この記事は『ダイヤモンドLOOP(ループ)』(2003年12月号)に掲載された「米国ハイテクワールドに学ぶ破壊的創造のマネジメント」を抜粋したものです。LOOPは2004年5月号(2004年4月8日発売)をもって休刊いたしました。
ロータスの共同設立者で巨額の個人資産を持つミッチ・ケイパー氏が私財を投じてオープンソース・ソフトウエアの開発を加速させている。世界中のプログラマーが自発的に共同作業を通じてソフトウエアを作り上げていく新手法の登場に、コンピュータ産業の構造変化を読み取ったからだ。占有モデルと決別した斯界の権威に、オープンソース時代のビジネスのあり方を聞いた。
Q 私財500万ドルを投じて、オープンソース・アプリケーション財団(OSAF)を設立し、「Chandler(チャンドラー)」という個人情報管理ソフトウエアを開発していますね。これは、どんなソフトですか。
A チャンドラーは、パーソナルな情報マネジャーという縛りのなかで、パソコンのアプリケーションをゼロの状態から考え直すという試みです。電子メール、予定表、住所録、さらにメモなどの自由形式の情報も管理でき、ウィンドウズ、マッキントッシュ、リナックスといった、多様なプラットフォーム上で動くように作っています。
Q オープンソース方式による開発を採用したのはなぜですか。
A マイクロソフトがソフトウエア市場を独占する競争環境下では、強力かつシンプルでユーザーに喜んでもらえるような製品のアイデアがあっても、商業的に成功させる方向で開発することが難しいからです。言い換えれば、オープンソース方式以外に、普通のユーザーが使う革新的なアプリケーションを開発するいい方法がなかった。
ちなみに、私財を投じたのも、他に手がなかったからです。われわれがやろうとしていることにベンチャーキャピタルが合理的に投資できる根拠があるとは思えません。
Q チャンドラーのビジネスモデルは、リナックスと同じになるのですか。
A それはまだ不明です。しかし、OSAFのプログラムを利用して企業向けの製品を作る会社が出てくるのは、一つのシナリオでしょう。
また、OSAFのライセンスのポリシーは、リナックス同様、GPL(一般公有使用許諾書)を基本とします。変更を加えるのなら、それをわれわれの元へ貢献として戻してもらう。変更を企業秘密として扱いたいのなら、商用ライセンスとして料金を払ってもらいます。そうして得た収入は、OSAFの今後の活動に充てていくつもりです。
Q 仮にマイクロソフトの市場独占問題がなければ、起業してチャンドラーの開発に乗り出しましたか。
A いいえ、今ならやはりオープンソースとして始めたでしょう。現在は、ソフトウエアの新興企業がやっていくには厳しい環境です。それに、今市場で使われているコンピュータは、その中身にオープンソースが占める割合がますます大きくなっている。特にアップルコンピュータは顕著で、OS X、ブラウザのサファリをはじめ、かなりの部分がオープンソース・ソフトウエアによって成り立っています。
技術をゼロから生み出してソフトウエア会社をつくり、成功して大金持ちになるというシナリオは、ニッチな分野でない限り、もはや夢物語でしょう。環境は構造的に変わったのです。しかし、オープンソースを混ぜ合わせてソフトウエアを作る方法には可能性がある。大企業にはならないかもしれないが、開発者を中心に新たな雇用を生み出すはずです。
グーグルに挑むオープンソースの検索エンジン
Q 10年後のソフトウエア業界はどうなっていると思いますか。
A マイクロソフトやオラクルといった巨大企業がなくなることはありません。また企業向けソフト市場では、個々のニーズを満たすために特定のソリューションを開発する会社が必要なので、これが業界を健全に保つでしょう。そしてオープンソースのソフトウエアは、ちょうどリナックスが企業向け市場をコツコツとのぼってきたのと同様の経緯を辿ると考えています。
Q マイクロソフトも、OSAFからライセンスを受けることは理論的には可能ですね。
A しかし彼らには、そのDNAはない。マイクロソフトはいわば新しいIBMで、垂直にソフトウエア市場を統合して、携帯電話機から家電まですべての製品が自社のソフトで走るといったビジョンしか持っていないのです。
Q NPOを運営してみて企業経営との違いをどう感じましたか。
A スタートアップに似た側面はたくさんあります。私はCEOのように腕まくりをして実際に開発にかかわっている。違いは、目標が金儲けではなく、社会にインパクトを与えたいという点です。だから、どんなビジネスモデルがいいかと長々と話し合ったりはしない。オープンソースのコミュニティとどんな関係が結べるのか、プログラムの透明性とは何か、といったことを考えるほうがずっと重要なのです。
Q OSAFは自ら開発者も雇っていますね。ボランティアのプログラマーとの役割はどう分けているのですか。
A 現在必要な開発の9割強は、OSAFのスタッフが行なっています。私はフルタイムですが、パートタイムスタッフも6〜7人います。オープンソースは世界中で分散して開発が進められるという印象がありますが、アイデアを出し合いながら変更を加え続けている最初の開発は、顔を突き合わせて話し合ったほうがいいのです。
Q 何年で、ボランティアの貢献がスタッフのそれを上回ると思いますか。
A 3年ほどでしょう。最近、サーバ用のソフトウエア「Westwood(ウエストウッド)」開発のために、アンドリュー・メロン財団から150万ドル、全米25大学で構成するコンソーシアムから125万ドルの寄付を受けました。メロン財団は高等教育の質を高めることを理念としており、ファンドの1割をITに振り向けています。
Q あなたは新興企業の社外役員も務めていますね。たとえばオープンソースの検索エンジンを開発するNutch(ナッチ)には、どんな関心があるのですか。
A グーグルは大好きですが、これとは別にオープンソースの検索エンジンが存在することには重要な意味があると思っています。単純に、グーグルにはできないことがやれるからです。
まず検索エンジンの研究。グーグルではウェブサービスでAPI(アプリケーション・プログラム・インターフェース)を公開し、それを使って他のアプリケーションを作れるようになっていますが、利用には制約がある。しかも、誰にもそのアルゴリズムがわからない。検索エンジンをオープンソースで開発できれば、アルバニアや南アフリカなどに散らばる優秀なエンジニアたちの頭脳を集結できるはずです。
もう一つの意義は、透明性です。グーグルはフェアな方法でランキングを行なっていると主張していますが、実態は察する以外にない。オープンソースなら、すべてのアルゴリズムや方法がコードとして明快に示される。もし何かが変だということになれば、公開で議論をする。検索エンジンに出てこなければ存在しないも同然ですから、グーグルの代替が存在することは非常に大切です。
Q ナッチの資金調達に不安は?
A 現在、投資を募っていますが、巨額の資金を必要とするプロジェクトではありません。サーバを立ち上げて多くのトラフィックを処理しようとしているわけではありませんから。おそらくナッチが研究以上のものに発展したとき、それを元にビジネスを構築する人間が別に出てくるでしょう。
今、オープンソースで面白いのは、アパッチで見られるようにオープンソースとビジネスとの相互依存が起こりつつあるという点です。IBMには、アパッチ関連の開発にフルタイムで従事しているエンジニアがたくさんいる。アパッチ自体は作らないが、その上に載るものを売って金儲けしているので、IBMにとって重要なのです。
いったいどのくらいのプログラマーが、オープンソースのソフトウエア開発をすることで企業から金をもらっているのか。私はその実態を知りたいと思い、調査しようと思っているところです。おそらくここに、オープンソースの未来が見えるはずです。将来、企業もユーザーも共にオープンソースから利を得る。失敗するのは、オープンソースがすでに手がけている分野でソフトウエア会社を起業して、大金持ちになろうとする人びとです。
「IT単独のブームはもうやってこない」
Q オープンソースプロジェクトが成功するためのキーは何ですか。
A 本当のところはわかりません。しかし、成功事例に共通するのは、最初に始めた人物だけでなく、多くの人や組織がそのプロジェクトを大切に感じているということでしょう。
また、機能バーなどがちゃんと完成していること。おもちゃや実験ではないのですから、やろうとしたことは最後までやらなくてはいけない。オープンソースでは、途中で放棄されたものもたくさんあるのです。
また、これも大切なことですが、起業家とオープンソースのプロジェクトリーダーでは求められる資質が違います。起業家のなかには瑣末なことまでマイクロマネジメントして成功する人もいます。しかし、スティーブン・ジョブズのような人材は、オープンソースの環境ならはじき出されてしまう。ビジネスの世界で皆がマイクロマネジメントを我慢するのは、給料をもらっているからです。人びとは金があって成功している企業にかかわっていたいので、恐ろしい屈辱にも耐えるものなのです。
Q ロータスを立ち上げたころ、あなたはマイクロマネジャーではなかったのですか。
A 私も独裁者ですが、もう少し慈悲深い。成功する起業家は誰もがマイクロマネジャーだと思いますが、オープンソースの世界では他人には命令できません。どこに自分がフォーカスしてどこを人に任せるのかをもっとスマートに使い分けなくてはいけない。
Q 10年後のシリコンバレーはどうなっていると思いますか。
A ITだけのブームはもうやってこないでしょう。それは、ITが不要になったからというわけではなく、かたちが変わるからです。私は、これから大学で勉強しようとする若者には、コンピュータ科学ではなく生物学を専攻しろと勧めます。あるいはコンピュテーショナル・バイオロジー、ナノテクノロジー、生命科学。つまり、これからのシリコンバレーでは、ITと何か別のものが掛け合わされたところに革新の機会があるのです。
ミッチ・ケイパー Mitch Kapor
『Lotus 1-2-3』の作者として知られる、PCソフトウエア創成期を代表する巨星の一人。ロータス以後は、投資家、社会哲学者として活躍、2001年に「オープンソース・アプリケーション財団」を設立し、MS Outlookキラーの開発に乗り出した。
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