情報通信技術(ICT)を活用し、場所や時間にとらわれない柔軟な働き方を行う「テレワーク」。“働き方改革”や、2020年の東京2020オリンピック・パラリンピック開催に向けた交通混雑の緩和策として注目を集めていた。その普及度合は決して高いとは言えなかったが、新型コロナウイルスの感染拡大防止に向けた施策として、在宅勤務を行う企業が多く見受けられ、政府もテレワーク施行の呼びかけを行うなど、大きな変化が起きようとしている。
こうしたことから、テレワークを導入している企業に対して、まだ取り組んでない企業から相談が相次いでいるという。ここでは、テレワーク推進の活動を行っている企業連合「TDMテレワーク実行委員会」の実行委員長である長沼史宏氏に、テレワークが浸透しない理由やこれから取り組む際の課題となるところを聞いた。
TDMテレワーク実行委員会は、交通需要マネジメント(TDM)の推進を目的とし、首都圏に本社や事業所を構える企業23社が結束して、2019年7月に発足。賛同企業による一斉テレワークや、子連れテレワークの実証実験などを実施。その取り組みは、東京都主催のスムーズビズ推進賞を受賞するなど評価され、勉強会や講演も行っているという。現在は賛同企業30社によって活動をしている。
講演では、テレワークがなかなか浸透しない企業に対して、なぜ浸透しないのか、どうしたらスムーズに導入できるのかなどを話すという。なかなか浸透しないのには、大きくふたつの理由があると語る。
ひとつは、テレワークを福利厚生や有給休暇の一種ととらえている企業が少なくないこと、そして“ラク”をしているように見られてしまうことにあると指摘する。
「家だろうと会社だろうと、仕事していることに変わりはないのに、休んでいるように見ている企業が少なくない。そして古風伝統の強い会社ほど『いざ鎌倉』というような、大雪や台風で電車が止まっていても出社することありきの精神がまだ残っている。ただ、テレワークが浸透している会社から見ると、極端な言い方になるが、感覚的におかしいと思えること。その価値観を変えるところが重要」(長沼氏)
もうひとつには、出社ありきにもつながるがマネジメントの問題も挙げる。目の前にいるスタッフは管理できても、家などその場にいないスタッフの管理がうまくできず、会社に来るように指示してしまう、そのスタイルから抜け出せないと指摘する。
長沼氏は、ソフトウェア開発のアステリアで広報・IR室長として従事しており、積極的にテレワークを活用している。そんな同社でもかつては、テレワークの導入に管理サイドは懸念を示していたことがあったが、数年前に社長が海外に移住し、そこからマネジメントを実践して見せたことで、管理サイドもその姿勢とやり方で気付きが得られ、テレワークに積極的になったと振り返る。この出来事なども踏まえ、経営陣や管理者など、いわゆる“上に立つ人”が積極的であるかどうかが、テレワークの浸透や成功に影響すると話す。
「これからのオープンイノベーションなどを考えると、多様な人材を国内外で活用するような場面が出てくることも踏まえ、目の前にいる人だけをマネジメントするのは時代遅れなのでは、とお伝えしている」(長沼氏)
2020年に入ってからも、テレワークに対しての相談や講演依頼などが寄せられたが、長沼氏は、関心度合は高いという感覚はあったものの、あくまでも夏のオリンピックに向けて進めていきたいというソフトな雰囲気で、切迫したものはなかったと振り返る。その雰囲気が一変したのは、新型コロナウイルスの国内感染者が発表され始めてから。急に在宅勤務をやりだした、強制的にやらざるを得なくなったという企業など、参加企業の内外から相談が一気に増えたとし、参加企業で緊急ミーティングを実施したという。
相談で多かったものとしては、主に「営業」「個人情報」「セキュリティ」を挙げた。営業については、商談においてオンラインではできないだろうと考えている会社が多いことを指摘。一方でオンラインツールを活用し訪問営業をやめたり、足を運ぶ回数を減らすなど工夫を凝らしている会社のノウハウなどを共有したという。またECサイトを運営する会社などが個人情報を在宅で扱うこと、セキュリティではVPN(Virtual Private Network)の整備などが課題として挙げられたという。
テレワークを始める会社には「まず、実際にやってみてほしい」と、長沼氏は話しているという。いきなり始めてもうまくいかないことが多いものでもあるため、やってみたからこそ課題が浮き彫りになり、それに対して解決していくことが大事と説く。そして、BCP(事業継続計画)のときに威力を発揮すると語る。
本来であれば時間をかけてテレワークの準備を進めていくべきところではあるが、現在の国内状況では、いきなり在宅勤務となる状況も想定される。そうした状況になった場合において、働く側に向けたアドバイスとして、ビジネスチャットの活用を挙げる。
「チームメンバーが離れた環境にいても普段どおりの連携を実現するためには、その距離を感じさせない工夫が不可欠だ。意外と世界を変えてくれるのは、ビジネスチャットの存在。距離感を感じずにやり取りを行うことができる。細かな指示が必要なスタッフに対しても、メールではなく、一行一行で言葉のやり取りができるものがあると、負荷なく始められるのではないかと肌感覚では感じている」(長沼氏)
長沼氏は、TDMテレワーク実行委員会の活動として、参加企業を増やしながら引き続きテレワークの啓発活動を行っていくとしている。
「テレワークは多様な社会を構築していくための、インフラになるもの。日本の社会や就業環境、そして働く人々には、画一性が求められ続けてきたのではないだろうか。多様な生き方、考え方、働き方が受け入れられるところに多様な社会が根付くはず。介護で親元に戻らないといけない、地方に戻らないといけないという人であっても、能力があれば首都圏での最先端の仕事が地方でも参加できるというように、過ごし方や生き方にも密接な関係がある。多様な社会作りのベースになるものとして、規模はまだ小さいがテレワークの広報活動に力をいれていく」(長沼氏)
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