Web3時代の新たな不動産ビジネスの行方

川戸温志(NTTデータ経営研究所)2023年03月09日 08時30分

Web3によって本当に非中央集権的な業界構造の変化は起きるのか

 結論から言うと、Web3の本質的な特徴である非中央集権化は、不動産業界においては現時点では幻想だ。少なくとも向こう10年、国内の不動産業界ではWeb3によって複雑で面倒な不動産取引プロセスの仕組みや構造が非中央集権的なものへと大きく変わる事はないだろう。なぜなら、これまで中央集権的な役割や仲介的な役割を担ってきたプレイヤーの存在意義に大きく関わるためだ。論理性と合理性だけでは物事は進まない。不動産テック界隈で頻繁に話題となるREINS(Real Estate Information Network System、不動産流通標準情報システムの略で、国土交通大臣指定の不動産流通機構が運営、管理している不動産物件情報交換のためのネットワークシステム)も然りだ。

 非中央集権化は、現時点では事業者側には大きなメリットが見いだせない。これまで何十年にも渡って綿々と積み上げられてきた知見やノウハウ、人脈やブランドがある。加えて、消費者側にとってもメリット以上にリスクが大きい。不動産は極めて高額商品であり、「一生で一度の買い物」と言われるように、購買体験の頻度も極端に低く、現物を実際に見てナンボのところがある。従って、購買体験が乏しく知見の少ない中で、ワンクリックで簡単に個人間売買が取引成立するようなモノでもない。そもそも複雑で面倒な不動産取引のプロセスの簡素化、迅速化は、Web3でなくても従来のテクノロジーによって十分解決できるのだ。国内の不動産業界のデジタル化は、Web2.0のフェーズに入ったばかり。まだまだこれからのフェーズだ。

 一方で、特に不動産事業者が自社や企業間で活用するケースにおいては、ブロックチェーンやNFTなどのWeb3の関連テクノロジーによって、ビジネスインパクトが起きる可能性は十分にあるだろう。

NFT×デジタルツインで広がる次世代の不動産ビジネスとファンマーケティング

 次に、Web3によって広がる今後の不動産ビジネスの行方について思いを巡らしたい。結論から言うと、「NFTとデジタルツインによる建物や街、エリアの新たな価値やファンの醸成、および継続的なアップデート」、これが将来の方向性だ。

不動産ビジネスは、高度経済成長期から現在に至るまで、供給者側の完全なプロダクトアウト型であった。 「つくる」と、「売れる、借りてもらえる」という時代であったため、マンションやオフィスビルなどを大量に市場へ供給することが最優先された。

 今の時代は、人口減少、少子高齢化、新築戸建て減少、Y世代、Z世代の価値観の多様化、インターネットやAIなどテクノロジーの発展など、取り巻くマクロ環境が大きく変化している。不動産ビジネスにおいても、獲物を獲る「狩猟型」から、顧客をファンとして育てる「農耕型」へのシフトチェンジが求められている。一見さんのお客様への売り切りビジネスの時代から、顧客データベースに蓄積された顧客情報を基に、LTV(Life Time Value)を高めることで、顧客一人あたりの売上高を増やす顧客重視のビジネスの時代にシフトしてきている。この時代の肝は、顧客をいかに自社の建物ブランドやエリアのファンにできるかどうかだ。

 例えば、住宅領域においては、住宅の購入をトリガーに、売却や住替えなどのリピート、知り合いの紹介などのため、デジタルを活用することで顧客との継続的なタッチポイントをつくり、長期的に利用してもらうような仕組みが必要となってくるだろう。近年では、顧客とのタッチポイントをつくるため、スマートホームアプリや住宅アプリが登場している。

 オフィスビル領域も同様だ。大都市圏では新型のコロナの影響もあり、働く場所がリモートワークやシェアオフィス、コワークオフィスへと多様化してきている。建物自体の差別化が困難となってきている中で、オフィス統合アプリや街アプリ、スマートシティアプリが登場し、ワーカーへの有益な情報や利便性を高めるサービスを提供することで、その建物や周辺エリアへのエンゲージメントを高めている。

 このように、今後はLTV最大化のため、自社の建物ブランドやエリアのファンとして顧客を会員化するファンマーケティングがますます重要になってくるだろう。このファンマーケティングとの相性が良いのが不動産のNFT化だ。


 例えば、東京都の場合、渋谷、新宿、丸の内、日本橋、六本木などのエリアはもちろん、街や商店街、複合ビルやタワーマンションなど新たな建物の開発において、それらの所有権や利用権を小口にしてNFT化する。このNFTを購入した保有者と不動産デベロッパーなどの関係者の協議、投票によって企画開発や運営を進めるイメージだ。セキュリティトークンのように不動産を証券化、小口化した金融商品という特性を有するものもあり得るだろう。

 このNFTを持つことで、例えば、マンションの共用スペースをどういうものにしたいか、商業施設にどういうテナントを入れたいか、どういう飲食店があって欲しいか、オフィスビルにどういう設備が欲しいかなどを決める際に、意見を出したり投票に参加したりできるのだ。

 実際の事例として、米国の不動産デベロッパーのBrickless Developers Groupの例がある。同社はマイアミで進めている834エーカーの商業、住宅用地の開発計画において、デジタルレプリカを活用した企画開発を行うと2022年に発表した。

 当開発に投資した人は、デジタルレプリカを通じて自宅や公共施設、公共スペースの設計やデザインへの参加が可能となるのだ。国内では、新潟県の旧山古志村のNFTの事例が有名だ。2021年12月から電子住民票の意味合いも兼ねたNFTアートを発行し、リアルな人口(800名ほど)を超える1000人以上ものデジタル村民が世界中に誕生した。

 コミュニティ内で地域を存続させるためのアイデアや事業プランについて議論や投票が行われており、注目を集めている。ほかには、不動産を裏付けとしたセキュリティトークンの発行事例も進む。例えば、ケネディクス関係数社による渋谷のマンション「KDXレジデンス渋谷神南」の資産裏付型セキュリティトークン発行、Ouchi Financeは、東京都内の区分マンションである「オーベル練馬」の一室を担保としてNFT化および小口化して販売など。このように不動産のNFT化の事例は続々と増えている。

 不動産のNFT化は事業者側としても、メリットは大きい。従来は不動産という現物に顧客が紐づいていたため、ウェブサイトなどのデジタル上でユーザーと不動産情報の紐づけが難しかった。これが不動産のNFT化によって、ウェブ上のユーザーがそのNFTを保有していれば、現物の不動産にまつわる権利を有している事が証明されるため、ウェブ上で特別クーポンや割引券、ファストパスのような優先権、サブスクやオンデマンドサービスの利用権などの提供による優遇がしやすくなる。「いつでもどこでも」つながる事ができるため、顧客を自社の建物ブランドやエリアのファンとして醸成しやすくなるのだ。

 NFT保有者にすれば、自分自身が住む所縁のあるエリアや街や建物に対する特別感やロイヤリティが高まり、これまで以上に人々が集まり、品物やサービスの売り買いも増えるだろう。そうなることで、自ずとその不動産の価値も上がり、不動産の価値が上がれば、売買や賃貸の流通取引も促進されるため、NFT保有者でもあるオーナーも不動産事業者も関係者全員がうれしいということになる。

 小口証券化されたNFTであれば期待利回りによるインカムゲインはもちろん、その不動産の価値が上がれば、NFTが2次流通の形で売買されるキャピタルゲインの可能性もあるだろう。こうしたNFTによる資金調達は、デベロッパーなど不動産事業者としても、銀行などからの多額の借入→不動産開発→賃貸等収益→返済、そしてまた次の借入をして開発――という「つくり続ける」サイクルから抜け出す1つのオプションになり得るのではないだろうか。

 加えて、デジタルツインがポイントとなる。当たり前だが建物や街は一度つくり上げると、そう簡単には変えられない。また、その場に行かないと建物の雰囲気や空間的な価値を体験することもできない。そこで、デジタルツインを活用し、バーチャル空間でまずは試してみて、その結果が良ければリアルに落とし込んでいく。こうすることで柔軟性、弾力性のある開発が可能となるのだ。

 完成イメージを関係者で共有できれば良いため、リアルタイムに大量のデータを取得してシミュレーションするような高精度なデジタルツインである必要はない。実際の事例として、国交省が推進する3D都市モデルのオープンデータ「Project PLATEAU」を活用した八王子市や宇都宮市の市民参加型の街づくりの例がある。この取り組みでは、短期的に成果が見えづらい街づくりを、デジタルツインによって将来イメージを見せることで、共感を得ながら関係者と市民が進めることができる。このようにNFT保有者たちの意見を集め、実際にその姿を具現化する方法論としてデジタルツインは有用だ。

出典:国土交通省が主導する日本全国の3D都市モデルの整備・活用・オープンデータ化プロジェクト「PLATEAU」より。https://www.mlit.go.jp/plateau/use-case/
出典:国土交通省が主導する日本全国の3D都市モデルの整備・活用・オープンデータ化プロジェクト「PLATEAU」より。https://www.mlit.go.jp/plateau/use-case/

求められる秋元康氏のような構想力とプロデュース力

 今後、Web3の本質的な特徴である非中央集権化というよりは、NFTとデジタルツインを活用することで、建物や街、エリアの新たな価値やファンの醸成、および継続的なアップデートが新たな不動産ビジネスの方向性となっていくだろう。こうしたWeb3時代、リーダーに求められる要素は何だろうか。そのヒントが秋元康氏だ。ご存知のように秋元康氏はAKB48や乃木坂46などのアイドルグループの生みの親だ。

 AKB48は「会いに行けるアイドル」をコンセプトに新境地を切り開いた。これまではテレビ画面の向こう側に居たアイドルという夢の世界と、普段の日常の世界とを融合させた新たな顧客体験を提供したのだ。CDの購入枚数によって、握手会で触れ合う時間が決まったり、選抜メンバーを決めたり、新曲のメインボーカルが決まるという新たな体験価値を提供することで、「推し」のために時間やお金をかけるという楽しみや喜びを作り出したのだ。

 こうした新たな顧客体験を生み出す構想力とファンコミュニティのプロデュース力、そして失敗を恐れず大胆にリスクを取って飛び込む胆力こそ、実は不動産業界のWeb3時代のリーダーには求められるのではないだろうか。

川戸温志

NTTデータ経営研究所 ビジネストランスフォーメーションユニット/シニアマネージャー

大手システムインテグレーターを経て、2008年より現職。経営学修士(専門職)。IT業界の経験に裏打ちされた視点と、経営の視点の両面から、ITやテクロノジーを軸とした中長期の成長戦略立案・事業戦略立案や新規ビジネス開発、アライアンス支援を得意とする。金融・通信・不動産・物流・エネルギー・ホテルなどの幅広い業界を守備範囲とし、近年は特に不動産テック等のTech系ビジネスやビッグデータ、AI、ロボットなど最新テクノロジー分野に関わるテーマを中心に手掛ける。2018年より一般社団法人不動産テック協会の顧問も務める。

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