新型コロナウイルスの蔓延が始まってから、早くも1年以上が経過した。20世紀初頭のスペイン風邪以来、人類にとって未曾有の感染症となったが、従来は10年の開発期間がかかるワクチンを世界の複数社が1年足らずで開発するなど、危機にさらされた人類が叡智を結集すると、非常に早い速度でイノベーションを起こることを改めて感じさせられる。
人類の知恵や知識の源泉となるのはまぎれもなく「教育」であるが、「ウィズコロナ」の時代において教育もまた変革の必要に迫られている。現在、その教育機会を従来通り提供するために「オンライン教育」が注目を集めている。
たとえば、2020年7月1日時点で日本の大学のうち、80%以上がオンライン教育を実施しているというデータも存在していることから、社会的な必要に迫られることで一定のオンライン化が進んでいることがわかる。その一方で、課題となるのは教育の質である。対面授業における意思疎通やコミュニケーションを従来のオンライン教育にて実現することは現状のシステムでは難しいため、学生の満足度への影響は避けられない。
この課題の解決策を探るために、本記事では「オンライン教育先進国」でもある米国と中国の動向と事例をご紹介したい。
世界で見ても米国は「オンライン教育先進国」である。新型コロナの流行以前から、米国におけるオンライン教育市場は、拡大の傾向があり、2019年末時点で米国におけるオンライン教育市場は2010億米ドルに達していた。最新のレポートでは、同市場は2021年から2025年の間に365.4億ドルの成長が見込まれており、年間成長率は17%だと予測されている。
コロナ蔓延の最大震源地の1つであった米国では、2021年1月の時点で少なくとも5500万人の学生が従来の教育に支障をきたしていると言われており、そのほとんどがオンライン教育を受けている状況である。このような教育環境のニューノーマルは、義務教育から大学、大学院、そして生涯学習とあらゆるエリアで定着しつつあり、必然的に米国のオンライン教育のビジネス市場が成長し続けることは間違いなさそうだ。
米国には学校へ通学せず、自宅で学習して正規の学校教育に代える教育、いわゆる「ホームスクール」が社会に浸透している。コロナ禍で、子どもの教育をホームスクール方式に切り替える家庭がさらに急増するとともに、オンラインで完全な教育プログラムを提供しているカリキュラム・プロバイダーを利用するニーズが高まっている。中でも人気が高い「Acellus Academy」では、コロナ禍でオンライン授業に切り替えた公立の学校に対して、包括的なプログラムを提供したことでも話題になった。
また、社会人の学位取得がオンラインコースによって効率化される機運も出始めており、いまの生活(仕事や家庭)を維持したまま学位取得、キャリアアップを目指したいというニーズに応えるように、教育機関が各コースを無料提供しているケースが増えている。たとえば、ハーバード大学などの名門校をはじめとする世界の大学160校がプログラムを提供する「edX」では、無料で取得できる大学学位や専門資格コースを用意している。なかには弁護士資格や博士課程をオンラインで取得できるプログラムなども案内しており、そのサービスは拡大の様相を示している。
さらに、副業文化が浸透しておりコロナ禍で生活基盤安定の機運がさらに高まる米国では現在、個人がオンライン教育配信プラットフォームを使って独自のプログラムを構築し、販売する事例が増えている。たとえば、自分専用のオンラインスクールを作ることができるサービスとして、米国でポピュラーなプラットフォームのひとつである「Teachable」、ビジネス誌『Inc.』が選ぶ、急成長ソフトウェア企業5000社のリストに過去3年連続で掲載されている2010年創業の老舗KAJABIなどが挙げられ、今後もその広がりから目が離せない。
世界でいち早く新型コロナの流行が始まった中国では、2020年1月に日本の文部科学省にあたる教育部が「停課不停学」、つまり「授業は止めるが学習は止めない」というスローガンを打ち出し、教室での集団授業を代替する形式への転換を国家主導で実施した。
その結果、2014年に約1200社しかなかったオンライン教育企業が2020年8月には約1万1000社と10倍近くに増加するなど、民間企業が活発に市場のニーズに応答している。その甲斐あってか、2020年3月時点で中国のオンライン教育利用者は4億3200万人に達している。
米国のようにオンライン教育浸透の土壌がもともとあったわけではないが、すでに世界有数の「オンライン教育先進国」の仲間入りを果たしたといえよう。
子どもの教育に対して積極的に投資することで知られる中国だが、そのニーズに応える形で収益を伸ばしている2つのオンライン教育プレイヤーを紹介しよう。
1社目の猿補導は、現在K-12(幼稚園から高校までの13年間の教育期間)に向けてオンライン教育を提供しており、中国の当該分野のスタートアップでは初めてのユニコーン企業となっている。大きな特色は「斑马 AI 课(ゼブラAIクラス)」と呼ばれる2〜8歳の子ども向けのオンライン教育であり、AIを通じた学習経路のプランニングや、プロの講師による指導を組み合わせたチューター機能、子どもの行動データを活用した能力開発など、これまでにない教育モデルを構築していることだ。
2社目の好未来は、猿補導と同じくK-12を対象としているが、猿補導との大きな差別要因はオフライン教育のノウハウが豊富に蓄積されている点だ。同社が展開するブランドの1つである「学⽽思」は、もともと中国全国に展開する塾ブランドであったが、新たに講義の動画配信に加えて画像認識技術を使った授業態度の判断システムを導入するなど、子どもの教育経験を多角的に設計できていることが強みと言える。
こうした事例からも、「授業は止めるが学習は止めない」中国のK-12教育に対する姿勢が実際の方法論にまで落とし込まれ、ユーザーに浸透していることがお分かりいただけるのではないだろうか。
もう1つの中国のオンライン教育の特色は、労働者層が新たな能力を開発する「職業教育」市場の熱が特に高いことだ。産業の高度化とそれにともなう人材不足、職業能力による格差が問題視されており、中間層の職業能力のアップグレードが急務となっている。公務員向けの教育を行う華図教育、会計関連の試験対策を行う東亜会計鲢鳫鳡鲜鳫、公務員試験から建設関連試験まで技能訓練を幅広くカバーする粉筆公考などが、代表的なサービスとして知られている。
米国と中国は新型コロナの影響が世界でも特に強く、国内市場全体が「変わらなければいけない」という機運が大きく働いたといえる。ただし、両国とも一足飛びに変革できたわけではなく、ユーザーの理解と主導するプレイヤー、そしてそのサービスを支える技術が揃っているからこその結果だと言えるのではないだろうか。
次回は、隣国である韓国の事例と、日本の現在地を紹介しながら今後の道筋を考えていきたい。
【著者情報】
株式会社メディアシーク
カスタムメイドのシステム開発ソリューションと、豊富な開発実績から生まれたスクール管理システムパッケージ「マイクラス」のほか、LMS(学習管理システム)、各種Webサイト、スマートフォンアプリを提供している。マイクラスは大手カルチャースクールに導入され、10年以上の稼働実績を持つ。2020年11月にはオンラインレッスン管理プラットフォーム「マイクラスリモート」を提供開始し、スクール事業者のオンライン化を支援している。
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