2月18~19日に開催された「CNET Japan Live 2020」。そのなかで一際異彩を放っていたのが、Sun Asterisk(Sun*)代表取締役の小林泰平氏である。ソフト開発エンジニアとして活動した後にベトナムに移住して起業、そこで理系トップのハノイ工科大学も巻き込んで価値創造型のエンジニアを育成。わずか7年で1500名体制のチームを作り上げ、現在4カ国・6都市において新規事業開発支援の事業を展開している。小林氏が語る「グローバルな組織づくりに必要な『視点・技術・人』」とは。
Sun*は、エンジニア、デザイナー、戦略コンサルタントなどが集結するデジタル・クリエイティブスタジオである。その充実したリソースをもとに、プロダクト開発や事業戦略の立案のコンサルティング、大企業のデジタルトランスフォーメーション支援、スタートアップのインキュベーションとアクセラレート、テクノロジー人材育成を行っている。また、ベトナムで成功させたエンジニア育成のメソッドを活用した教育支援事業を、外部から資金を調達してグローバル展開していくという新たな事業計画もある。
そのすべての活動の基盤となっているのが、ベトナムの地である。小林氏は以前、日本でアプリのエンジニアとしてパートナーと事業作りをしていたが、「日本には課題解決だったりSEだったりというエンジニアはいるが、新しい価値創造のときに一緒にフルスタックでやれるエンジニアが圧倒的に足りない。そこに課題を感じた」という。そして会社立ち上げの話があり、「いないのなら探しに行こう」と、理系教育がしっかりとしていて日本と一番仕事をしてくれそうなベトナムへ向かい、そのまま移住したという経緯である。
この行動力の源泉となっているのが、「パンクス魂」だ。小林氏はかつて高校時代に、パンクバンド活動のために中退して家を追い出され、ホームレス生活を経験したほどの筋金入りである。「根本にあるのはDo IT Yourself。環境などがないことを嘆くのではなくて、自分で創ろうという精神。それをやり続けるために必要な行動指針が、『権力に屈するな』『常識を疑え』『仲間を大切にしろ』。この3つが僕の好きなパンクの精神」と小林氏は語る。
そして、「これをビジネスに置き換えると、「信念を貫け」「やり方は考えろ」「社員は大切にしろ」ということだと思っている」(小林氏)。この信念に則って、ゼロからここまで成し遂げてきたわけである。
ただ実際は、価値創造ができるエンジニアはベトナムにもいなかった。小林氏が渡越した2012年当時は、先進国でスマホが普及してテクノロジーを活用した新しいサービスが登場し始めた時期だったが、ベトナムでは基幹システムのオフショア開発や既存サービスの運用保守を請け負っていて、そのエンジニアしか存在しない状況だった。
小林氏は「何故彼らは優秀なのに新しい価値のある仕事や、そのための勉強をさせないのか」と疑問を抱くなかで、とある現地のシステム開発会社の社長の言葉に愕然とし、怒りを覚えたという。
「勉強させて彼らのグローバルの価値が上がってしまうと、給与が上がって単価が上がり、仕事がもらえなくなる。あえて勉強させていない、育成していないといわれた。ベトナムはそんな環境なのかと」(小林氏)
実際にベトナムのエンジニアに聞いても、成長意欲はあるが環境がないという悩みを持っていた。つまりネットで勉強できてもアウトプットする場所、バリューに変える場所がない。ここで小林氏のパンクス魂に火が付いた。「ならば自分が価値創造型のエンジニアを育てよう」とSun*の前身となるFramgia(フランジア)を立ち上げた。
当時、高速プロトタイプを開発するにはRubyが優れていたので、まずRubyエンジニアを育てた。正社員として50人くらい採用し、「何とか日本人の創業メンバーで開発して食いつなぎながら」(小林氏)Rubyエンジニア育てた。結果、創業1年以内にRubyアソシエーションから、東南アジア企業初として高い技術を持った企業として認定された。
次に、エンジニアが表現やアウトプットする場がなかったので、エンジニア同士が自分たちの知識やノウハウを共有できるプラットフォームをウェブ上に作った。「自社でコストをかけて運用し続けた」(小林氏)結果、今ではベトナム人ユーザーが、ユニークユーザーとして月30万人アクセスし、約2万人が記事を投稿してくれているような、ベトナムでITエンジニア向けナンバー1メディアに成長したという。
ほかにも、社内でプログラミングスキルを活かした謎解きイベントを開催してみんなで楽しく学び合う文化を作ったり、ベトナム中のエンジニアを志望する女性向けに、社員がプログラミングを教えるイベントを定期的に開催したり、Googleデベロッパーグループが現地にできたので、共催でハッカソンを開いて新しい技術に触れさせたりと、プログラマーの文化を変えることにひたすら注力した。
「当時はBPOのような仕事ばかりだった。でも、そうじゃないぞと。プログラマーは新しい価値を生み出せるヒーローなんだぞ」(小林氏)ということを刷り込み、高みを目指すカルチャーを国自体に植え付けていったわけである。
それだけでなく、大学に入り込んで産学連携で優秀な人材を教育し、成長の機会を与えていく取り組みも行った。最初に、ハノイ工科大学情報工学部の学生を選抜して社員の教師を派遣し、選抜コースを運営。寄付講座などのレベルでなく、入学から最終年度までしっかりと授業を行い実践の技術を叩き込んだ。1学年120人でスタートして、今は年間2千人以上の学生を育成。大学の時点で創造的人材を育成してきた。
ただし、これらの取り組みはほぼ自社の持ち出しである。「マネタイズできていない。僕らがコストを払っているだけ」(小林氏)という状況が続いている。それでも「全部長期的に見たときには、僕らのビジネスや、僕らがやりたいことに絶対効いてくると信念をもって貫き通している」とのことである。その中で、大学向けの取り組みではJICAの事業を引き継いで2000人全員に日本語も教えていて、7割くらいが日本に就職するというスキームができている。実はこれが、Sun*の新たな挑戦的事業へとつながっている。
「インドネシア、マレーシア、フィリピン、カンボジア、エジプト、アルゼンチン、ブラジル、ペルーのトップ大学から、同じことをしてほしいと依頼されている。これは日本にとってラストワンチャンスだと思っている。まだ日本で働きたいと思っているトップエリートの学生がいる。この取り組みを一気に世界展開したい」(小林氏)
社内に対しての取り組みも徹底している。優秀な学生を採用できるようになったが、得体のしれない会社への就職ということで親が心配する。そこでベトナム国内でのプレゼンスを高めるために、超有名企業だけが出るジョブフェアに無理やり出展したり、ベトナム国内最高峰のランドマークタワーに入居したりした。
「国力や事業力ではGAFAMには勝てないが、エンジニア1人ひとりのポテンシャルは彼らと大して変わらない。しっかりやっていけば同じところまで登っていけるから、そこに負けないように成長してほしい。代わりに世界最高の環境を与えるための経営努力をする。一緒に高みを目指そうと言い続け、会社も社員も無茶して伸びてきた」(小林氏)
そして、直近のチャレンジが昨年3月のSun*への社名変更である。そこまで身を削って頑張ってきて、ベトナムで認知されてきたにもかかわらず、コーポレートアイデンティティ(CI)をアップデートした。理由は、常識にとらわれず、信念に基づいた結果というパンクス魂によるものである。
「もともと、Framgiaはアジアから世界に向けて羽ばたいていこうという思いでつけた。今は多国籍チームになっていて、そういう状況で国のカテゴリは関係なくなっている。それより、誰と向き合って、誰のためにどうやってどんなサービスをしていきたいかに向き合いたい。その時にこの社名は変だから社名変更を決断した」(小林氏)
理由としてはもうひとつ、事業面で元々は開発会社だったがスタートアップやベンチャーを中心に新規事業立ち上げ支援をしていたので、ノウハウがたまっていた。その上で「ビジネスのアイデア、熱量だけ持ってきてくれれば何でも作れますという所まで持っていきたかった」と小林氏は説明する。「僕らはいろんな分野のプロが集まっているスタジオ。企画が立ち上がるとプロがアサインされて、プロジェクトを組んで終わったら解散、また次にチームを作って集まる。そんな柔軟な動きをする」(小林氏)という。
テクノロジーが産業構造を変化させているなか、日本はサプライヤー主導の製品開発から離れられず、ユーザーニーズを考えずに失敗した。Sun*はユーザー中心設計で物事を進め、デザインシンキング、リーンスタートアップ、アジャイルの手法を展開していく。強みはそれらを活用する際のスピード感と、新規事業を輩出し続けてきて、300サービスくらい新規事業を作ってきたナレッジ。それを支えるための開発と運用のプラットフォームを持っていて、使いこなすスキルも保有している。
デジタル・クリエイティブスタジオであるのは、「チャレンジする人にすべての機能を提供したい」から。そこには「誰もが価値創造に夢中になれる世界」というコンセプトを達成したいという思いがあると小林氏はいう。
「日本に滞在していると、やばいという思いがある。閉塞感に苛まれて明日を迎えるのが嫌だという人が多い。みんな楽しく生きたほうがいい。それを実現するのは、安心して価値創造できるインフラを持つということ。夢中になって価値創造をすることで幸せを手にできるのではないか。何か新しいことにチャレンジしたいけど何をしていいか分からずもやもやしている人は、うちに一度来て欲しい」(小林氏)
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