3月10日、新たなNFTプラットフォームがスタートした。音楽をコンセプトに据えた「Sound Desert」というサービスだ。NTTコミュニケーションズの社内ビジネスコンテスト「DigiCom(デジコン)」と、NTTドコモの社内ビジネスコンテスト「Launch Challenge(ローンチチャレンジ)」が統合された「ZERO ONE DRIVE」で金賞およびオーディエンス賞を獲得し、その後はドコモの新規事業創出プログラム「39works」で事業化に向けて取り組んできた。
まだまだ一般化が進んでいるとは言いがたいものの、注目度はますます高まっているNFT。そんななかでエンターテインメント分野の音楽NFTを考案したのにはどんな理由があるのか。Sound Desertのプロジェクトを立ち上げたNTTレゾナントの奥井颯平氏と、そのシステム開発を担うゐきかたの勝本源太氏に話を伺った。
――音楽NFTをコンセプトにしたSound Desertをリリースするに至ったいきさつを教えてください。
奥井氏 : そもそもなぜ音楽プラットフォームとNFTを掛け合わせた事業を始めようと思ったかというと、昨今の音楽サブスクサービスはアーティストに支払われる額が非常に少ないと言われています。その額は「1再生あたり0.005円」とも言われており、1000万回再生されたとしてもたった5万円にしかなりません。音楽業界では、特にアーティストのような立場の弱い方にサブスクというトレンドのしわ寄せが行くような形になってしまっているんです。
また、私たちのチームメンバーの1人に、トップアーティストに楽曲提供している作曲家がいるのですが、彼が作曲してオリコン8位に入った楽曲でも、現在の印税は月あたりわずか数千円程度だそうです。音楽だけで食べていく、というのは非常に難しい状況にあります。
一方、YouTuberやVTuberのように自分をブランディングしてタレント活動している方の中には、個人で成功している人も増えています。コンテンツが多様化してきた今の時代、100人や1000人、あるいは1万人という限られた数のファンでも、しっかり価値提供できれば稼ぐことができる。絶対的な販売数は少なくても、自分の作品を高単価で提供することでマネタイズできるわけです。
こうしたことから、音楽に付加価値をつけやすいNFTの仕組みを掛け合わせた事業を考えました。Sound Desertに参画していただいているアーティスト10人のNFTでの売り上げが、2022年は約7000万円に達しているという実績もあります。
音楽コンテンツに握手券やライブチケットなど、アーティストとつながれる価値を提供することもNFTでは可能ですし、私たちとしては音楽に振り切って、ある意味「推し活ビジネス」として昇華できれば、デジタルで個人アーティストの価値を高めて顧客単価を上げていけるのではないか。そう考えたのがSound Desertを立ち上げた背景になります。
勝本氏 : NFTって推し活にすごく最適だと僕も思っています。NFTのタイムスタンプによって、どの段階から推しているのかも明確で、その履歴は永遠に残り続けるものなので、その意味でも親和性が高いんですよね。
――NFTは今のところ購入ハードルが高く、価値を感じにくいと思っている人も少なくないと思います。
奥井氏 : 今のNFT市場は投機・投資的な目線で見ている方が多くて、「いずれは高く売れるかもしれない」というインサイトが財布のひもを緩めているところがあると思っています。いいものが売れるというよりは、これから価値が高まるかもしれないもの。たとえばSNSのアイコンとして使えるイラスト画像のNFTなどが、今は売れる傾向が強いんですね。
音楽NFTを始めようと思ったのは、そんななかで、エンタメという観点でイラストに音楽という付加価値も付けられたとき、 市場からどういう反応があるのか、というのを知りたかったのもあります。
――1月27日にはプレスリリースも配信しています。反響はいかがですか。
奥井氏 : すでにイラストレーター、ミュージシャン、あわせて40人以上の方に参画していただいていますが、プレスリリースを出した後はさらに50人以上のクリエイターの方などから参加希望がありました。3月10日から始まるSound Desertのアーリーアクセスには、2月末時点でおよそ2000人のエントリーがあり、反響の大きさを実感しています。
――Sound Desertというサービスはどう使えるのでしょうか。
勝本氏 : スマートフォンのウォレットアプリや、ウェブブラウザーにアクセスして、音楽NFTを購入、再生できるウェブサービスになります。リスニング体験としては、既存のサブスク型の音楽配信サービスと大きく変わるところはありません。ただ、音楽NFTを所有している人に対して、そのアーティストからアクションをとれるのが大きな特徴になるかと思います。
奥井氏 : たとえば初回限定版の音楽NFTを所有している人が、アーティストからメッセージをもらえたり、カラオケ音源をもらえたり、あるいは音楽NFTを所有者限定のライブ配信を視聴できるようになったりと、アーティストとのつながりが感じられるプラットフォームになることを目指しています。
音楽NFTの販売価格はアーティスト自身が値付けしますが、1曲あたり1000~3000円くらいが目安になるかと思います。購入した音楽NFTは、NFTの代表的なマーケットプレイスである「OpenSea」上でも自分が所有していることがわかりますし、アプリケーションやプラットフォームに依存せずNFTコンテンツをもつことができ、そこで売りに出すこともできます。
今のところほかの一般的な音楽配信サービスとの連携はありませんが、いずれ大手音楽配信サービスがNFTに対応すれば、そのサービス上でほかの音楽と音楽NFTを混在させて聞けるようになる可能性もあると思います。
――従来の音楽市場の仕組みと、Sound Desertが実現する仕組みとの違いはどんなところにありますか。
奥井氏 : Sound Desertにおける音楽NFTの流通はすべてデジタルで完結するので、流通コストの削減が可能、アーティスト収入を増やせます。現在SoundDesertでは売り上げの80%がNFT発行元に還元されるため、アーティスト収入を大きく増やせるのではないかと見込んでいます。また、ほかの国内NFTマーケットと比較すると、Sound Desertは音楽に特化しているので、握手券やライブチケットを付加するといったような、わかりやすい価値を提示しやすいのも利点かと思います。
音楽NFTであれば、かつてレコードやCDが世界中に流通した世界を、ウェブで完結する仕組みとして実現できます。CDを買うような感覚で音楽NFTを買って、それをまた自由に取引所を通じて転売できる、そういう仕組みも用意します。音楽NFTをメタバース空間などさまざまなプラットフォームに持ち込んで使ったり、売買したりする、そういう世界観も私たちの目指すところです。
さらに、私たちとしてはWeb3時代のスターをプロデュースするところにも注力しようと考えています。YouTubeやTikTokでブレイクした人がそうだったように、Sound Desertでもまだ世間にあまり知られていない無名の人がスターになっていけるよう、マーケティングサポートなどもさせていただきながら、アーティストと二人三脚でチャレンジしていこうと思っています。
――ところで、Sound Desertの開発にはゐきかたが関わっていますが、どのようなつながりで協業することになったのでしょう。
勝本氏 : 当社はウェブアプリケーションの開発などを受託する会社です。NFTと出会ったことから、以前よりクリエイターをサポートするためのサービスを創りたいと考えていたこともあり、2021年に「PLAY NFT ART」というクリエイターとエンジニアがNFTを使った遊びを創出する場を作りました。また、同じタイミングで「NFTxC」というNFTプロジェクトも作りました。NFT界隈で人気があるクリエイターの作品を集めて、特定の組み合わせで揃えることで「役」を作り、得点を競えるというゲーム性のあるものです。
奥井氏 : 勝本さんとは、その頃にTwitter上のスペースで出会い、そこでエンジニアトークをしていて意気投合しました。NFTアートはすでに売れています。今後このままNFTがエンタメ化していけば、きっとどこかで音楽も来るはずだと信じて、どうすれば音楽NFTが売れるようになるのか、一緒にアイデアを練っていきました。
Sound Desertのプロジェクトを始めるにあたっては、NFTxCのなかで実証実験として「Music × NFT」というプロジェクトも展開しました。イラストレーターがジャケ写を描き、ボカロPが曲を作るというコラボコンテンツで、NFTで楽曲を出すことの価値や需要がどれくらいあるのか、というのを実市場に問いかけながら動くことができたのは、Sound Desertを形にしていくうえでは大きかったですね。
勝本氏 : ちなみにPLAY NFT ARTやNFTxCに参画していただいているクリエイターとの出会いも、Twitterのスペースがきっかけになることが多かったですね。
奥井氏 : ZERO ONE DRIVEのなかでSound Desertの実証実験を始めるタイミングでは、勝本さんが開拓したクリエイターとのコネクションやWeb3の基盤を活用させていただき、そのおかげでPoCを効率よく進めることができましたし、アイデアのブラッシュアップも加速しました。
――現在の目標と、今後の中・長期的なゴールがありましたら教えてください。
奥井氏 : ローンチタイミングの3月は、音楽NFTを購入して、アクティブに楽しんでいただけるような方が1000人くらいいるとうれしいですね。これまでのNFTは「買う」という以上の楽しみがあまりない状況でした。ですのでSound Desertでは、「音楽でNFTを楽しめる」という価値を1人でも多くの人に届けることを直近の目標としています。
Web3に6000億円を投資し、そのインフラを作っていくと宣言しているドコモと一緒にプロジェクトを進めていることもあって、中期的にはその構想と並行しながら、まずはユーザーとのタッチポイントを温めていく。それが私たちの使命だとも思っています。そしてWeb3が一般化した暁には、デジタルコンテンツの形で日本のエンタメを世界中に届けていきたいです。
勝本氏 : 開発の視点からは、プラットフォームにおける目標を2つの方向性から考えています。1つはリスニング体験のしやすさを高めることです。今は、ウォレットを持っているNFT購入経験のあるユーザーに対してマーケティングしているので、そういった人たちに対して、購入した音楽NFTのリスニング体験を高めて音楽NFTをより身近に感じてもらえるようにしたり、購入する動機付けを高めたりすることを最優先としています。
もう1つは、購入体験の向上です。今はNFTを購入する際に時間がかかったり、ブロックチェーンを承認する際の手数料、いわゆる「ガス代」が発生して、目的のコンテンツを購入する以外の大きな出費が必要になったりする場合があります。そこについてはシステムの作り込みによって購入速度の改善や手数料の削減を目指せるところもあるので、研究開発を進めて購入体験を快適にしていきたいですね。
――最後に、Sound DeserおよびNFTにおける課題と可能性、これからの展望について教えてください。
奥井氏 : NFTは、やはり一般化が課題です。今のところはまだ多くの一般ユーザーの方がNFTを気軽に、安全に使える状況にはなっていません。だからこそ今の不安定な市場に耐性のあるファンの方に価値提供することに絞ってプロジェクトを進めてきたわけですが、まずはそういったファンのみなさんと一緒に、NFT市場の一般化・健全化に向けて取り組んでいければと思っています。
競合するようなNFTプラットフォームはこれからも出てくるとは思いますが、YouTubeもTikTokも、黎明期の頃からクリエイターやインフルエンサーの人たちと一緒に積み上げてきたことで今の地位を築きました。私たちもそれに習い、発展途上である現在のNFT市場において、クリエイターエコノミーの渦中に入れるようなプラットフォームを目指すことで、競争優位性を高めていきたいと思っています。
私としても、市場全体としても、NFTの火を消したくないという思いがあります。そのためにも、今のイラストしか売れていないところから次のステップに行かなければなりません。エンタメや音楽という分野でNFTによる価値を創出し、老若男女問わず幅広い層に正しくそれを届けられるよう、市場全体を盛り上げていきたいですね。
勝本氏 : プラットフォームの開発側では、クリエイターの人たちから定期的にフィードバックをいただく場を設けていますので、そこで生の声を聞きながらスピード感をもってサービス改善につなげていけるのは私たちの強みだと思っています。いずれはファンの方もそのコミュニティに入っていただいて、一緒にサービス改善していけるような仕組みも考えているところです。
私自身も実はSound Desertで曲を出すので、まさにアーティストの目線をもちながら開発に当たれます。Sound Desertのリリースに向けて初期から手伝ってくださっているアーティストの方が、ほかのクリエイターさんに対して音質、音圧のディレクションやアドバイスをするなど、楽曲としての統一感や高いクオリティを出せるところも他にはないアドバンテージだと考えています。
ブロックチェーンの技術は面白いのですが、奥井さんも話していたようにNFTは投機的なものとして見られているところがあります。ただ、2023年に入ってウォレットの開発やマスに向けた動きが徐々に大きくなってきました。NFTやWeb3が普及すれば、音楽NFTもより身近になっていくでしょうし、いずれにせよ右肩上がりになると期待しています。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」