裏を読めば、AppleがCore Duoに乗り換えるということは、同社が何らかの問題に直面していることを意味していると考えることもできる。Appleの技術者は長年の間、ビジネスパートナー(MotorolaやIBM)のマイクロプロセッサの設計に関与してきた。しかし、Apple自身がマイクロプロセッサを生産したことはない。換言すれば、Appleは自社システムの根幹を他社に依存してきたのである。これは多くのコンピュータ企業が置かれている状況でもある。AppleがIBMのPowerプロセッサから卒業する必要があったことは間違いない。問題は、なぜ「Intelのチップに乗り換えるのか」ということだ。
IBMについて考えてみよう。IBMはソニーや東芝と共に、密かに革新的な新型マイクロプロセッサ「Cell」の開発を進めてきた。CellはIBMが約束してきたことのすべてを実現しているように見える。特に映像分野の性能は飛躍的に向上した。Cellを使えば、映像データをリアルタイムで処理・出力できることは証明済みだ。小売市場にいつか登場すると見込まれているソニーの新型ゲーム機「PlayStation 3」はCPUにCellを採用している。ソニーの広報資料によれば、PlayStation 3はPlayStation 2の50倍の速度で動くという。これがAppleの新しいCore Duoシステムを大幅に(おそらくは桁違いに)上回るものであることは間違いない。
なぜAppleがゲーム機の心配をしなければならないのかと思うかもしれない。ひとつの理由は、PlayStation 3に2.5インチのハードドライブ、キーボード、マウスをつなげば、本格的なPCとして利用できることだ。しかも驚くべきことに、ソニーはMicrosoftと袂を分かち、PlayStation 3のOSにLinuxを採用した。PlayStation 3は当初500ドル程度で店頭に並ぶことになっているが、その驚異的な性能を考えれば、これは驚くほど安い。PlayStation 3はApple製品の特徴であるスタイリッシュな外見も備えている。実際、Appleとソニーはこの数年間、激しい競争を繰り広げてきた。
Appleはソニーを家電市場の王座から引きずりおろす決意を固めているようだ。IBMにとっては、ソニーは強敵の打倒に燃える熱心なパートナーだ。企業として見ると、ソニーは巨大な多国籍企業であり、非の打ち所のない血筋と実績、そして家電市場での広範な経験を有している。ここでふたたび、先ほどの質問が浮かんでくる。なぜ、AppleはIntelを選んだのか。なぜ、長い開発期間を経て、ようやく登場した最も革新的なマイクロプロセッサを採用しないのか。Cellなら、映像性能を次の水準に引き上げることも不可能ではない。Appleの答えはおそらく、「待ちくたびれたから」というものだろう。いずれにしても、これはAppleにとって大きな問題となるはずだ。
コンピュータを使って写真や画像を処理している人、特にそれを生業としている人にとっては、映像関連の性能は生命線だ。Adobe Photoshopなどのプログラムは長年の間、Appleがコア顧客をつなぎとめるためのキラーアプリケーションとなってきた。こうしたアプリケーションにはWindows版も用意されているが、ほとんどのユーザーはAppleのOSが提供するフレンドリーなユーザーインターフェースを好んでいる。もし、これらのアプリケーションのLinux版が登場し、Cellを搭載したマシンで走らせることができるようになったら、グラフィックの専門家たちは使い勝手のよいユーザーインターフェースのために、性能を犠牲にする必要があるかどうかを考えるようになるだろう。レンダリングの速度があがるということは、同じ時間でより多くの仕事をこなせることを意味する。これは生産性の向上につながる。
デジタル信号処理(DSP)を必要とするデジタル音楽の専門家にとっても、処理速度は重要な問題だ。彼らはAppleから発売される高速なコンピュータを最初に購入する層であり、Appleはこの層が生み出す利益に依存している。これは特定の市場区分にとって、ハードウェアとソフトウェアが持つ重要性を示している。つまり、ハードウェアの性能が向上すれば、ハードウェアとソフトウェアの重要性も変化するのだ。これまでは主にソフトウェア(Mac OS Xなど)が差別化要因となってきた。競合他社を圧倒するほど高速なハードウェアを提供できる企業はなかったからだ。Cellはこの状況を変えようとしている。アプリケーションさえあれば、Cellを搭載したコンピュータが短期間のうちにデジタルメディア市場を席巻する可能性は高い。
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