2月1日から1カ月間、CNET Japanの年次イベント「CNET Japan Live 2023」がオンラインで開催された。今回のテーマは、「共創の価値を最大化させる『組織・チーム・文化づくり』」。日本を代表するメーカーからスタートアップ、自治体、国会議員まで連日さまざまな業種業界からスピーカーが登場して組織論を語るなかで、折り返しとなる2月15日のセッションに、不動産賃貸仲介業界で先駆的な取り組みを続けるハウスコムの代表取締役社長執行役員 田村穂氏が登場。「組織戦略とカスタマーサクセス(顧客の成功)」と題し、現在進行中の組織戦略、共創活動、カスタマー・サクセス(CX)の取り組みについて語った。
ハウスコムは、1998年設立の不動産賃貸仲介大手である。事業内容は不動産賃貸と仲介が軸となるが、昨今では積極的に組織改革やデジタルを活用した取り組みを進めつつ、メインの事業から派生するサービスの領域にも注力している。「『住まいを通して人を幸せにする世界を創る』ことをミッションに掲げ、入居者様に対しては快適な暮らしを提供できるように、大家さんに対しては安定した経営ができるように、入居後のサポートビジネスを強化している」と田村氏は事業の方向性について説明する。
そのように企業改革を推し進める中で、まず組織戦略として地域における賃貸、仲介事業を強化するために、2022年11月に賃貸仲介事業を11社に分社化し、持ち株会社制に移行している。分社化の目的は、“競争優位性の確保”と“人材育成”の2点であるという。
「当社は現在国内で約200店舗を構えているが、地域の中でビジネスを展開しているので、従来のように上からの指示による同一手法で効率化を求めるよりも、地域に則した営業施策を採る方が競争優位につながる。また本社の品川でなく、地域ごとに柔軟な人員確保や働き方を考えることで、地域のニーズに合致した人材の育成が可能になる」(田村氏)。
分社化にあたり、各事業会社の社長は本社からの出向という形で人事権もまだ本社にあるが、各社では人の配置や採用、働き方を企画、提案する権限を有しているという。3カ月強の成果としては、具体的には従業員のモチベーション向上に伴う顧客からの評価と採用活動の領域で成果が出つつあり、競争優位性の確保についてはこれからの課題であるとする。
「分社化した事業会社の社長たちは何年も一緒に仕事をしてきたメンバーなので、住まいを通して人を幸せにする世界を創るという当社のパーパスやビジョンは共有でき、行動規範としてのハウスコムマインドは徹底している。考え方の求心力は失われていないので、これを持ちつつ、手法は遠心力を持って時間をかけて取り組みを進めていきたい」(田村氏)。
ハウスコムでは社外での共創、協働の取り組みとして、日本を訪れる外国人留学生をターゲットとした「KAKEHASHIプロジェクト」に2年前から参画している。同プロジェクトは、留学生たちの日本での暮らしや環境を良くしていこうという趣旨のもと、東急住宅リース前会長の北川登士彦氏が中心となり始動した業界横断の取り組みであり、発足2年で参加企業も増え、2023年から「一般社団法人 外国人留学生支援KAKEHASHI」として活動を本格化している。
KAKEHASHIプロジェクトは、留学生が日本に来てから就職するまでを支援する活動である。そこで発起人である北川氏が趣旨に賛同する会社を集めていく中で、以前から外国人留学生向けのサービス開発に取り組んでいたハウスコムに、発足の段階で真っ先に声が掛かったのだという。
「今後、コロナが落ち着いて留学生が増えてくることが予測されていた。当社では、社内に各国の言葉で説明できる人材を確保したり、管理会社や大家の間に入って代わりに部屋を借り上げたりして留学生を支援していたが、その中で留学生たちと話しをしているうちに部屋探しだけでなく、アルバイトなど生活の基盤になるところが大事であることに気付いた。そんな折にお声がけをいただき、協働の形で課題解決に取り組むことにした。留学生の生活の基盤は多岐にわたるので、今後も賛同してくれる企業を募り、一緒にプロジェクトに取り組んでいきたい」(田村氏)。
本業の部分でも、外部との連携、共創の仕組みを取り入れた顧客支援の取り組みとして、「カスタマーサクセス(顧客の成功)プロジェクト」を開始している。プロジェクトの趣旨について田村氏は、「仲介料をいただき、その周辺で利益を出していくという従来型の商売から、リテンションによって長くお客様との関係を構築するリカーリング型のビジネスを模索した形だ。仲介をして入居したらそれ終わりではなく、長くつながって価値を提供し続けていく。お客様自身ももっと我々に期待しているとの認識で、プロジェクトに取り組んでいる」と説明する。
例えば賃貸物件を探す顧客は、ハウスコムのような仲介会社と契約に至る過程でさまざまなやりとりや相談をし、そこで相互理解と信頼関係が生まれる。しかし、従来型のサービスモデルでは契約が済むと顧客接点が管理会社や大家に移る。入居者はイチから関係性を構築しなければならず、何かを相談する際に仲介会社の担当者は介在しなくなり、そこには不が生じている。
「以前もお客様から、一時対応くらいはして欲しいという声はあった。お客様目線では、管理会社も仲介会社も一緒。引き継いだ管理会社はそのお客様の内情には詳しくないので、一般的な対応をしてかえって時間をかけてしまったり、お客様にとって満足度が低い回答をしてしまうことは多々ある。当社では事業改革を進めてきた中で、自分が担当して入居していただいたお客様がその後どうしているのかを意識する社員が増えてきている。ただそうなると担当者の負担が増え続けていくため、会社としてはその手間を省けるようにDXやテクノロジーを使い、顧客とのコミュニケーションを効率化する仕組みを検討している」(田村氏)。
同プロジェクトを実現するため、ハウスコムでは内部でDX推進の体制を整備している。冒頭の分社化に当たってのリソースは、従来の内部人員の再配置という形になっているが、デジタル周りの機能については、攻めのDX、CXを担当する「カスタマーサクセスユニット」と、守りのDX、従業員体験の向上(EX)を担当する「ITシステム部」の二段構えによって組織化した。それぞれが、外部のベンダーと連携してデジタル活用を推進していくという形になっている。
「KAKEHASHI同様に、カスタマーサクセスを推進していくにあたってもオープンイノベーションは欠かせないと思っている。我々が保有しているデータを活用しながら、外部の人たちの技術やアドバイスを受けつつ、マーケティング的な要素も入れて、お客様と従業員の双方に新しい体験価値を提供していく。そのための2つの組織を用意している」(田村氏)。
基幹システムやセキュリティ、個人情報管理というコア領域はあくまで内製開発で対応するが、カスタマーサクセスユニットが担うデジタルやサービス関係については積極的に外部の知見を取り入れて、その都度良いものを採用していくという建付けになっている。その際に、外部の知見を集めるための中心となる組織としてサービスイノベーション室を設置し、そこで社内と外の言語の違いを吸収しつつ新しいテクノロジーやサービスをキャッチアップしていく。そこでの成果の一例として、2月にAI分析によって偶発的に理想物件を提案する新サービス「Serendipity Living Search」が誕生している。
外部とのオープンイノベーションに関して同社では、以前から自社のリソースにない部分は外から取り込んできたという流れがある。例えば、2015年からオンライン内見を採用するなど、早期から不動産テックをサービスに採用してきた実績を持つ。「この先どうテクノロジーを活用していくかと考えた時に複数のベンチャー企業と色々と話しをして、彼らがこういうことをやりたいというものを具現化していった。それが今のDXにつながっている」と田村氏は話す。
そして外部の力やテクノロジーを活用する際には、店舗や現場にもその必要性をしっかり伝えてきた。それによって業界内で重要事項の説明(重説)がオンライン化していくという変革の動きが表面化してきたときにも現場の理解が早く、結果として外部サービスとの融合もうまく運び、不動産DXを推進できているとのことである。
これらの田村氏の一連の変革に関する原動力は、「不動産業界や、賃貸仲介業者がこのままでいいのだろうかという継続的な問い」であるという。
「このままでいいのかというのは、お客様から見てこのままでいいのかということであり、不安や危機感から来るものだ。我々はカスタマーサクセスを標榜して不動産DXに挑戦しているが、実際に直近では管理会社を含めて入居者寄りの発想をする人間が急速に増えてきている。我々がリアル店舗で提供しているサービスも、いずれデジタルがリアルを超える時が来る。そうなったときに店舗の役割は、お客様とつながり続けるための機能になるだろう。どの会社も課題感はあると思うが、当社では先を見据えてずっと試行錯誤しながら事業を展開している」(田村氏)。
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