2020年~2021年に採択された24名24社の新規事業の多くは、大企業の本業とのシナジーがあまり期待できなかったり、本業と正反対のビジネスモデルだったりして、大企業内での事業化には至らなかったものだ。
たとえば富士通から生まれたeyeForkliftは、製紙会社が製造した巨大なロール状のパルプ原紙の倉庫管理を、センサーなどを活用して効率化する事業で、シニア層の社員が起業した。「倉庫内のどこに、どのパルプ原紙在庫が保管されているのかが、倉庫管理者の長い知見によって最適化され、フォークリフトの運転者の業務時間の7割がその探索時間に費やされていた」という根深いアナログな問題を解決するもの。数年前からPoCを行っていたが、出向起業補助金に採択されたことがきっかけで、ようやく事業化へと至ったのだという。
また、電気機器メーカーの明電舎から出向起業したレジリエンスラボは、若手女性社員のアイデアで、災害時に備えて非常用電源やその燃料を備蓄するにあたり、複数の事業者でシェアすることによって1社あたりのコスト負担を抑えるというコンセプトで事業化を進めている。
さらには、兵庫県の神姫バスで使われなくなった中古のバス車両を改造し、観光スポットなどの移動先で車内サウナを楽しめるようにしているリバース、IRなどを担当しているなかで上場企業のCSRやSDGsに向けた高いニーズを感じ取り、故郷の静岡で厳しい経営状況にあるお茶農園と上場企業とをマッチングして「企業が作っているお茶っ葉」というブランド醸成を手掛けているBlue Farmなどが採択されている。
伝統的な大企業だけでなく、IT系ベンチャー企業から出向起業した例もある。それがディー・エヌ・エーから生まれたウィズカンパニーとzoobaで、前者はオンラインでプロのトレーナーから食事・トレーニング指導を受けられるサービス「WITH Fitness」を、後者は増え続けるSaaSのアカウントを一元管理するサービスをそれぞれ事業展開している。
これら出向起業したスタートアップにとっては、出向元大企業のリソースやノウハウ、既存取引先とのコネクションを活かせるといったアドバンテージがある。「大企業内にいたときに醸成された取引先との信頼関係をそのまま活用できるのは、できたてのスタートアップとしては圧倒的に強い部分。出向元大企業の名刺も使っていいという了解が得られる場合には、飛び込み営業の成功率も非常に高くなる」と奥山氏はメリットを話す。
出向起業は、大企業がバックにある安心感や、補助金によって資金面で一定程度余裕ができること以上に、起業家としての成長を急速に促すという側面もある。奥山氏自身、そうした起業家としての成長を間近で実感することができているようだ。
たとえば出向起業ではなく、大企業から51%以上の出資を受けて子会社などとして運営する形だと、どうしても追加の資金調達先はその出向元大企業になる。そうすると「大企業の部長や取締役からどうやってお金を調達するか、という社内でやっていることと似たマインドになってしまう」のは避けられない。
一方、出向起業して補助金を得るには、大企業の株式持ち分(出資比率)が20%未満である、ということも条件として定められている。しかも実際に支出した費用に対して後でキャッシュバックの形で補助するため、支出に係る必要資金はもともと手元になければならない。必然的に自己資金でまかなうか、外部VCの出資に頼らざるを得ないことになる。
実際、2020年に採択した9社のうちの4社は、すぐにでも追加の資金調達が必要な状況にあった。しかし奥山氏によれば、「外部VCは、CEO本人が、なぜそれをやりたいのか、といったパッション、熱量の部分を重視している。大企業はそうではなく、市場規模やいつ売上が上がるのかを気にする」とし、「その違いを踏まえて、外部VCとどれだけ話せる起業家になれるか、いかにギアチェンジできるかが重要になってくる」と話す。
外部VCに対しては、大企業のなかでは絶対にしないような論理で説明することが求められる。「外部に説明しないと会社が倒れるんだ、ということに気づくと、一瞬で起業家の顔になって行動に移す」と奥山氏。結果、その4社すべてが外部からの追加資金調達に成功したという。
奥山氏は「4社中4社が外部資金調達に成功したのは、いい意味で驚き。追加資金調達の成功率の高さが想定よりもずっと高い」と明かすが、裏を返せば「大企業で出向起業を勝ち取る社内交渉がそもそも大変で、それをやりきった人しか出てきていない」ということでもある。
本来は「社内政治力や社内交渉力を持ってないけれど、新規事業に挑戦したい、という人に利用してほしいのが正直なところ」という同氏。「新規事業コンテストで、本業とのシナジーがないなどといった理由で入賞できなかったもののほうが、かえって社外VCには好印象」な場合も少なくないため、出向起業補助金に対する正しい理解と活用を広げることが課題の1つだ。
そのためにも、企業側のメリットを引き続きしっかり伝えていくのはもちろんのこと、VCと話したことのない出向起業希望者に対して、外部に説明するときの方法などを学ぶ準備期間、メンタリングのような機会を設けるなどして「社内と社外のギャップ」を和らげられるような方策も考えたいと奥山氏。現在は最大500万円、もしくは1000万円という金額の上限拡大についても政府内で議論を続けていきたいとしている。
最後に奥山氏は「向こう数年で、出向起業を当たり前のようにできる日本社会にしたい。世界と戦っていける人材が大企業の中にまだまだたくさんいるはず。そういう方々がどんどんスタートアップを作って、もし失敗してもその経験を大企業に戻って活かしてもらえれば、というのが僕個人や経産省の思い」と語った。
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