを「ゲーム界のマイクロソフト」とまで呼ばれる大企業に育て上げた。デラウェア大学卒業。53歳。

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Q エレクトロニック・アーツ(EA)は、売上げ、企業価値、利益のすべての点で、過去10年にわたって非常に健全な成長を遂げてきました。その要因をどう見ていますか。

A ゲームソフト制作というわれわれのビジネスは、ゲーム機がもたらす6〜7年ごとのサイクルによって動いています。その上昇期がバブル崩壊とちょうど重なったのです。ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)がプレイステーション2を発売したのが2000年、その後マイクロソフトがXboxを、任天堂がゲームキューブを出した。今、われわれにとっての成長機会は巨大です。しかもこのビジネスは、人びとが家庭の外でのエンターテインメントへの支出を控えている不況期に上向きになるという傾向もあるのです。

Q 変化の激しい業界で長期的に成功していく戦略とは?

A この業界では、年々ゲーム機の売上げが増加して、ビジネスの基盤自体が拡大している。それに加えて、プレイステーション1で平均的ユーザーが買ったソフトが10個だったのに対して、プレイステーション2では12〜14個にまで増えて、いわゆるタイ・レシオ(ハード1台当りのソフト販売数)が向上しています。さらに、市場シェアを拡大するチャンスもある。現在は20%以下ですが、海外への販売を含め、長期的にはこれを25〜30%にまで増やしたい。

 また、今後業界の統合が起こるため、EAも他のソフト会社やIP(知的財産権)を買収する動きに出る。もちろん、EA社内でも絶えずIPを生み出して、ウォルト・ディズニー・カンパニーのようにそれをうまく利用するようにしたい。

 最後に挙げたいのは、オンラインゲームです。期待したほどにはまだ市場が育っていませんが、長期的に見て、これはEAのビジネスの大きな部分を占めることになると見ています。

Q 社内のクリエイティビティと規律をどう管理されているのでしょうか。

A EAの哲学は、最高の人材を雇い入れ、必要なリソースを与えて成功できる環境を整えるというもので、この方程式はうまく機能しています。われわれが求める人材は、頭がよく、一心不乱に働き、目標を持った人間です。しかもクリエイティビティとビジネス両面で成功したいと心に誓った人間でなくてはいけない。とはいえ、クリエイティブなプロセスは、科学というよりアート。できるだけシステマティックに管理しようとしていますが、最終的には予測不可能です。しかし、EAはすでに巨大な規模を達成しているので、競合他社に比べてクリエイティブなリスクを取れる強味があります。

カギを握るオンラインゲーム
しかし、成功の方程式は見えない

Q 5年先にはゲームがどう変化していると予測されますか?

A SCEやマイクロソフト、任天堂などハードウエア各社が開発している技術によって、次世代のゲーム機はキャラクターをまるで本物の人間のように動かせるほどパワフルになる。また、グラフィックスが精巧になり、泣いたり、痛みを感じたり、怒ったりといった人間らしい感情をキャラクターに持たせることができるようになります。

 さらに、上手に物語を語る技をゲーム業界も習得する。人びとが本を読んだり映画を観たりするのは、登場人物やその物語に愛着を感じるからです。現在ハリウッドの映画界や脚本家たちとの関係を深めていますが、優れた物語性をゲームに重ねられれば、今よりもずっと広い層のユーザーがゲームに魅了されるようになるはずです。

Q ゲームのつくりが精巧になれば、制作費も膨らみますね。

A EAでは、ツールとテクノロジーをライブラリ化して、世界に散らばるEAのスタジオが再利用できるようにしています。SCEやマイクロソフト、任天堂の次世代ゲーム機のスペックはまだ不明ですが、これが明らかになれば、それに合わせてさらにライブラリも増やします。

 ただし、ゲームソフトの歴史を振り返っても、制作費はどんどん膨らむ方向に向かっています。10年前、セガのゲーム機ジェネシス当時の制作費は、1タイトル当り50万〜60万ドルでした。プレイステーション2では、その10倍を超えた。次世代ゲーム機でさらにどれほど膨らむのか、想像もできません。

Q 5年後のオンラインゲームはどうなっているでしょう。

A 5年後ならまだ、オンラインよりもパッケージ製品が主流を占めているでしょう。オンラインからの収入は全体の15〜20%程度にとどまっているかもしれない。ブロードバンドが普及していないという問題に加えて、オンライン環境で成功する製品があまりないからです。

Q オンラインゲームに関しては、まだ成功の方程式が見えないということですか。

A EAに限らず、どのゲーム会社にも見えていません。韓国NCソフトの「リネージュ」、ソニー・オンラインエンタテインメントの「エバークエスト」は成功を収め、ミシックの「キャメロットの暗黒時代」、そしてEAの「ウルティマオンライン」などはそこそこに人気を呼んでいます。しかしそれを除けば、マルチプレイヤーゲームで成功しているものはない。非常に大きなチャレンジを求められる分野です。

Q そのチャレンジとは何ですか。

A それがわかっていれば、すでに成功しているはずです(笑)。オンラインゲームには、何千人、何万人のユーザーが同時に参加する点で、パッケージ製品とはまったく異なったダイナミズムが存在します。そのダイナミズムに合わせて、息を飲むようなコンテンツ、ユーザーが納得できるビジネスモデル、長くかかわっていたいと感じさせるコミュニティをつくらなくてはならない。その魔法の方程式がまだわからないのです。

Q 数ヵ月で制作費を回収できるパッケージ製品に対し、月々の会費を収益とするオンラインゲームは、投資の回収に時間がかかるからですか?

A 確かに会費制モデルは投資の回収に時間がかかる。

 しかし、それ以上にわれわれはオンラインゲームの可能性を信じ、他社よりもすでに大きなリスクを取って、これまで5作品を発表してきました。「ウルティマオンライン」以外は利益を生んでいませんが、それでも積極的に開発に取り組んでいるのです。

Q オンラインゲームが安定した収入源となるときには、どんなビジネスモデルがありうると考えていますか。

A 一つは、9.95ドル、19.95ドルといったように月会費を払ってもらう方法です。また、支払いを作品ごと、あるいは複数作品のグループごとにする方法もある。あるいは、ゲーム自体には無料でアクセスし、ゲームのなかで使うもの、たとえば家、家具、クルマ、洋服といったような個々のアイテムにマイクロ課金するというやり方も可能です。ただし、このどれが最適なのかはわからない。

知的財産を重視しハリウッドとの関係を強化

Q 現在SCEは、東芝やIBMとプレイステーション3用の新しいチップを開発しています。次世代ゲーム機の発売は、業界図を塗り替えるでしょうか。

A プレイステーション3が発売されるころには、マイクロソフト、任天堂から次世代ゲーム機が発表されるでしょうが、65〜70%ものシェアを占めるSCEに先行して開発を進め、トップの座を奪い取るのは簡単ではないはずです。

 ソフトウエア会社の立場から見れば、テクノロジーが高度になればなるほど、われわれには有利です。EAには、コアの収入を確保しながら次世代システムのための開発を行なう余裕があるので、即座に対応できるからです。

Q ハードウエア会社は、パートナーであり競合でもあるわけですよね。

A そうです。SCEなら、EAはプレイステーションにソフトを供給する会社であり、SCEのゲームソフトと競合する。マイクロソフト、任天堂とも同じ関係です。ここにはおもしろい緊張関係があるわけですが、その間を過去20年間うまく操縦してきたと思います。EAは、2002年だけでも22タイトルを世界中のゲーム機向けに売っています。ハードウエア会社と折衝する際には、これだけのIP、これだけの数のゲーム機に展開できることが強みになる。

Q 最近は、ハリウッドの映画界との関係を強化されています。特に『ハリー・ポッター』は3億ドルの収入をもたらし、全収入の10%を稼ぎ出した。この関係は続きますか。

A ハリウッドからライセンスを受けるIPについては、超人気作品で内容もおもしろく、すでにしっかりしたフィクションの基盤があり、さらに何作も続編が続く作品を注意深く選びます。『ハリー・ポッター』『指輪物語』『ジェームズ・ボンド』、そして最近ライセンス契約をした『スーパーマン』はみな、この三原則に基づいています。

Q IPがらみの作品からの収入の内訳はどうなっていますか。

A 40%がスポーツ作品、30%が『ハリー・ポッター』などの映画作品、そして30%がEA自体が持つIP、つまり「シムズ」「コマンド&コンカー」などの作品をライセンス供与することによって得ています。われわれのゴールは、この最後の収入をできるだけ100%にまで近づけ、他の会社へライセンス料を払わずにすむようになることです。

Q クリエイティブな人材、デジタルコンテンツ、キャラクターのIP化という資産を考えると、EAとピクサーはどんどん近づいています。

A 従来の映画業界のなかでEAに一番近いのはピクサー社(Pixar Animation Studios)でしょう。また技術が進化すれば、われわれもピクサーに近くなる。ピクサーは、キャラクターを生み出し物語をつくることに長けています。『ネモを探して』のような作品でピクサーが何ができるかを考えると、われわれも物語づくりのスキルを高めなければならないと痛感します。

250 WORDS By Mochio Umeda

 ネット事業を立ち上げるには、時間とカネをふんだんにかけた膨大な試行錯誤が必要となる。このことを過小評価した結果が3年前のネットバブル崩壊現象であったと思う。バブル崩壊後も自らの事業構想を信じて疾走してきたAmazon、eBay、Yahoo!らだけが、壮大なネット事業を構築するに至っている。オンラインゲームはゲーム産業におけるネット事業。「可能性を信じてリスクは取っているものの普及には長い時間がかかる」「ビジネスモデルや勝利の方程式は誰にも見えていない」――プロブストの慎重な発言はネット事業構築の手ごわさを知り尽くすゆえなのである。

Mochio Umeda
シリコンバレーを拠点とするコンサルティング会社、ミューズ・アソシエイツ社長。1960年生まれ。慶応義塾大学工学部卒業。東京大学大学院情報科学修士。

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